9話 夕影─光─

 気まずい……というか気恥ずかしい時間をどうにかやり過ごし、瑞希みずきの様子も落ち着いたところで、俺は元々瑞希が来るつもりだったらしい映画館に連れて来られていた。

 様々な映画を上映しているらしい、10以上のシアターを擁する映画館。意気揚々とチケットを買っている瑞希を待っている間、ついぼんやりと辺りを見つめてしまう。

「…………」

「どったの、いっくん?」

 いつの間にか戻ってきたらしい瑞希から、怪訝そうな顔で見つめられてしまう。その顔にまた心配げな色が滲むのを感じて、慌てて答える。

「いや、なんかここもほんとに変わったんだなって。映画なんてちょっと遠出しなきゃ観られなかったろ?」

 本当にそれだけだ。心配されるようなことは考えちゃいない。少なくとも今は、ただ楽しんでいるんだ。あんまり言葉に出すと却って嘘臭くなるから、そこまでは言わなかったが。

「いっくん、それは違うんだなぁ」

「え?」

「前から映画はここだけだよ、子どもの頃映画観に来てた場所」

「そうだっけ? ずいぶん近くないか?」

「まぁねー」

 一緒に来てたのずいぶん前だもんね、とどこか懐かしむように笑う瑞希。あの頃はそれなりの冒険くらいのつもりで来ていた映画館は、実は特に苦もなく来られる近場だったらしい。どうやら、変わったのは街だけではなかったようだ。

 ちなみに映画はというとコテコテの恋愛ものだった。公園のベンチで出会った作業服のいい男に何かときめくものを感じた主人公がそいつをアイドルにスカウトし、あとはお約束の展開が続いた末にふたりの未来を感じさせるエンディング。王道で、だからこそなんだか胸に訴えるもののある映画だった。

「なんか、いい映画だったな……」

 だから自然とそんな感想が漏れていた。

「いっくんわかってるね、見る目あるよ! 沙穂さほにも勧めてたんだけど、観に行く機会作れたらいいな……」

「だな……」

 勧めたときの感触があまりよくなかったのか、どこか苦笑いじみた表情を見せてはいたが、沙穂の名前を口に出したことで少しだけ空気が静かになったような気がした。だけど、瑞希の様子はなんだか単純に沙穂の身を案じているだけではないようにも見えて。

「なぁ、」

「じゃあいっくん、あともうちょっと付き合ってくれる?」

「お、おぉ、」

 切り替えの早さに気圧けおされているうちに、あともうちょっとの「ちょっと」についてそれとなく問いただしたくなる買い物に付き合わされることになるのだった……。


   * * * * * * *


「今日はいろんなの買ったなぁ~! ひとりじゃなかなかこんなに買えないから助かったよ!」

「そりゃよかったな……」

「え、なにその反応? ていうか元気なくない?」

「そりゃなあ」

 すっかり日の傾いた帰り道、俺は意気揚々と前を歩く瑞希の買ったものの大半を抱えて歩く羽目になっていた。さすがにここまで持たされるとは聞いてないし、いや聞いてたって両手で抱えられるかわからないような量持たされるのは厳しいものがある。

「たまにはさ、こういう時間も大事だよ?」

「調子いいこと言うなぁ」

 おどけたように笑いながら俺を振り向いた瑞希は、それからすぐ前を向いてしまった。だからその表情は窺えなかったが、きっとしたり顔をしているに違いない。思い返せば昔からなんかいいこと「風」なことを言ってはドヤ顔するやつだった覚えがある。本当、変わったのは身体つきくらいなんじゃないのか?


「なんか、瑞希は変わらなくて安心するな」

 ふと漏らした声は、いつの間にか静かになっていたその場に思いの外大きく響いて。なんとなく感じた気恥ずかしさにどうにかはぐらかす言葉を探そうとしていたとき。

 茜色よりもっと濃く暗い赤に染まった道を往く影が、立ち止まる。釣られて前を向けば瑞希の足が止まっていて。

「変わらないんじゃなくて、変われないんだよ」

 呟いた声は、濡れているようだった。

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CRY 遊月奈喩多 @vAN1-SHing

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