第5話
異世界八日目
「よし、そんなもんだな」
前もって選定しておいた陽が当たらず、風通しが良い樹と樹の間に麻ヒモを張り、塩漬けにして、六ミリ程度の厚さで細長く加工した肉と塊の肉を均等に吊るす。他の動物に盗られないように高い位置にしておくため、吊るす作業はゴンにしてもらう。
前日は、沢で三十分程度塩抜き後、軽く乾燥させ、枝切れと棒切れで作った囲いの中で、クルミの木片を使い燻している。鹿肉、豚肉共に三キロずつ加工した。手持ちの塩はもうほとんどない。わずかだ。
肉を干す麻ヒモの上に張っておいた別の麻ヒモに、ガムテープで穴を塞いだブルーシートを被せ雨よけにする。シートは飛ばないように、ハト目にヒモを通して、地面に打ち付けた木杭にしっかりと括り付けておく。とりあえず、肉はこの状態で放置しておく。
肉は三日ほど塩漬けにしておいた。豚頭を狩ってから今日で五日目。塩漬けせずに食い切れない肉は、早々に煙でいぶして干しておいた。腐敗の原因となる水分を減らしておけば、長期間は無理だが、多少長持ちする。これから探索の間は、この肉と山菜で済ますことにする。火をよく通せば、大丈夫だろう。
肉の加工をしている間に、拠点の整備もしておいた。拠点より風下で、沢から離れた場所に穴を掘って便所を作った。肉を加工するのに、棒切れを集めて加工台も作った。洞穴の前には、雨除けにシートも張っておいた。
幾度か鹿なんかを見かけたが、無理して獲ることはしない。肉は現状で十分にある。獲りすぎても腐敗させるだけだ。労力の無駄だ。
「荷物の確認は大丈夫だな」
「あ、あ、ああ、だだ、大丈夫だ。げげ、ゲンさん」
俺達の資産である荷と、こちらで獲得した肉、そして牙、角、皮。皮は、加工した骨を使って残っていた油と肉をこそぎ落とし、沢に漬けてから洗っておいた。
本格的になめすには道具も材料も足らない。流石に、噛んでなめすのはごめんだ。脳症なめしという方法もあるらしいが、頭は埋めて捨ててしまった後だった。迂闊だったと思ったが、いずれにしても、やり方が分からないから諦めた。
この世界に来た当初より重くなった荷物を背負い、沢の方へ向かう。沢沿いに歩けばいずれ川に当たるはずだ。文明を起こすほどの知識がある「ヒト」ならば、川の近くに集落がある可能性が高い。俺はそう判断している。
途中で、休憩を取りつつも沢沿いに歩き続ける。陽が暮れ始めたころ、遂に森が途切れ、沢は川に合流している。夕陽が森の中よりまぶしい。
「むむ、向こうに、やや、屋根みたいな、もも、物がみえる」
ゴンは川の上の方向を指さす。背が高いから開けた場所だと、俺より遠くを見渡すことが出来る。
「そうか。じゃあ、そっちに向かおう」
「ひひ、ヒトが、いい、居るといいね。げげ、ゲンさん」
「そうだな」と返事を返しておく。内心は、「良い」とばかりは言えないのが、俺の本音だ。知性あるヒトが善人ばかりとは限らないし、もう一つ重大な問題もある。さて、どうしたものかと考えつつも足を止めることはしない。
(ダメならダメで、何とかする。それだけだ)
ゴンが指を指した方向へ近づくと、民家が見えてくる。二十軒程だろう。中央付近には、少し大きめの住居が見える。集落の端で、収穫した野菜と思われるものを篭に入れ抱えて持っている女がいた。若くはなく、少しやつれているようにも見える。茶褐色の髪で、背は女にしてはやや高め。鼻が高い、西洋人風の顔つき。女はこちらを見ると、野菜の入った篭を落とした。
「すまんが、ここがどこなのか教えてもらえるかい」
無駄だろうとは思いつつ日本語で話しかけてみる。英語や他の国の言葉も多少使えるが、どっちにしても通じはしないと思う。だが、両腕で身を抱えた女はブルブルと震えているだけで、こちらに応じようとはしない。
「……聞こえるかい?ここが、どこなのか、教えて、もらえないかい」
少し大きめの声で、ゆっくりと区切りながら話しかけるがどうやら無理っぽい。俺とゴンを見て、顔が恐怖で引きつっている。まるで、ヒトではない何かを見る感じだ。
異変に気付いたのか、集落の方から住人達がわらわらとこちらに向かってくる。大
事にはしたくはないのだが。
男も女も、ワンピースみたいなものを上着にしていた。男の方は膝丈くらいで、麻か革みたいなズボンを履いている。日除けのための麦わら帽子を被っている奴もいた。西洋人みたいに身長は高いが、それほどガッチリはしていない。やつれている感が否めない。
集まった住民の男が、女を抱きかかえ後ろの方に連れていく。旦那かもしれん。住人たちが俺達に向ける目は恐れを含んでいる。
しかし、俺とゴンに向ける雰囲気は違う。ゴンに向けては、人外を見て恐怖するような感じ、俺に向けてはそれこそ恐れ、厄介な相手にでも向けるような恐れの感じだ。
住民の中から、この集落の代表ではないかと思われる、俺より年齢が少し上、50代位の男が声を掛けてくる。
――が、何を言っているのか全然分からん。思いつく限りの言語を当てはめるが、似たような発音はない。
(こいつはだめだ、お手上げだ)
じっと、こちらを見つめる住民たち。何も言わないが、厄介者は早く立ち去ってもらいたい雰囲気がひしひしと感じられる。
「……駄目だ、言葉が通じんよ、ゴン。出直そう」
「……わわ、分かったよ。げげ、ゲンさん。しし、仕方がない」
そう言って、軽く会釈をして場を立ち去る。俺とゴンが互いに喋ったのを見て、住民たちの大半がたまげた顔をしてざわついている。立ち去るのを見て、安堵した感じも受け取れる。
「しょうがねえ。集落から少し離れた所で野宿にしようや」
「いい、いつものことだよ、げげ、ゲンさん。おお、俺達は、ほほ、ホームレス」
「そうだな、その通りだゴン」
別に宿を取りに来たわけじゃあねえ。まずは、俺達と同類の人間が存在していることが分かっただけでも、大きな収穫だ。それに、少なくとも農業や服飾といった文化は育っている。現代日本から、中世のヨーロッパに飛ばされた感じだ。
「今日はもう休もう。空の感じから、雨が降ることはねえだろう。飯食って寝よう」
「ああ、明日は、どど、どうする」
「早めに起きて、集落を迂回してから北の方角へ道沿いに進もう。陽が昇る前には出発しよう。農業を生業にしている奴らの朝は早えはずだ」
集落から多少の距離を取ったところで、俺達は飯の準備を始めた。ふと、空を見上げると星が綺麗だ。俺が見た、どの場所よりも綺麗に見える。
集落の感じを見る限りでは、現代の地球と違い、科学技術が発展している様には見えない。多分、農業技術も大して進歩していないのかもしれない。収穫量が少ないから、飯が食えずにどいつもこいつもやつれているのだろう。
「飯が食えるってえのは、ありがてえよなあ。ゴン」
「そそ、そうだね。げげ、ゲンさん」
行き倒れの経験のあるゴンは特にそう感じるのであろう。返事をしながら、取り出した燻し肉を刻んで、今日集めておいた山菜と炒めている。
言葉が通じれば、野菜でも分けてもらえるよう交渉をしたかった。しかし、あの分では例え言葉が通じても怪しいものだ。
(とりあえず、仕切り直し。仕方ねえか)
そのうちに出来上がった飯を食べて、今日も交代で寝る。明日も朝は早い。
「じゃあ、行くか」
荷物を背負いこみ、集落の西側を北の方向に迂回するように超えていく。住民たちはまだ起きている気配はない。起きていたところで、何かをする気はないだろう。
陽が昇り始め朝を少し過ぎたころ、集落から続いていた道は大きめの街道にぶつかった。石畳で舗装がしてある。集落の道は均してはあったが地面のままだったから大きな違いだ。先ほどの集落よりかは大きい街があるのかもしれん。
「北の方に向かってみるか」
「みみ、南じゃあ、なな、ないのかい」
「まあ、勘だな。ダメなら戻ればいいさ」
できれば、余りでかい街にぶつかるよりは、ほどほどの街がいい。でっかい街だと、色々とうるさそうだからなあ。
――勘は当たった。良い意味でも、悪い意味でも。遠目から見ても、ゴツイ城壁がみえる。門もでかい。門の前に橋が見えることから、周囲には堀が掘られているようだ。城壁の上にも、門の前にも兵士らしき者がいる。門を通過するのに、馬車や荷物を持った連中が列を作っている。街というより、都市に近い。
こちらが近付いていくと、橋の上で列を作っていた奴らがざわつき始める。集落で受けた視線と同じように恐れの視線を感じる。俺達が橋に近付くよりも早く、複数の兵士たちがこちらに向かってくる。
「念のため、止まろう。ゴン」
「……」
多くの視線を感じてか、ゴンは言葉が出ない。ドモリ癖のあるゴンは、初めて会った奴の前では言葉が少なくなる。
兵士たちがこちらに向かって何かを叫ぶ。言葉の意味は分からないが、多分、誰何されているのだろう。俺は、荷物を降ろし両手を上げ叫ぶ
「人間だ!危害を加える気はねえ!話を聞いてくれ!」
やはり、言葉は通じないのか兵士たちは顔を見合わせた後、再度、誰何してくる。このままでは、埒があかない。危害を加える気はないのだという意思をどうにか伝えたい。白旗でもあげるか? 白旗の意味が通じないかも知れん。白旗が「敵意を持たない」という意味で、まともに使われ始めたのは近代以降のはずだ。
じゃあ、どうする。棍棒は手に持たずに背負子に掛けてある。いつでも取り出せる状態にはしてあるが、あえて、今、手には何を持っておらず両手を上げている。誰何は続いている。もっと、非武装だということを示す必要があるのか。
――なら、こうするしかねえか。薄着なら笑って許してくれるかもしれねえ。
「ゴン、お前も荷物を降ろせ。そしたら、脱げ。全部」
「え、え、え、なな、なにを、いい、言ってるんだ、げげ、ゲンさん」
「いいから言うとおりにしろ。お前は、パンツだけは残せ。最悪、俺が脱ぐ」
ゴンに告げると俺はとっとと服を脱ぐ。呆気にとられていたゴンも、慌てて一緒に脱ぎ始める。
服を脱ぎ始めた俺達に、兵士たちは誰何を続けていたが、次第にその声もやむ。俺達は、パンツ一枚で両手を上げた姿勢を取る。
橋の上で列をなしていた連中も、誰何を上げていた兵士達も、城壁上で弓を構えていた兵士も馬鹿面をしてこっちを見ているが、動きは無い。
俺は、残った一枚も脱ぎ捨てる。大事なせがれを衆目にさらす。
また、ざわつきが始まる。笑いと、困惑、戸惑いの感じが入り混じる。特に、誰何を上げていた兵士達は戸惑っている感じがする。そうこうするうちに、門の向こうから二人の兵士に連れられた偉そうな奴と、ローブをまとった奴が一人こちらに向かって掛けてくる。
俺と同じくらいの年齢と思われる偉そうな奴は、何かを語り掛けてくるが何を言っているのかわからん。目をつむり項垂れてみる。がっかりしているように見えるだろうか。
言葉が通じないというのがなんとなく伝わったのか、お偉いさんはパンツと俺の下半身を交互に指さす。履けという意味なのか。相手から目を離さないようにパンツを手に取り履く。相手は何もしてこない。
パンツを履くと、お偉いさんはローブの奴に声を掛けている。ローブの奴は、近づいてから、こちらがパンツを履くまで終始俯いていた。
ローブの奴が近付き、頭に手を乗せようとする。思わず、身をよじる。お偉いさんが大丈夫だと身振りをしている感じがする。もう、信じるしかない。俺は、頭をローブの奴に向ける。手が置かれる。上目でローブの中を見ると、若い可愛らしい顔が見える。
(いけねえ、女だったのか)
まあ、今更気づいても遅い。ローブの女は、ボソボソと何かを唱えている。いったい、何をしている――と思った瞬間、頭の中がぐらつく感じがする。まるで、なにかが脳みその中を突き通る感じ。騙されたかと思った時、
「……私の言葉が分かるかね、いずこから来たドワーフよ」
偉そうな奴が口にした言葉が鮮明に分かるようになった。
二人とも今は服を着ている。荷物も手元にある。俺達二人は、橋の前の列を抜け門と城壁の間に設けられた部屋の中にいる。多分、取調室だ。
「では、そちらの大男はトロルではなく、ヒト「肌人種」で間違いがないのか」
「ああ、ゴンは間違いなく人間だ。保証する。それと、俺もドワーフのとか言う奴じゃあねえ」
俺は大学ノート程度の大きさで1センチほど厚みがあるガラスの様な板の上に手を
乗せて質問に答えている。審議判定板と言い、説明では嘘を言うとこの板が赤く光るという。一度、試させてもらう。「俺は女だ」と言うと板は確かに赤く光った。便利な道具があるんだなと思う。
「にわかには信じられんが、判定板が反応しないのだから真実なのだな」
偉そうな奴、冒険者組合長であるノモスは腕を組みながら、軽く唸り声を出している。どうやら、こいつを含めて俺達を見た連中は、俺を「ドワーフ」、ゴンを「トロル」とかいう奴だと勘違いしていたようだ。そんなものは知らんと正直に答えると、そのことにも驚いていた。
「ドワーフは仲間意識が強いので、下手に扱いを間違えると大事になりかねん。ここよりさらに北東にある山岳地帯にはドワーフ達が築いた帝国も存在している。ここには、交易のため定期的に帝国からドワーフの商団が訪れにくる。たまたま、今は来ていないが、もし、アンタがした行為を見られていたら問題視されかねん」
と説明された。まあ、たしかに同胞みたいな奴が、都市の守衛に脅されて素っ裸にされたようにも見えるから、仲間意識が強いのならばきっと、怒るだろうな。
「ドワーフが、生きたトロルを従者のように連れてきたから何事かと思い守衛達は誰何を上げたのだろう」
「トロルってのは」
「……本当に知らんのだな。トロルは亜人の一種で、身体は大きく力が強いが、鈍重で醜く知性がないヒト型の者のことだ。森の奥深くか、山奥位でしかみかけない。従者として使役する等ということは聞いたことがないので、なおさら驚いていたのだが」
「ゴンはトロルじゃねえ。さっきもいった通りの人間だ。顔が悪いのは生まれつきだ」
「ひひ、酷いな、げげ、ゲンさん」
本当のことだ、仕方がねえだろうと思うが、口にはしない。それよりも、ゴンがしゃべるたびにノモスや周囲の兵士が顔を引きつらせる。ゴンが人間だと判ってもなお、対応しきれないようだ。そこまで、人間離れした顔をしているとも思えんのだが。
まあ、地球でも堀が深く、眉なし、餃子耳、デカ鼻、若はげのタラコ唇で図体が縦にも横にもでかいゴンの風貌はかなり珍しい。悪人面と言われる俺でも初めて会った時は、すこしたまげた。
「ところで、俺とゴンにローブの姉ちゃんがしたのは何なんだい」
「術士も知らんのか。相当、辺鄙な所から来たようだな。お前たちに掛けたのは、一般的な生活理術の「言語理解」だ。この術を掛ければ、ヒト種であればどの種族の言葉でも理解ができるようになる」
「な、ま、魔法が使えるのかよ」
「マホウ? お前達の国ではそう呼ぶのか? この辺りでは、霊力を用いる術式、いわゆる理術、霊術、治癒術等を総称して、『理法』という。」
ノモスは説明をしてくれたが、俺にとってはどっちでも同じだ。どうやら、この世界は、地球とは根本的に違うようだ。ここは、まるで、そう――物語や映画のような世界だ。
「ところで悪いが、お前たちがどこから来たのかはさておき、規則なので手荷物検査をさせてくれ」
唖然としている俺に向かって、ノモスが言う。守衛二人が、俺達の荷物に手を伸ばすがプラ箱の開け方が分からないようだ。ゴンが、箱のバックルに手を掛け外してやるが、守衛たちが手を出された時に、一瞬たじろいでいた。
箱の中身、もし、この世界が中世程度の技術力しか無い場合色々と誤魔化さなければならない物もある。ノモスが守衛と共に一つ一つ確認していく。
「この、軽くて透明な物は容器? なのか」
「ああ、俺達の国では一般的に使われている物だ。専ら、飲み物や油といった物を要れる物だ。軽いが、落としたくらいでは壊れはしない。ペットボトルっていうんだ」
「……ぺっとぼとる? 知らない物だ」
手に取り、興味深げに眺めている。醤油の入っている容器にも手を出す。
「確かに、黒い水が入っているな。漏れる様子もない。ところで、この黒い水はなにかね」
「醤油という調味料だ。塩辛い。舐めてみるか」
ノモスは、いやいいと断った。一通り、手に持ち、調べるようだ。タオルや、布シ
ートにも興味を示し、どうやって作るのか聞かれたが、分からないと答えるしかない。本当に分からないのだから審議判定板も光はしない。
「ところで、武器の所持については問題がないのかい」
「うん? まあ、旅をするなら自衛の手段は必要だろう。だが、所持する分には問題はないが、街の中では手に持ち歩くことは禁じられている。違反すると、衛兵が捕まえに来るから注意してくれ。捕まれば、牢獄に入れられる」
次々と調べられその都度質問に答える。オイルライターや懐中電灯なんかは、わざわざ使い方を説明する義理もない「火打石と軽い棍棒」と答えておいた。オイルライターはフリント式だし、俺の持つ懐中電灯はホームレス前から所持していた警棒にも使えるタイプの懐中電灯だ。最近使っていなかったから、電池が切れている。光が灯ることはないだろう。
――結局、審議判定版は光らない。結構こいつはいい加減だ。答えが複数ある物については余り使えない気がする。
新聞紙にくるまれた燻した鹿肉に手が伸びる。そういえば、俺が掛けられた術で文字は読めないのか。どうなんだろうと思い聞こうとする矢先に質問が来た。
「これは、なんの肉かね」
「鹿の肉だ。旅の途中で捕まえたのを解体して燻した物だ」
「旅の途中で? ……どこでだ」
「ここから、南西にある森だ。……森での狩りはまずいのか」
「森での狩り自体は禁止されているわけではないが、狩りをすること自体に問題があるかもしれない。しかし、今回のような場合はどうするのか……すまないが、狩人組合の長にも、ここへ来てくれるように頼んでくれないか」
ノモスが守衛の一人に声を掛けると、そのまま駆け足で部屋から出ていく。「待つ間も時間がもったいないから検査は続ける」と言い、新聞紙に包まれた他の物も開けていく。
「ああ、鹿の皮だ。間違いないのか。こっちは、これは何の皮だ」
「森の中で遭遇した、豚頭で二足歩行している奴だったな」
「豚頭? ああ、オークのことか! ああ、たしかにこっちにオークの牙がある、お前達オークの皮をわざわざ剥いだのか! ここらではそこまでする奴はいない。ゴブリンの牙もあるな、日蔭の森に入ったのか。あそこは樹海だ。見知らぬ者が入ると迷う。」
樹海? そこまで、木々が密集しているようには思わなかったが。ここではそのような、認識なのだろうか。思わず首を傾げる。それを見たノモスは不審に思ったのか
「牙と一緒にゴブリンの角と牙もあるようだ。オーク一頭に、ゴブリンが十二匹。どの辺りで遭遇したか分かるか?」
「森の開けた場所にある、人が寝れる程度の広さの小さな洞穴のあたりだ。俺にはあの辺が樹海と言われるほど、深い森にはおもえんのだがなあ。遭遇したのは確か六~七日前くらいだと思う」
「小さな洞穴……日向の森で冒険者が中継地点につかう洞穴か? 日陰の森には、小さな洞穴はないはずだし、その頃は確か曇天だったような気がする。それならば、ゴブリンが日向の森で活動してもおかしくはないのか、だがなあ……」
ノモスは腕を組み、牙と角を見ながら一人考え込む。――豚頭が「おーく」、緑猿が「ごぶりん」とかいう名前だろうな。覚えておこう。
検査の手が止まる。さっさとお終いにしてもらいたいが、こちらから下手なことを言うと守衛達になにをされるか分からない。
まだ、少し俺達に怯え気味だが、一応官憲の類だから逆らわない方が得策だ。ここでもめれば、門前で真っ裸になった意味がなくなる。
ノモスがしばらく考えている間に、外に出た守衛が狩人組合長とやらを連れてきた。
狩人組合長は、ご老体だ。齢を食っている。その割には、俺より背が高く結構いい身体つきをしている。もしかすると、見た目ほどの齢ではないのかもしれない。
「ノモス、この旅人達がなにかやらかしたのかね」
「ああ、アシオーさん、わざわざすまない。いや、門前でトロルを連れた、ドワーフが騒いでいるところを、判断に迷った守衛が私のところに来たので対応をしていたところだ。ドワーフ相手に下手なことをするわけにはいかないからな。まあ、そこはどうでもよくなったのだが」
「どうゆう意味かね」
「この二人はまあ、我々と同じ「肌人種」だということが分かった。遠くの国から、放浪の旅をしているそうだ。だから、この国の決まり事も知らない。困ったことに、森で鹿を狩ったそうだ。もちろん、許可を得ていない。狩りについては私では判断ができん」
「ふーん」と狩人組合長であるアシオーは答える。俺達二人を見る目が少し、胡乱だ。信じていない?いや、逆にこいつは何かを知っている。口元が少しニヤついている。
「……はるか遠くから来た旅人よ。始めまして、ワシは狩人組合長の長であるアシオーというね。まあ、審議判定板があるからノモスに語ったことに、嘘は、ないのであろうね。結論から言えば、許可証を発行するから金を出せば今回の事はなかったことにしようかね。どうかね、旅人よ」
アシオーはご丁寧な挨拶をしてこちらに問いかけるが、
「ありがてえと言いたいとこだが、残念なことに路銀が尽きている。使える金がない」
アシオーとノモスは、審議判定板を見る。光らない。本当だとわかると、アシオーが再度語り掛けてくる。
「では、まあ、本来はしないことだが、許可証と対価になる物で交換をしようかね。ノモス、そちらも冒険者組合長として、資格証を発行しないとますいのではないかね。そこにあるのは、オークの牙とゴブリンの角であろうね」
「アシオーさん、オークやゴブリンを討伐するのに資格はいらない。亜人を狩るのに制限はかけていない。無資格で狩れば、依頼料が手に入らないだけだ」
「そうか、では旅人よ、対価となりうる品をなにか所持していないかね。鹿肉や鹿の皮は残念ながら、加工をしてあるので対価となりえないね。解体をせず、日が経過していなければ引き取ることもできたのだがね」
無理な相談だ。こいつは困った。下手な物は渡せねえ。みんな必需品だ。
「対価となりうる品がねえ場合はどうなる」
「うむ、許可証の発行料が稼げるまで鉱山で働いてもらうかね」
最悪、それでも仕方ねえかとも思ったが、ゴンが並べられた品から瓶を一つ持ち
「ここ、これじゃあ、だだ、ダメでしょうか。ささ、砂糖です」
砂糖と聞いたとき二人の組合長の目つきが少し変わる。
「本当かね。本当に砂糖かね」
アシオーはゴンに問いかける。俺は審議判定板から手をどかし、ゴンが代わりに手を置く。
「まま、間違いなく、ささ、砂糖です」
二人の雰囲気に少しビビりながらも、ゴンが答える。審議判定板は――光らない。
「失礼だが、確かめさせてもえるか」
それでもなお信じられないのか、ノモスが中身の確認を要求する。ゴンは、瓶の蓋をあける。元は拾ったインスタントコーヒーの瓶だ。
中身は上白糖、日本じゃ安物だ。今まで料理の味付けには使っていない。最後の栄養として利用しようと思っていたからだ。ノモスは慎重に瓶を傾け少量の砂糖を手の平に取り出し、舌先でなめとり味わう。
「……甘い。本当に砂糖で間違いないようだ」
信じてもらえたようで、ゴンがホッと息をついている。
「それだけあれば、何とかなるのかい」
「いや、これだけの量すべての砂糖の価値と、許可証の料金とではつり合いが、まるでとれんね。秤を持って来させるね。必要分だけ貰い受けようかね」
アシオーは、守衛の一人に秤と小瓶と皮紙を持ってくるように頼んでいる。
「できれば、塩が欲しいのだが」
「すまんが、その辺のことは商業組合が仕切っているので、我々だけで迂闊な判断はできんのでね。今回の件は、狩人組合長との私的な取引きとしてもらいたいね」
守衛が持ってきた秤で量った、およそ三十グラム程度の砂糖がアシオーの手元に残り、小瓶に詰められる。ノモスが少しあきれ顔をしている。多分、ぼられた。
アシオーは、この場で、皮紙に読めない文字を書き込み、最後に右手の指輪を皮紙に強く押し付ける。ジュウ、と軽い音と煙が皮紙から発生する。指輪を話すと、焼印のような印がつけられていた。
「狩人組合長である、ワシ直筆の許可証だね。なくさないように。これを持っていれば、この国のどこででも狩りをして構わないね。但し、命の保証は自己負担だがね」
そう言って俺達に許可証を渡す。その辺は承知の上だ。
「ついでに、冒険者組合の資格証も貰っとけばどうかね。同じくらいの分量の砂糖で、発行してもらえると思うがね。個人的にね。オークとゴブリンを討伐する程度の実力は持ち合わせているようだからね」
余計なことを、アシオーは口にする。とりあえず、その辺は無理に取る必要はないと思う。そう伝えようとしたが、アシオーの言葉を聞きノモスが思い出したように喋り始める。
「ああ、うっかり忘れるところだ。アシオーさん、この二人が討伐したオークとゴブリンを見つけた場所が、少しまずい。日向の森だ。日陰の森じゃあない」
「何かの間違いではないのかね」
「判定板は反応を示さなかった。嘘ではない。数日前の曇天の日に遭遇したとのことだが、それでもオークはともかく、ゴブリンが日陰の森から日向の森に出てくることはかなり珍しい。森に大きい群れでもできたのかもしれない」
「そうかい。じゃあ、冒険者達に、日蔭の森の調査をさせることが、組合としての仕事ではないかね?」
「……そうだな。まずは調査が先か。アシオーさん、呼び出しておいてスマン、先に戻らせてもらう。旅人よ、二人の荷物に問題はないと冒険者組合長であるノモスが認めよう。では、失礼」
言うが早いか、ノモスは足早に部屋を後にする。どうやら、検査は終わりの様だ。最後が呆気なかったな。残ったアシオーがこちらに聞いてくる。
「で、旅人よどうするのかね。街に入るのかね」
「入れるのかい」
「入場税を納めればね」
「さっきも言った通り、金はねえよ。出直してくる」
「そうかいね。じゃあ、またかね。もし、街に入ったのならば狩人組合に寄るといいね。街で仕事を探すのならば、冒険者組合にも顔を出すといいね。野宿するなら、街のそばの方が安心だね。あまり離れると、まあ、最近は領兵が定期的に見回りをしているから少なくなってはいるが、運が悪いと盗賊に襲われるね」
「わかった。ありがとよ」
そう言って、俺とゴンは荷物を再びまとめて背負いこみ、部屋を出て、門の外に出た。日は沈みかけている。随分と長く拘束されていたようだ。街に入るのに金を取るのか。さて、どうやって金を稼ぐか。アシオーの言う通りなるべく街から離れない場所で野宿の準備をしながら、ゆっくりと考えよう。
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