第5話 短編小説『創作者の夢』2

2

 まるで、脱出ゲームだな。


 私はふと思った。

 そう、脱出ゲーム。主催者の意向によって否応なしに閉じ込められ、限られた道具を使って脱出しなければならない。なぜ、閉じ込められたのかさえ、プレイヤーには最初明かされない。

 近年、この脱出ゲームがパソコンゲーム、特にインターネット上で公開されているフリーゲームとしてやたら流行っている。

 それは、「作り易い」ことが一番の理由だろう。キャラクターあるいはカーソルの操作が出来て、どこを調べたか、どんなアイテムを持っているかといった基本的なフラグ管理さえできていれば製作は容易だからだ。

 こういったフリーゲームは、某社のロールプレイングゲーム(RPG)製作用有料ソフトが普及してから、大量に作られるようになった。

 そのソフトは、肩書きとしてはRPG製作ソフトだが、他のジャンルにも十分応用が利くものだった。特に、先述の脱出ゲームに関しては、RPGと異なり、細かなパラメーター設定が必要ない分、本来の用途であるRPG製作よりも簡単に出来てしまう。

 これらの過程は、パーソナルコンピュータがあるOS以降、扱いがより「手軽」になり、急速に「一般的」になっていった過程を思い浮かべると分かり易い。

 つまり、そのソフトの出現によって、ゲーム製作自体の敷居が下がり、ちょっとした趣味としてでも、片手間にでも製作できるようになった。

 小難しいプログラミング言語で書かれた無機質な文字列と向き合う必要がなくなったのだから、当然のことだろう。

 しかし、それでより良いゲーム作品が出回るかというと、必ずしもそうではなかった。確かにインターネット上に趣味で公開されたフリーゲームにも「名作」と呼ばれる作品がいくつもあるが、それ以上に「粗悪品」とも言うべき「手抜き」が出回ることになった。

 今日では、ゲームとして成立しているか怪しい物、普通に進めただけで進行不能になるバグを抱えた物さえ、ネット上には当たり前のように転がっている。

 また、作品量の氾濫に伴うそれを仕分けする人間の出現、批評家「様」の出現という問題もあった。もちろん、それが自分なりに勉強して、批評するに値する知識を有しているならば問題はない。だが、残念なことに彼らの多くは、一般教養はおろか、人としてまともな良識があるかも怪しい部類の人間だった。

 そもそも、彼らの多くの目的は「粗探し」であり、他人の作品を叩くことで自分を尊大に見せたいというネット弁慶の典型である。

 自身がクリアできない作品は当たり前のように非難し、クリアできても自分好みで無ければ、善意で公開している「フリー」ゲーム作者に対して時間を無駄にした責任を取れと難癖を付け、あたかもそれが駄作であるように触れ回るのである。

 私はそれが原因で製作をやめた同胞を何人も知っていた。その中には、明らかに私よりも 創作の才能がある人間も居た。


 ――私にも、あなたのようなゲームが作れますか?


 不意によみがえった苦い思い出に、私は顔をしかめた。

 そうだ。確かに彼女の方が才能はあった。才能はあったが――その芽は無慈悲な人間に摘まれてしまった。

 そういえば、この状況は彼女のゲームにどことなく似ている。一瞬だがこれは彼女のゲームの中の世界ではないかという考えがよぎる……が、すぐに頭を振ってそれを打ち消す。

 馬鹿らしい……あれはあくまで創作物の中だから許されることだ。それを現実にしようとする人間が居るなんて、ありえない。

 よく「残虐ゲームを現実に悪影響を与えるから良くない」と利口ぶって評論する馬鹿が居るが、そういう人間が一番、ゲームと現実の区別が付いていない。だから、ゲーム内の出来事を安易に現実に投影できるのだ。

 それに、そんなことを言ったらヒーローショーなんて最たる害悪だ。怪人に殴る蹴るの暴行を加え、最後にはやっつけてしまう。力こそが正義という考えを子どもたちに植え付けるためのプロパガンダだと言われそうな代物だが、誰も言わない。立派なものだ。

 とにかく、誰かが彼女の創作物を現実にしようとしているなんて、ありえない。

 戻ろう。何も手掛かりはなかった。もう十分だ。

 時計を見ると、十三時四十九分だった。

 思ったよりも長考をしてしまったようだ。


 戻ると、皆不機嫌そうに、距離をとって居座っていた。だいたい三メートルから五メートルぐらいの間隔、皆ダンボールの山を背にしている。パーソナルスペースを確保しつつ、なおかつ誰にも背後を見せたくないという願望の表れだろうか。

「な、何か……あった?」

 小太りが恐々と尋ねた。

「いや、何も。……素手でこじ開けるのは無理だ」

 それを聞いて罵声が舌打ちする。

「釘抜きか何か、どっかに落ちてないの~?」

 女子高生がやる気なさげに言う。そう思うのなら自分で探してこい、と言いたくなる。

「そうか、やはり無理か」

 眼鏡がどこか満足げに納得したような顔をする。自分の仮説が間違いなかったのがうれしいのだろうか。

「こ、このダンボールを積んで足場にすれば……ま、窓から――」

「――そう思うのなら勝手にすれば?」

 小太りの声を女子高生が制する。

 確かに、それが一番まともな案かもしれない。ダンボール箱が安定していれば、だが。私が開ける時持ち上げた物は、どれも軽く、箱自体が歪んでいるような感じで、足場として使えるとは到底思えなかった。

 加えて、誰も協力的ではないのも問題だ。一人でするとなると手間を先に考えてしまうし、私も含めてお互いに信用が全く無い。

 それでも、まだ確実に死ぬことが分かっているのならば協力的になるのかもしれないが、それすら仮定に過ぎない。

 沈黙。

 誰も、何も喋らない。

 互いに睨み合うように向き合ったまま、影の向きだけが、太陽の位置に合わせて動いていく。

 現在、十四時十二分。

「あの……」

 眼鏡が沈黙に耐えかねたように口を開いた。

「ここに居る人はなぜ――」

 ――なぜ連れてこられたんですか?

 それ以降はかすれて聞き取れなったが、十分だった。

「ア!? 知るかよ!」

 罵声が勢いだけで答える。

「共通点が無い。……そう言いたいのか?」

 私は気になっていたことを言った。

「ええ……年齢も性別もばらばら、互いの面識もない。じゃあ、犯人はなぜ選んだのか……と」

「ぶっちゃっけ、理由なんてどうでもいいんだけど~」

 女子高生がけだるそうに言い放つ。

「でも……理由が分かれば、出る方法もわかるかもしれない」

 眼鏡が相手の様子を窺うように言った。

「ま~、どうせ暇だし、考えてみても良いけど」

「じゃあ、ボ、ボクも」

 これで同意は三人。いや、私もほぼそうだとみなせるから、四人か。これで残るは……

「……チッ! せっかくだから手伝ってやるよ! 感謝しろよ!」

 この罵声、威勢がいいだけの小心者のようだ。

 これでとりあえずの方向性は決まった。しかし……

「しかし、どうやって調べる気だ? さっき言った通り、共通点がないんだが」

 私の言葉に、眼鏡以外の全員が顔を見合わせる。

「それでも、この状況は妙な点がある」

 眼鏡の言葉は冷えた空気に響くような余韻を持っていた。

「例えば?」

「拉致監禁にしては、あまりに自由すぎる……と、いうことかな?」

 なるほど。

「つまり、身代金や何かの要求のための拉致ではない、何かここに閉じ込めて、自由にさせる目的がある、と? その目的さえ果たせれば、後はどうなっても良い、と?」

 確かにそうだ。逃げ出して欲しくないなら、猿ぐつわを噛まして縛り付けておいた方が確実だ。それをしなかったというのは、そうしてはいけない理由があるのだろう。

「目的……というより、犯人は何かをして欲しい、何かをすることを要求しているんじゃないかな?」

 眼鏡の奥で探るような目が動いていた。

 その様子に、私はかすかな違和感を覚えた。

 何かをさせたい? 何を? まさか――

「――脱出ゲーム」

 ぽつり、と私の口からもれ出た。

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