第7話 短編小説『創作者の夢』4
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「でもさ~アンタも同罪でしょ?」
「なら、なぜこの曲が彼女のオリジナルだと知っていると思う?」
沈黙。罵倒よりは少しは頭が回るようだ。
「私は……彼女からゲーム製作に関して、メールでよく相談を受けていた。だから、彼女がどのように製作したか……彼女がどれだけ熱心に製作していたか知っている――」
そこで一旦言葉を切る。
天井を仰いで再び話し出す。
「――そして、真剣に作った作品をお前らみたいなクズに踏みにじられて、どれだけ悩んでいたのかもな!」
最後の一言は怒りを込めて言った。
もういくら望んでも彼女からのメールの返事はない。おそらく、彼女は諦めてしまったのだろう。
惜しいことをした。本当に惜しいことを。
彼女には才能があった。それなのに、こんな――。
「でも、妙な点もある――」
眼鏡が唐突に口を開いた。
「――もしこれが、彼女の復讐だとして、君はなぜ連れてこられた」
確かにそうだ。私は彼女の手助けをしていたが、罵倒したことは一度も無い。しかし……これがもし、彼女の「作品」だとしたら?
「彼女は……テストプレイのためによく私に作品を送ってきた。きっと自分の作品を見て欲しかったのだと思う。だから……これも彼女の『作品』なら、参加するように仕向けるだろう」
「なるほど、筋が通っている」
眼鏡の男は納得したように言った。
「それで、この機械は……どうするつもりで?」
眼鏡は私の反応を確かめるかのように、ゆっくりとタイマーに目を向ける。
残り十分二十八秒。このタイマーが正しければの話だが。
「……まだこれが、爆弾だと決まった訳じゃない」
三つの押しボタンとデジタルタイマーの付いた金属製の箱。十中八九、世間一般では時限爆弾だと思われるデザイン。
それでも、それがミスリードではないという証拠はない。丁寧に「これは時限爆弾です」と書かれているのではないからだ。
脱出ゲームにおいて、製作者はプレイヤーに対して嘘をついたりするのは嫌われるが、ミスリードはしても構わない。プレイヤーが「勝手に」勘違いしたのは、嘘としてカウントされないからだ。
「これが爆弾でない、という証拠は?」
爆発音。
眼鏡が言った直後だった。
眼鏡の左手はポケットの中にあった。
もほや「私に対して」隠す気は無いのだ。
「オ……オイ! 何か爆発してるじゃねえか!?」
私たちがさっきまで居た辺りでの、爆発だったようだ。かすかな煙と焦げる臭いが漂ってくる。
爆弾……か?
「何か爆発……したようだが」
眼鏡が探るように言った。
ミスリード? それとも……
「確かにあの場所は爆発した。それでもこれが爆弾だという証拠にはならない」
背後では小太りが泣き叫び、罵声が叫んでいる。女子高生はじわじわと後ずさっている。
「それなら、この機械のどのボタンも押さない気だと?」
「そうだな……それも良いかもしれない」
さっきの爆発は挑発だ。大方、近くのダンボール箱の中に仕掛けてあったのだろう。
この機械が爆弾だという確証はない。ないが……近くで爆発があれば、これも爆発するのだと無意識に思い込む。
「オイ! 答えはどれだァ!? それだけ分かるのなら、どれを『押せば』止まるのかも分かるんだろうォ!?」
知るか、ボケ。
私は心の中で短く悪態をついた。
この広さ、爆発なんてナンセンスだ。たとえ爆弾だとしても、このサイズで倉庫全体を爆風で満たせるものだろうか? ……答えは、考えるまでも無い。
そして、この三つのボタン、どれが正解だとは、何のヒントも示されていない。
そう「当てずっぽうで当たるような問題は愚問」だ。つまり……
時間は残り四分二秒。
「もういい! 何でも良いから押しちまうぞォ! ヨッシ!」
罵声が何の考えもなしにボタンに手を伸ばした。私はダンボール箱ごとその装置を思いっきり蹴った。
箱は床を滑っていった。
「何するんだよ! 時間が――!」
「馬鹿! これが正解だ! 現状では何のヒントも示されていない……要するに『選びようが無い』んだ! だから、何もしないのが正解なんだ!」
「そんなデタラメを――」
滑った先でタイマーの数値が減っていく。残り二分になって、突然タイマーの表示が消えた。
何も……起こらなかった。
皆固まっていた。
扉の方でカチャリと音がした。
「さっきの音、扉が開いたんじゃ――」
眼鏡の男が言い終わらないうちに、罵声と小太り、女子高生が扉に向かって走り出す。
扉は確かに開いた。
外はどこかの山奥らしく、倉庫の前には軽自動車が止まっている。赤い軽自動車。主婦が買い物に使いそうなやつだ。
「鍵が付いてるぞォ!」
罵声が歓声を上げる。
我先にと三人は車に乗り込むと、さっさと発車してしまった。
後には、眼鏡と私だけが残った。
「最後のトラップにも、引っかかりませんでしたね」
眼鏡は落ち着いた声でそういった。
「ええ、まあ……そうするかな、と思ったんですよ、彼女なら」
さっきとは違う調子に、つい敬語になって答えた。
「やはり、妹が言っていた通りの人だ」
眼鏡はぼんやりと空を見上げた。
「彼女は今――」
「死にました。自殺です」
突き放すように答えた。
「妹は病弱で家から出ることもできず……その中で、外界との数少ない接点を汚されたせいで、生きる望みを失いました」
淡々とした口調。それでも、言葉にかすかなとげがあった。
私は何も言わなかった。
「あなたやあの三人を、インターネット上のわずかな情報からたどるのは大変でした。それでもそうしたいと思ったのは、あなたへの嫉妬からかもしれない」
「嫉妬……ですか?」
私は驚いていった。
「ええ、正直嫉妬しましたよ。妹があなたについて話す時……どうして直接会ったことすらない相手のことを、こんなにも嬉々として話すのか、と」
「そう……ですか」
私も空を見上げた。
そろそろ、最後のトラップとやらが効果を発しているだろうか。
ブレーキが利かなくなって谷底に落ちていく軽自動車が脳裏に浮かんだ。
完
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