第6話

異世界十日目


 陽が昇り始めると同時に目が覚める。ゴンはまだ寝ている。

 城壁では夜でも篝火が燃えていた。門は陽が沈む頃には閉まっていた。都市の中に入り損ねた連中が、そこかしこで野宿の準備を始めていた。

 俺達は、そんな連中から少し離れた所で野宿の準備をした。周りに寄ってくる奴らはいねえ。多分、こちらの風貌を見て恐れていたのだろう。

 昨夜は二人共普通に寝た。不用心にも思ったが、こんな状態なら悪さを働く奴もいないだろうと判断した。少し判断が甘かったかもしれんが、まあ、何事もなかったから良しとする。

 城壁周りの堀に向かう。どいつもこいつも、ここらで用を足している。桶の中の汚物を、捨てている奴もいる。城壁からも、都市の汚水が流れ出している。堀は大きなドブのような役割もしているようだ。かなり臭い。

 そんな堀の底でガキ共がウロツイテいる。堀の底に溜まった汚泥は結構深いらしく、ガキの背丈によっては腰近くまで埋まっている汚泥を、かき分けながら進んでいる。だが、遊んでいるわけじゃあねえ。

 懸命にドブをザルのようなものでさらっている。何が取れるのかは知らないが、危ねえことこの上ねえ。どいつもこいつも、裸に近い格好で作業をしている。あれで怪我をすれば、破傷風にでもなりかねん。

 そうは思いつつ、俺も用を足す。堀の際にはガキ共も近寄っていない。直撃を喰らうのは勘弁ってとこなのだろう。


 用を足して戻ると、ゴンが起きていた。携帯用ガスコンロで、湯を沸かす準備をしている。この辺りでは、柴や薪は取れそうもねえから、こいつを使うことにした。手荷物検査の時は「鍋を置く台」と言っておいた。微妙な言い回しだが、判定板は反応をしなかった。


「おお、お早う、げげ、ゲンさん。ああ、朝飯は、にに、肉スープで良いかい」

「構わんよ。毎朝ありがとさんだ。用を足すなら、火は見ておくぜ」

「じゃじゃ、じゃあ悪いけど、いい、行ってくる」


 ゴンはそういうと立上り、堀の方へ向かった。俺は、肉と水の入った鍋を、ぼうと見る。味付けはしてあるようだ。


――金を稼ぐ方法、昨夜はゴンと少しその辺について話をした。


 職なし、家なし、貯金なしのホームレスとはいえ、多少の金は要る。都市部に行ったときには日雇いのバイト、その他にも空き缶拾いやゴミ集めをして金を稼ぐことがある。まあ、必要な金を稼いだら直ぐに山やら海やらの方に行っちまうが。

 しかし、こちらの世界ではどうすれば良いかが分からねえ。先ほど見たガキ共のように堀の底でドブさらいをしたところで、何を見つければいいのかが分からない。

 そこで、森に戻って狩りで得た獲物を途中で見つけた村に卸してみようということになった。今度は言葉が通じるから話も聞いてもらえるだろう。狩りの許可証も得ている。

 昨夜決めたことを、思い出していると俺の前に人影が立つ。ゴンが戻ってきたと思い、顔を上げると、見知らぬ奴らが立っていた。


「本当にドワーフじゃあないのかい。こいつはどう見たってドワーフだよ!」

 

 ローブを羽織った、気の強そうな目をした、茶髪を後ろでまとめた女が隣の金髪で背の高い優男に声を掛けている。女は片手に杖を持ち、優男は腰に剣を佩いている。二人とも20代後半くらいの歳だろうか。

 問題はもう一人、ゴンに近い背丈で、広い肩幅、毛深いといより毛だらけな腕、狼のような頭をもつヒトが立っている。そいつは黙ってこっちを見ている。手に得物はない。三人とも革製の胸当てを身に着けている。各々、旅用の袋を手に提げている。


「なんか用かい。物珍しいから見に来たのかい。残念だが、俺はただのヒトだ」

 

 ハンと鼻息荒く、こちらを睨みつける。こちらの言うことを、はなっから信じていねえな。何かを言いたげな女と、それが気に入らない雰囲気を醸し出す俺との間に、優男が割って入る。


「まあまあ、喧嘩をしにきた訳じゃあないのだから落ち着いて。突然で申し訳ない、僕らは冒険者組合の依頼を受けて、これから日陰の森の調査に行くのです。依頼を受けた時に、担当者から街の外でドワーフによく似たヒトが野宿をしているはずだから詳しいことを聞いてみるといいと、言われたので探していましたが、直ぐに分かりました」

 

 こいつらは、昨日、冒険者組合長が懸念した日陰の森、樹海の調査に向かうのか。

 しかし、何故わざわざ組合は俺に話を聞くように仕向けた? 森の洞穴は冒険者達が中継地点でよく使うようだから、場所が分からないわけでもあるめえ。狩人組合長のジジイが何か仕向けたのかもしれんなあ。


「話すことは特にねえはずだ。昨日、冒険者組合長のノモスが話を聞いている。日向の森にある冒険者が良く使う中継地点にゴブリンが群れで居て、オークがうろついていた。それを獲っただけだ。ゴブリンは3匹程逃げたがな」

「ああん、本当にそれだけかい、他にも何か知ってるんじゃあ……ト、トロル」

 

 女がふざけた言い掛かりを途中で止める。三人が身構えている。優男は腰の剣の束に手を掛けている。後ろを向くと案の定ゴンが立っていた。俺は、ハアァと息をつき三人に向け声を掛ける。


「こいつは俺の相棒だ。トロルじゃあねえ。ヒトだ。組合から説明はなかったかい」

「う、嘘だね! こんな風貌の肌人種がいるもんかい!」


 イラついた俺は立ち上り、女を睨みつけ、ドスを効かせた静かな声で威嚇する。


「……見た目だけで物事判断するんじゃあねえ、嬢ちゃん。失礼だぜ。それとも、その辺に礼儀を捨ててきたのかい」

「げげ、ゲンさん、おお、落ち着け、だだ、大丈夫だ。なな、慣れているから」


 ゴンが情けない声で、俺の肩に手を置き、宥める。女と優男はゴンが喋ったことにも驚いている。狼頭の表情はよく分からない。優男は剣の束から手を放し再度こちらに語り掛ける。


「失礼をしました。組合から話は聞いていましたが、実際に見ると驚いてしまった。しかし、確かに大きい人です。ハダスとそんなに背丈が変わらない、肌人種がいるとは思いませんでした」


 狼男はハダスという名か。優男は多少の礼儀を心得ている。女は駄目だガサツすぎる。


「まあ、本人がいいと言っているから、俺がこれ以上とやかく言う気はねえよ。俺達が知っている情報は、さっき言った以上のことは知らねえ。他に用があるかい」

「ああ、実は貴方達二人を荷物持ちに雇って同行させるようにと、狩人組合の長から指示を受けているのです。荷物持ちとして払う料金も頂いています」


 やっぱりあのジジイが手を回していたのか。俺達に何をさせたいんだ。それとも、俺達の何かを知るために街に入れたいのか。


「二人が、街に入れるだけの金なのかい」

「ええ、問題ありません。ただ、入場税を払った後には大した額は残りません」

 

 どの程度の料金で妥当なのかが分からない現状では、とりあえず現金が貰える仕事をするしかないかと思ったとき、女が余計な口を出してきた


「ドワーフはともかく、トロルは都市に入れやしないよ! 金の無駄さ!」

「テメエ、いい加減しろ!! ケンカ売ってんな! いいぞ、買ってやる! そこのドブに放り落としてやるから、覚悟しろ!!」


 怒声で威嚇し、女に一気に詰め寄り、殴りかかろうとした俺を、ゴンが後ろから掴み寄せ羽交い絞めにする。

 俺が腹の底から出した怒声にビビった女が後ずさると、優男が再度、間に入る。狼男が女の肩を掴んでいる。優男が顔を横に向け、肩越しに女に語り掛ける


「こちらの方の言う通りです。いい加減にして下さい、ガリーザさん。アシオー長老の指示を無視するつもりですか」

「そ、そんなつもりはないよ、ラティオ。怒らないでおくれよ。ちょっとアシオー老の贔屓があるんじゃあないかと思って、意地悪をしただけだよ。もうしない」


 優男のラティオが笑みを潜めた顔で、女、ガリーザを諌める。若い割には、なかなか良い凄みだ。女がビビるのも仕方がない。というより、俺の怒声にもビビっていた、この女は威勢だけで大した度胸がないのかもしれん。そう思うと、一気に怒りが冷めた。


「度々、仲間が失礼をしました」


 ラティオがこちらに身体を向け、頭を下げる。若いのに随分と礼儀正しい。


「俺はゲン。こっちがゴンだ。ゴン挨拶をしろ」

「ごご、ゴンです。よよ、よろしく」

 

 急な名乗りに、えっ、とした目でラティオはこちらを見る。


「そっちの名前は、今迄のやり取りで聞こえちまった。とりあえず、こちらから名乗っておくぜ。ゴンの喋りはドモリ癖で聞きづらいかもしれんが勘弁をしてくれ。荷物持ちの依頼は受けよう。俺達も金が必要なんでな」

 

 それを聞いたラティオはコホンと一つ咳払いをし、


「では改めてこちらも紹介をさせてもらいます。私は、「瞬く星」のリーダーのラティオです。こちらの女性はガリーザ、獣人種狼族のハダス。三人で班を組み、冒険活動をしています」




「すまんが、朝飯がまだなんでな。さっさと済ます。ちょっと待っていてくれ」

「こちらこそ、突然の申出です。西の堀の付近で待機していますので、準備が出来たら声を掛けてください」


 そう言ってラティオ達三人は、その場を立った。


「じゃあ、ゴン、早速の仕事だ。俺達の荷物と、あいつらの荷物を持たなきゃならん。力仕事になる。あまり、待たせるのはマズイ。朝飯はかき込んじまおう」

「にに、肉スープは、ああ、熱いから、きき、気を付けないと」


 言いながら、マグカップにスープを注ぐ。俺達は、ハフハフ言いながらスープをすすり、肉を噛みしめ、朝飯を済ませた。


「悪い。待たせた。荷物を持とう」


 堀の西側で待っていた三人に近寄り、声を掛ける。三人から荷物を受け取る。俺が一つ、ゴンが二つ。その他に、ハダスが大きめの空の袋を一つよこす。


「もし、私達が調査中に素材を採取した場合には、その袋に入れてください。中に、幾つかの革袋が入っています。できる限り、それらで分別をするようにして下さい。分からない時は、迷わずに聞いてください」

「分ける袋がなくなった場合はどうするんだい」

「革袋は全部で十二個入っています。今回の依頼は調査ですから、採取作業をするわけではないので大丈夫だと思います。ダメなときは、こちらで何を残すか判断します」


「分かった」とラティオの返答に了解の意を表す。そこに、ガリーザが声を掛けてくる。


「ところで、アンタ達の方が随分と大荷物を背負っているよ。そんなんで、私達の荷物まで持って森の中を歩けるのかい」

「俺もゴンも体力と力には自信があるほうだ。心配は無用だ。森や山歩きも慣れている。俺達は放浪の旅をしているから、私財を一切合財常に持ち歩いている。それとも、この辺に荷物を置いて出かけても大丈夫なものなのかい」

「……まあ、そんなことをしたら、まず間違いなく盗まれるね。いくら、この交易都市の周りが安全だからって、置き引きもいるからね」


 ガリーザは、肩をすくめて答えるとそのまま歩き出す。先頭は、狼人のハダス。さっさと来いという雰囲気を出しながら歩いている。俺達は、そのまま後についていった。


 街の正門から西の方向に歩く。平原が林になり、森へと変わる。森へ入ると、鳥が鳴き、鹿ともたまに行きあう。こちらを見ると、サアッと逃げる。狩りに来たわけではないので追うことはしない。

 三人の歩調は、そこそこ速い。森の中を歩きなれている。若いのに大したものだと思うが、「冒険者」なんて職業をしているのだから当たり前なのかもしれない。三人の後ろを、汗をかきながらも俺とゴンは確実に着いていく。

 

 途中、小休止を挟みながらも9時間程度歩き進めると、しばらくの間、俺達が拠点としていた、冒険者達が使う中継地点となる洞穴へと行き着いた。

 昼飯は、各自手持ちの干し肉を歩きながら齧った。徒歩で一日進むにはちときつい距離であったが、文句は言わない。


「お疲れ様です。予定通り、中継地点に着くことが出来ました。お二人は、ご自分の荷物の他に、我々の荷物を持っていたからきつかったでしょう」

「まあな。でも、大丈夫だ。早速、野営の準備を始める。休んでいてくれ」


 声を掛けてきたラティオに、そう返答をしゴンと共に準備を始める。といっても、洞穴付近で休むのだから、今のままでも十分なはずだ。せいぜい飯の準備をする位だ。着いてそうそう、洞穴付近を呆れたように見ていたガリーザが呟く


「誰がやったかは知らないけど、こんな洞穴の中継地点に大層な設営をしたね」

「ん、言ってなかったか? ゴブリンの群れを退治した後、ここを俺達が幾日か使っていたんだ。その時に、少し整備した。おお、いけねえ、ゴン、ついでだから加工した干し肉見といてくれ。今晩はそいつを食おう。俺は沢で水を汲みながら、山菜を摘んでくる」

「はあ、アンタ達がやったのかい? 何の革か布かは知らないが、継ぎ目のないこんな上等な大きなシートをこんな場所に使うなんて、勿体ない」

「そん時きゃ色々あったんだ。その設備を利用するんだ、嫌味を言うな。ああ、用を足すなら離れた場所に穴を掘っただけだが、便所がある。そっちでしてくれ」

 

「わざわざ、ご丁寧なことだよ」更に呆れた声でガリーザが返答をする。この女なら、そこらで十分に用を足すことだろう。嫌味にいちいち付き合ってもいられないので、俺はさっさと沢に水を汲みに出かける。


 干し肉は必要な分だけ取り込んでおいた。水分が抜け、かなり固まり始めている。鍋に張った水の中に、適当に切った干し肉を入れ、摘んできたタンポポの葉と根、フキの葉と茎と一緒に煮る。塩分多めで作った干し肉だ、余計な味付けはしない。

 今回使ったのは鹿の干し肉だ。俺としては、脂ののったオーク肉を食いたかったが、肉を取り込んでいたゴンにガリーザが「こいつは、何の肉だい」と問いかけた時に、ゴンが正直に「おお、オーク」と答えたら、声にならない悲鳴を上げていた。それを見た俺は、渋々だが鹿の干し肉を使うことに決めた。


 鹿の干し肉のスープとやたら固いパンが今晩の夕食だ。ラティオから支給されたパンは歯が立たないくらい固い。野球ができそうだ。

 俺が若いころにいた、勤め先で年配の人が「昔、日雇いで夜間工事に従事した時、支給されたパンが硬くて、壁に投げたら跳ね返ってきた」と笑いながら語っていた。まさか、実物を食する日が来るとは思わなかった。

 そもそもラティオ達は、自分たちの持参していた干し肉とパンで晩飯を済ます予定だったらしい。冒険職は、食い物は各自が持参するのが基本なのだが、急遽荷物持ちとして雇うことになった、俺達用に予備のパンを買っておいたらしい。こちらが干し肉のスープを用意したので逆に驚いていた。

 ラティオ達はスープを入れる腕等は持ち合わせていなかったため、俺達のマグカップとレンゲを使わせている。ハダスは大食いということなので、残ったスープを鍋ごと与えた。


「しっかし、アンタ達は何でも食べるんだねえ。まさか、スープに薬草の類を入れるとは思わなかったよ」


 ガリーザが、スープの具材に目をやりブツブツと文句を言っている。


「薬草? この程度の野草は薬草とは言わんだろ。せいぜい、山菜だ」

「この辺りじゃあ、山野の草を好き好んで食う奴はいないんだよ! せいぜい、薬草婆が煎じた物を飲むのが関の山さ。スープの具材にするなんて思いもしないよ」


 と、文句を言いながらも、ガリーザは食うのを止めることはしない。この女なら、腹が減っているから何でも食えるだろう。オークの肉位、訳もなかったろうに。


「実際、私も始めて食べますよ。だけど、悪くはない」


 ラティオはパンをスープに浸けた物を齧り、レンゲで具材をすくい食べている。嫌悪感は確かになさそうだ。ハダスも同じように食べているが、パンは食べきり、スープを鍋から直に飲んでいる。豪快なことだ。

 俺も、連中と同じようにパンをスープに浸しながら食べている。こうしないと、とてもじゃないが固すぎて食えない。

 俺は、晩飯を食いがてらここらの常識について色々と聞き出そうとラティオに質問をする。


「組合から聞いたかも知れんが、俺達はかなり遠くの方から旅をしてきた。はっきり言って、この辺りの常識や情報に疎い。悪いが、色々と教えてもらいたい」

「私たちが知る限り、話せる範囲でよろしければ」

「それでいい、十分だ。まず、ゴブリンやオークといった、亜人とはなんだ? 俺達の住む国には、ああいう生き物はいなかった。ハダスの様なヒトも見たことがない」


 ラティオとガリーザは驚いた顔をしている。ハダスは食い終わった鍋を置き、こちらを睨みつけ、少し剣呑な雰囲気を出しながら、始めて俺に対して口をきいた


「オレ、亜人チガウ。獣人種狼人族。マチガエル、ユルサナイ」

「ハダス、この人は多分、本当に知らないんだ。ゲンさん、亜人というのは、知性や理性を持たない二足歩行をする動物の総称みたいなものです。ハダスは獣人種。我々と同じ人種です。亜人ではありません。人種は知性と理性を持つ者達であり、どのような形であれ亜人と呼ばれることは侮蔑と捉えます。気を付けてください」

 

 そういうことかと理解する。多分、俺達みたいのは「肌人種」というのだろう。幾度か会話で出てきた。俺は、ハダスの方に身体を向け、頭を下げる。


「ハダス、済まない。知らないこととはいえ失礼なことを言った」

「イヤ、イイ。ユルス。ワザトデハナイ。ワカル。すーぷウマカッタ。ゴチソウサマ」


 ハダスから剣呑な雰囲気を消し、ゴロンと横になる。大きめの尻尾がユサユサと揺れている。俺は、再びラティオに質問を続ける。


「ところで、俺達が間違われたドワーフとトロルてえのはどういう奴らだい」

「ドワーフも知らないのかい。どれだけ、辺鄙な所からきたんだい」

「よせ、ガリーザ。ドワーフ族は小人種です。背が低く、ガッシリとした身体つきで力が強い。男性は誰もがたくましい髭を生やしています。手先も器用で、ドワーフ族の製作する武具や防具は高い価値が付きます」


 それなら、確かに間違われるわけだ。今の俺、そのものだもの。


「で、トロルは」

「……言いにくいのですが、トロルは亜人です。身体が大きく、怪力で、タフで……顔が醜い」

「ふーん、亜人ねえ」

 

 冷めた目線をガリーザに向けると、顔をそむける。顔が不細工なのは本人も承知の上だろうが、侮蔑していたのは許せんことだ。


「まま、まあ、しょしょ、しょうがないね。みみ、見た目、そそ、そのものだもの」

「お前は優しすぎだゴン。言うときゃ、きちんと言った方がいい。この世には、言っても伝わらん奴がいくらでもいる」

「も、もう言わないよう! 約束する。……悪かったよ、ゴン」


 ガリーザは、ゴンに向けて頭を下げる。「いい、いい」とゴンが困って何度も言う。二人とも、若いもんだ。ゴンはいい加減いい歳になるがな。


「ところで、飯の支度前にガリーザも言っていたが、亜人を食うことはないのかい。ゴブリンはともかく、オークは食えるぞ。それとも、何かしらの禁忌にふれるのか」

「禁忌的なものではありませんが、まあ、二足歩行であるいていますから、なんというか、普通食べる気にはなりませんよね? 気持ちが悪いですし」


 全くその通りだと、俺以外の連中が頷いている。ハダスは食いそうな感じがするが。ゴンは食ったじゃあねえか。美味いとも言っていた。


「て、アンタ、ゴブリンも食ったのかい? 信じられない! あんな、臭いのに」

「口にしただけだ。直ぐに吐いた。確かに、あれは食えたもんじゃあない」

「ワザワザ、クチニシタノカ。ソレダケデモ、呆レル」


 酷い言われ様だ。「ゴンも食べたのかい」とガリーザに聞かれたが、ゴンが懸命に否定している。


「クックッ、面白い人達です。結局、オークは食べたんですね。お味の程はどうでしたか」

「美味いぞ。脂がのって最高だ。後で必ず食わせてやろう」

「お断りだよ! 絶対に!」


 ガリーザの受け答えに、ハダスとゴンが笑っている。なかなかどうして、面白い連中じゃあねえか。


 晩飯の後は、交代で火の番をして寝ることにする。明日の朝も早い。そして、かなり歩く。疲れを残している場合ではない。それでも俺は火の番をしながら、鹿の皮を取り出し、短刀で幾つか切り分けていく。ゴンの方は、オークの皮を細長く紐状に切り分ける。ゴンから手渡されたヒモを切り分けた皮の両端に穴をあけ、ヒモの端を括り付けていく。


「なにを作っているんだい」


 まだ、寝ていなかったガリーザが問いかけてくる。


「……スリング、投石器だ。向こうじゃ、よく使っていた」

「随分と原始的な物を使うじゃないかい。今時投擲武器なんて使う奴はいないよ。精々、狩人が弓を使うくらいさ。今はね、私みたいな術士が魔術で攻撃するのが普通だよ」

「まあ、そういうな。俺達は、お前が言う術が使えない。明日でいいから、そのあたりも教えてくれ。嫌味を言っているなら早く寝ろ」

 

 ガリーザは、言われなくても判っているさと言わんばかりに、鼻で息を吐きこちらに背を向ける。俺は再び、意識をスリング作りに向ける。


 ――この世界は少し歪な感じがする。俺が見た集落の連中はやつれていた。あんな状態なのに、食えるものを探して食おうとしていないのだろうか。それに、まだ剣が主体の文明の程度なら投石器は有効だと思っていたが、違うらしい。

 多分俺達の居た地球にはない『理法』とかいう術のせいだと思うが、詳しいことは明日以降だ、今はスリングの調整に集中しよう。

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