第6話 短編小説『創作者の夢』3

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「アアァ!?」

「脱出ゲームだ……犯人は、ここから我々が出ることを望んでいる」

「は? 馬鹿じゃない? 自分で捕まえておいて逃がすなんてさ~」

「ボ……ボクたち、出られるの!?」

 小太りの目にかすかに希望の光が宿った。

「ああ、その仮定が正しいならば、出る手段も当然用意されているはずだ。閉じ込めるだけ閉じ込めて出る手段が無い脱出ゲームなんて、フェアじゃないからな」

 私はそこまで言って、違和感の正体に気付いた。

 ――やはり、そっち側の人間か。

 おそらく、眼鏡の男は、仕掛ける側の人間だろう。その証拠に、特定の結論に誘導するだけするが、決して結論は言わない。あくまで「手を貸しただけ」という態度を取りつつ、 巧みに誘導している。さっきも、結論に達した途端、黙ってしまった。

 それならば、この「問題」の「解」も知っているのだろうか。そうであることは考えられなくもないが、あくまで共犯者として最低限の情報しか与えられていないことも考えられる。

 私はさりげなく腕時計を見た。十四時二十七分。残り約三十三分。

 それにもし主犯だったとしても、残り時間の間に口を割らせることは可能だろうか。あらかじめ偽の答えが用意してあり、それにミスリードされることもありえる。そんなもの無くても、苦し紛れに嘘を言う可能性もある。

 眼鏡の奥で狡猾な目が光り、ゆっくりとその口が開いた。

「それにしても、その手段はどこから探せばよいのやら……」

 ――ということで、続きを言ってください。進行を滞らせないために。

 そんな言葉が聞こえそうだ。

 眼鏡はもう、他の者を見てはいなかった。

 ――良いだろう。勝負に乗るとしよう。

「それが問題だ。脱出ゲームにおいて、当てずっぽうで当たるような問題は愚問だ。つまり、手段の手掛かりが明確に示される必要がある」

「ハアァ!? そんなもんねえよ!」

「そう……そんな物なかった。それが問題だ。かといって、目印を隅々まで調べて回るには、この倉庫は広すぎる。だから、何らかの手段で示してくるはずだ」

 そうだろう?

 私は眼鏡の方を盗み見た。見られているのに気付いていないのか気付いていて無視しているのか分からないが、涼しげな顔をしている。

「待とう……何らかのヒントが来るはずだ」

 私はそれを最後に座り込んだ。

 罵声が「使えねえ奴」とわざとらしくぼやいていた。

 現在十四時四十分。残り約二十分。

 そのまましばらく、誰も何もしないまま、時間だけが過ぎていった。

 十四時四十五分。残り約十五分。ようやく動きがあった。

 どこからともなく音が、いや曲が聞こえてきた。音量はかなり大きいため、探すのは難しくなさそうだ。

 私にはその曲に聞き覚えがあった。ピアノ曲。脱出ゲームのBGM。……答えは一つしかない。

「探してみるか?」

 私がそう言うと、音の出所を探りに歩き始めた。残りの四人もそれに続く。「何かに期待して」というよりも「退屈を紛らわせに」といった方がしっくりきそうな動きだったが。

 音の出所は少し離れたダンボール箱の中からだった。

 ――間違いない。これは「彼女」の……曲だ。

 私はガムテープの封を解くと、慎重に箱を開けた。不意に曲が止まった。中にはデジタルタイマーが付属した金属製の箱、その表面に三つの押しボタンが付いている。稼働中のタイマーの表示は、「残り時間」と連動しているようだった。

 私は他の人にもよく見えるように、箱ごとその「装置」を皆の中心に置いた。

「何だと!? こんなもん?」

「ふ~ん。ちょっと面白そう」

「こ、これ爆弾?」

 反応は様々のようだ。

「……これは爆弾だと、本気でそう思うか?」

 沈黙。誰も私の問いに答えようとはしない。

「その前に、訊いておきたいことがある」

 私はそれを無視して話し続けた。

「ばっ、馬鹿! これが爆発したらどうするんだよォ? アァ!?」

「まだ時間はある。それに犯人の動機が分かるかもしれない」

「賛せ~い。ちょっと気になるし」

「ふむ、気になるな」

 女子高生と眼鏡が同意。罵声はそれ以上何も言わなかった。

 どうせ自分では解けないから他人に解かせようとでも考えていたのだろう。

 私は少し待って、反対意見が無いのを確認してから言った。

「インターネット上で、『シュレディンガーの狐猫』というハンドルネーム、『コネコ』はキツネにネコという字で書かれたもの……を見たことはあるか?」

「あ! あのクソゲーの作者だ~!」

 真っ先に女子高生が同意。残りは沈黙。

 小太りの顔色が悪くなっていく。

「そう……フリーの脱出ゲームの作者だ。ここにいる人間は、彼女の名前は覚えが無くても、彼女の製作したゲームをプレイしたことはあるはずだ」

「ボ、ボクは悪くないんだ! あんなゴミ作った人間が悪いんだ!」

 小太りが聞かれもしないのに叫びだした。

「悪い? 何のことだ?」

 そ知らぬ振りをして問い詰める。心当たりがあるのなら、自分から吐いてもらった方が楽でいい。

「……ボ、ボクは確かに彼女の掲示板を荒らしたけど、ボクが正しいんだ! あんなゴミを撒き散らしている人間が悪いんだ!」

「まさか~ちょっとあおったぐらいでさ~」

「馬鹿じゃねェ!? そんなのが動機なんて!? フリーゲームなんて星の数程あるし、どれに文句を言ったかなんて覚えちゃいねえよ!」

 罵声が声を張りあげる。

 ――馬鹿なのはお前の方だ!

 私は怒鳴りつけたくなるのをこらえた。

 フリーゲームは星じゃない。勝手に空に浮かんでいる物と一緒にするな。その一つ一つが人の手で作られたものだ。

 こいつらは分かっていない。真面目な製作者が、無料とはいえ自身の創作物のためにどれだけの努力をしているのか、を。

 プレイ時間三十分程度のゲームでも何ヶ月もかけることもある。良識のある者は、何度も何度もテストプレイを繰り返して理不尽なバランスになっていないかを調整する。それを奴らは何の考えもなしに頭ごなしに非難し、あたかも自分たちが立派な「お客様」であるかのように振舞う。

「……さっきの曲は、彼女の曲だ」

「アァ!?」

「彼女が、自身のゲームのBGMとして製作した曲だ。他には私の知る限り他にどこにも使われていない」

「ハッ……あんなゴミのために曲なんて使って馬――」

 私は最後まで言わせなかった。

 奴の頬を右拳で殴っていた。罵声が床に転がる。

「黙れ! 馬鹿野郎! お前のような他人を馬鹿にしてばかりの奴に何が分かる!? そうやって他人を馬鹿にしてばかりで、真剣に生きたことなんて無いくせに!」

 私自身、他人のためにこれだけ怒れる感情が残っていることに驚いていた。それでも、悪い気分ではなかった。

 罵倒は殴りかかってこなかった。恨めしげな視線を投げかけてくるだけで、そのままゴミのように床に転がっていた。

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