第2話

異世界一日目


 目が覚めると、やっぱり森の中だった。昨日は、雨でぬれた体と服を焚火で乾かし、コンビニの廃棄品をアルマイトの弁当箱に移して温めた飯を食ってから、早々に寝た。万が一を考えて、ゲンと火の番を交代しながらだが。

 朝飯をどうするかと思ったが、とりあえず手持ちのナマ物である廃棄弁当の残りで済ませた。

 もし、このまま遭難となったとして、長期間保存ができない弁当の類を残しても仕方がないと考えたからだ。

 ここ、最近は暑かったから飲食店からでるナマ物系の素材は手持ちがない。

もし、この森が俺の良く知る森の中と大して変わらないのならば、どうとでもなるかなと思っていた。

 もちろん危険はつきものだが、程度に差はあるものの、どこに居たとしても変わりはないのだからな。


「おお、おはようゲンさん。よよ、良い朝だ」


 いつの間にか起きていたゴンの奴がこちらに挨拶をする。何が、良い朝だ。こんな訳の判らない場所に迷い込んじまったのに。


「おう。おはようさん。馬鹿なこと言ってねえで朝飯を食え」


 昨夜と同じように、アルマイト製弁当箱で温めておいた飯を差し出す。こんな場所でも、温けえ飯にあり付けるのはありがてえことだ。今回限りかもしれねえが。


 朝飯の後、ゴンの奴とこの後どうするかを決めておく。まあ、専ら俺が決めて指示を出すだけだが。


「取り急ぎ水と食える物を探そう」


 俺はこう提案した。ゴンは、コクリと頷いて了解の意思を示した。水と食い物があれば、何とか生きていけるだろうからな。


 寝る前に干しておいた荷物を一緒にまとめて背負いこむ。粗大ごみとして捨ててあった大きめの二輪型キャリーカートに、積めるだけ積み込んだ荷物が俺達二人の全資産だ。貯金なし、定職なし、住処なし。俺とゴンの二人はいわゆる「ホームレス」だ。

 俺は、自己破産から、ゴンは勤め先が倒産後、転げ落ちた先がホームレスだったそうだ。

 ゴンとはここ3年程行動を共にしている。柔な性格でドモリ癖のあるゴンの奴は、ホームレスとしての生活が上手くできずに、空腹で行き倒れ、そこを俺に拾われた。

 それ以降、ホームレスとしてどう生きていけばいいかを教えながら共に生活をしている。

 まあ、放浪癖があり都市部よりも山間部の好きな俺と一緒に生活をするということは、サバイバルな生活になるわけだが、意外とのみ込みの好いゴンはこんな生活にも慣れてきたようだ。

 餃子耳、デカ鼻、若はげのタラコ唇で図体が縦にも横にもでかいゴンは、見た目通りの馬鹿力だから、荷物満載のキャリーを軽々と担ぎこむ。

 チビで胴長短足小太り、悪人面の俺も自分のキャリーを担ぐ。舗装された道路を移動するときは、転がしていた方が楽だが、今いるような場所では担いで歩いた方が楽だ。

 俺達は、元のいた場所でもよく森や山に入りこんだから4輪型のキャリーを選ばずに、担げる2輪型を利用している。


「すす、住処は造るのかい?げ、げ、ゲンさん」

「様子見だな。それより、今日はこの後、昼飯抜きで探索と採取をするからな」


 俺は、首からヒモで下げてあるベルトのいかれた腕時計で時刻を確認する。今いるこの場所と時刻が合っているかは分からんが、経過時間は確認できる。


「あ、あ、ああ。くく、食えるかどうか、わわ、分からんからね」


 探索を始めてから4時間程たった。とりあえず食えそうな植物は、獲れるだけ獲った。温帯に位置する森林なのか、色々な植物がある。助かったことに、元いた場所でも見かけた植物も多い。食い物は何とかなりそうだ。だが、水がない。元々、持っていた1.8ℓのペットボトルに入った水道水はあるが、死にたくなければ水の確保はどうしても必要だ。


「ゴン、取合えず一休みだ。それと、ハイピーはあるな」

「あ、あ、ああ。すす、少し汚れているが、ふふ、拭けば大丈夫。」


 ゴンはそう言うと、工事現場から拝借した1.8m角のブルーシートを取り出す。上等だ。俺は、荷物から菜園用のシャベルを取り出しておく。

 三十分程休憩した後、俺は地面を直径で九十センチ、深さで六十センチ程堀る。中に弁当箱を入れた後、シートを掛け、上に石を載せ窪みが器の中央に行くように調整する。重石で密閉すれば太陽蒸留器の出来上がりだ。まあ、簡易的な処置になる。


「さて、ゴン。もう一丁探索とするか」


 休んでいる最中からも行っていた、採取した植物の仕分けと、分割作業をひとまず止めたゴンはむくりと立上る。顔と図体の割には、かなりマメな奴だとつくづく実感する。


「くく、食えそうな、かか、果実が、ほほ、欲しいね。げげ、ゲンさん」

「贅沢言ってんじゃあねえよ」


 しかし、俺としてはその辺も見つかると思っている。この森はかなり豊かだ。反面、その事は不安要素でもある。これだけ豊かな森ならば、確実に共存する者達がいる。手持ちの道具で対処できればいいが、そうはいかない可能性が高い。リスクと可能性を高めに評価した俺はこう判断した。


「ゴン、手ごろな棒切れも拾っとけ。できれば固めな奴がいい。一本と言わずに、多めにだ。いいな。あと、丈夫そうな蔓も見つけたら採取だ。」


 ――午後5時 朝飯を食べてから8時間程度は経過している。そして今、俺達は太陽蒸留器を作った場所に戻っている。


「ゴン、ご苦労さん。今日の採取は終いとしようや。」

「おお、お疲れ様。ささ、流石に、すす、少し疲れた。とと、所で、ああ、集めた食材は、どど、どう食べる」

「ああ、とりあえず湯がいておひたしか、炒めるかだな。水は使うが、冷まして違う空き容器に入れておけば無駄にはなんねえからなあ」

 

 ゴンは集めてきた素材を手際よく分ける。フキの葉やアザミに似た物、タンポポ、ツリガネニンジンの根、クサソテツ、日本でも見受けられる植物(と同じだと思う)をなるべく集めるようにしだ。

 今晩二人で食うには十分だろう。神隠しにあった時期と同じ季節なのか、木の実や果実は見受けられないのが残念だ。当初の意図を把握しているゴンが俺に尋ねてきた。


「ここ、今回はどれを、たた、試すんだい。げげ、ゲンさん」

 

 俺は頭の後ろをボリボリと掻きながらこう答えた。


「……可食性テストはやめだゴン。俺あ、腹が減ってしょうがねえ。全部刻んで食っちまおうや。」

「いい、良いのかい、げげ、ゲンさん」

「ああ、見知らぬ土地で獲れた植物だから念には念を入れようかとも思ったんだがな、日本、もしかしたら地球でもねえかも知れんこの森で獲れたもんは、全部が怪しい。それを一つ一つ調べてればやんなっちまうよ。学者じゃあねえんだ」

「でで、でも、もも、もし毒だったら……」


 ――そんときゃ死ぬだけ。世界標準可食性テストは真面目にやれば二十四時間が掛かる。しかも、一種類を葉や根に分けた一部位ずつ。豊かなこの森では、そんなことをやっている間に獣に襲われちまう。腹が減っては戦ができん。


「持ってた弁当はもうねえ。今日集めた物食えなきゃあ遠からず死んじまう。なら、食って死のうや」


 まだ、若いゴンには申し訳がねえと思うが、こんな場所ではどちらか一人がくたばっても生きていくには辛いだろう。


「わわ、分かった。げげ、ゲンさん。くく、食おう。」


 ゴンがそう言うと、俺は焚火の準備を始めた。荷物の中には携帯用のガスコンロ一式もあるのだが、こんな場所なら火を焚いても文句を言われないだろうと思い、節約も兼ねて当初より焚火にしている。

 ゴンは手持ちのサバイバルナイフで植物を刻み始める。元々は、ゴンと共に生活を始めた頃くれてやったナイフだ。俺は、ホームレスになる前から所持している、特注で作った愛用のサバイバル短刀を持っている。両方とも日本で見つかれば直ぐに、お巡りから職質をうける品だ。遅くなったが明日の朝にでも、所持品のチェックをしておこうと思う。

 そうこうしているうちに、小鍋に沸かした湯の準備もできた。フライパンもある。サラダ油、ゴマ油等を混合した(かき集めて一緒くたにしたとも言う)食用油と、塩、醤油もある。ホームレスの俺達二人は、必要な物は全部持ち歩いている。容器、食器、布、貴重品全てだ。今回みたいな事態を想定していたわけではない。家なし、職なし、金なしのホームレスが生きるためには必要なことだからだ。

 日本でも放浪とサバイバル的な生活をしていた「放浪型ホームレス」である俺達二人は、特に色々な物を常に持ち歩いている。金がなくても手に入る。豊かな国日本で捨てられる「ゴミ」は、貧者が使うには十分な品ばかりだからだ。

 ゴンが手際よく集めた食材を炒める。醤油を回し掛けするといい香りがする。


「でで、出来た。ささ、さあ、くく、食おう」


 ゴンが調理をしている間に、拾った枝の先端を短刀で削って作った箸を手渡し、フライパンから直に、山菜炒めを食う。美味い。空腹というスパイスのせいもあるが、それでも美味い。

 山菜を湯がいた湯は、塩で軽く味付けをしてある。こちらは各自のコップに注がれている。汁物のだ。こちらは、唯の塩味だからないよりマシ程度ともいえる。


 晩飯後、片腕より少し長い程度の、太くて硬めな棒切れの握り部分を加工する。ゴンも隣でもくもくと同じように削り出しをしている。武器だ。棍棒だ。力のある俺達二人には、重量のある鈍器のような武器を扱っても支障がない。所持しているナイフと短刀では間合いが厳しい。


「……先に寝るぞ、ゴン。今日も交代で火の番だ」

「わわ、分かった。とと、ところで、はは、腹の調子は、どど、どうだい」

「痛くもなんともねえなあ。まだ、油断はできんがまあ、多分、大丈夫だろうよ。五時間後に起こせ。」

「げげ、ゲンさん、おお、おやすみ」


 そう言うと俺は、ゴロンと横になった。今日はいつもより少々歩いていたせいか、直ぐに眠れそうだ。まどろむ中、頭の中で様々な疑問が浮かび上がり、眠気の中に消えていく。ここは、日本なのか。地球なのか。もし、違うとした場合いったい何処なのか。


 ――そして、俺達以外の人間が居るのかと。

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