CRY

遊月奈喩多

序 帰郷

 少しの眠りから目を覚ましたとき、まだ電車は枕木を絶えず踏みつけていて、車窓から見える景色は目的地がまだ遠いことを頼んでもいない俺に教えてくれていた。

 少しだけ空気と気分を入れ換えたくなって窓を開けると、潮の匂いが混ざった冷たい顔が無防備な顔にぶち当たり、その強さに呼吸もまともにできなくなりそうだったので、大人しく窓を閉めて景色を眺める。

 といっても、見えるのはただただ砂浜と海。

 遠くに客船らしき船が見えたり、時々テトラポッドの陰にいる人影が見えたりするくらいで、目新しい物もない景色に少し飽きてしまう。


 それでも、これから向かう場所にはそんな気持ちはなかった。


 もう十数年も経つのに、あの場所で起こったことは、あそこでの日常はあまり忘れていない。それほど、俺にとってあそこは思い出深い場所だったのだ。

 位置情報アプリで確認したところ、到着まではまと1時間以上ある。

 町そのものには懐かしい思い出があるものの、そこから電車で1時間も離れた場所には特にそういう思い出などないし、まだ寝足りない。無人になってしまった海を眺め続けるのにも飽きてしまった俺は、もう少しだけ寝て過ごすことにした……。


 俺は、ようやく帰ってきた。

 懐かしくも痛みを伴う日常を送ったこの場所に。

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