1話 再会

 賀宮山かみやま駅のホームは、俺が住んでいた頃のような屋根なしではなくなっており、駅構内も出入り口が1つではなくなっており、引越し先――俺がこの間まで住んでいた場所――からたまに遊びに行っていた都心近郊のような、慣れないと小規模の迷路のように感じるだろうものに変わっていた。

 間違えて出たりすると、本当に面倒臭いことになるのは経験済みだ。精神的にも肉体的にも、それなりの苦労を強いられてしまうんだよな……。


 そんな駅をやっとのことで出ると、空はもう昼というより夕方の表情を見せていた。時間は決して遅くないはずだが、まだ春にはなりきらない時期だからだろうか。

 うぅ、夕陽が眩しい。

 事前の約束だと、駅の辺りで待ち合わせようという話になっていたのだが、もしかしたら都合でも悪くなったのだろうか? それとも、どこかで行き違いになったのだろうか?

 とりあえず、『今、着いたぞ』とメールを送ってみることにした。すぐに既読がついて『了解!』という、少し慌てているのか絵文字の不足した返信があった。

 そこに付け加えられた『ちょっとそこで待ってて!』という文面に従う形で、俺は駅前のシンボルなのだろう奇妙なキャラクターのオブジェの前に立って町並みを見つめる。

 やれやれ、随分経つのに俺たちのやりとりはあの頃と変わらないんだな。


 まぁ、何にしても。

 少なくとも、俺の目に見えるこの賀宮山市は、随分変わった。

 駅前が広い道路になっているし、そもそも駅ビルなんてあるような場所ではなかった。それが、こぢんまりとではあるが、駅に隣接して簡単な土産物を買える場所ができるくらいには発展したらしい。

 どこか変わった町並みを眺めていると、ふと視線を感じた。

 振り向いてみると、そこにいたのは待ち合わせていた幼馴染の1人である葉山はやま 沙穂さほだった。時々年賀状だったりメールなどでやり取りしていたものの、改めて間近で見ると、本当に変わったのだと思った。

 あの頃短かった髪の毛は背中まで伸びて、ゆるくウェーブのかかっている。動きやすい方がいいと言って上半身こそ季節に合ったものだったが、下はいつも半ズボンだった幼い頃とは違い、意外なくらいにふわふわとした雰囲気の衣服を着ている。


「あ、あの! 仁野じんの 一樹いつきくん……、だよね?」

 そう言った彼女に、俺も少し躊躇してから話しかける。

「沙穂、だよな? 何か、随分変わったよな」

 思わず言うと、「えぇ~、けっこう写真とか見てるでしょ?」と笑いながら返してきた。いや、そうじゃなくて。

 うまく言葉が見つからなくて、思わず宙に視線をさまよわせながら、口から言葉を絞り出す。

「なんつーか、凄ぇ可愛くなった、っていうかさ……」

 っておいおいおい! 何言ってんだ、俺は!?

 や、やばい、何か言わないと!

 そう思って見やった沙穂の顔は、眩しい金色の夕陽の中でもわかるくらいに赤く染まっていた。

 うっっっわ、どうすりゃいい!?

 困惑する俺にようやく沙穂が返してくれたのは。


「わ、わたしなんて全然だよ。えっと、一樹くんこそ、その……かっこよく、なったよ?」


 今度は俺が赤面する番だった。茹でダコが2匹、ただ黙っている状況。

 そんな状況をどうにか打ち破ったのは俺ではなく、もう1人の幼馴染だった。


「沙穂~、こっちにはいなかっ――あれ、いっくん?」

 その声の主は、俺たちの待ち合わせを提案してくれた幼馴染の咲嶋さきしま 瑞希みずきだった。言われるまでもなく、瑞希だった。

「あ、久しぶり~いっくん! 元気だった? まぁ、よく近況とかは聞いてたけどさ! 会えて嬉しいよ!」

 こういうことを屈託なく言えるところは、十数年分――場所によってはそれ以上か?――の成長をしただけで何も変わっていない、と言いたくなる彼女の最たる部分だろう。

 そういう快活なところに、本当にいいやつだと十数年経っても思う。


「いっくん背ぇ伸びたね! 私はなんか変わった?」

「いや、変わってない」

「うわ、即答ですか。なくてもちょっとは考えるふりとかしてよ。あったらもちろん言ってほしいけどさ」

 そんなこと言われたら……。つい視線が瑞希の一部分に集中しそうになる。もちろん、そんなこと言ったら何されるかわからないから、答えるわけにはいかないけどな! 絶対にだ!

 答える答えないの問答は、少しの間続くことになった。


「じゃあ駅からは迷わずに出られたの? そっか、探しに行ったんだけど、そこで行き違いになっちゃったのかな」

「不思議なことだけどな……」

 そんな話をした後は、最近あったこととかここに来るまでの道のりだとか、まぁ他愛のないことを話した。もちろん、やり取りしてて知ってるようなことが多かったが、それでも話せることに意味があるような気がした。

 で、それなりの時間が経ち、さすがに駅前で立ち話するには寒くなってきた頃、俺たちはようやく別れた。

 沙穂と瑞希はそれぞれの自宅へ。俺は、とりあえず今日泊まる場所を探しに。

「じゃあな! 今日は会えてよかった!」

「うん! わたしも一樹くんに会えて嬉しかったよ」

「まぁ、これから毎日会えるけどね~」

 思い思いに色々言っていたのは、きっと別れるのが惜しかったから。

 だから、つい口から出てしまったのだろう。


「これでゆうちゃんもいたら、――――!!」


 慌てて口を噤む沙穂。

 だけど、出てしまった言葉はもう取り消せない。俺の耳にも、瑞希の耳にも届いてしまっていた。

 夜の闇が、より深くなっていくように感じた。

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