2話 記憶(ゆめ)
夜がだいぶ深まり、寒くなってきた頃。
そろそろ別れようとしたときに
それは、俺たちにとって忘れられない――今思い出しても胸の痛む過去を呼び起こすものだった。
結局、それから数分くらい何事か言葉を探しながらも、結局特に何も話を広げられないまま俺たちはそれぞれの場所に向かって別れることになった。
ただ、ふと気になって。
「なぁ、あの『お化け屋敷』ってどうなった?」
俺は尋ねずにはいられなかった。
それに「まだあるよ、あそこにずっと」と答えてくれたのは
それからややあって連絡した
その時間になると、案の定だがもう部屋探しとかは難しい。
ここは大人しくどこかにホテルをとって休むのがいいだろう……そんな引越し先での暮らしで染み付いた考えも、発展した賀宮山は叶えてくれた。駅前の通りにいくつかあったビジネスホテルの中から比較的安い場所を選んで、簡単なやり取りでチェックインを済ませ、空いていた部屋に通される。
ふかふかのベッドは、何だか落ち着かない。
いつもならそう言っているところだが、今日はすぐに眠れそうな気がした。それなりに長旅になったから、疲れたのかも知れない。
仰向けになったベッドの上で、沙穂や瑞希と別れる前のことを思い出す。
「お化け屋敷、まだあるのか……」
懐かしむべきものなのかも知れないが、どうしてもその呼び名は俺にとって苦かった。できれば思い出したくないと願いつつも、そう簡単に忘れられるわけもないものだから。
お化け屋敷。
俺の故郷であり、今日帰ってきた新しい居住地になる賀宮山市に昔からあるという洋館だ。
森の中にあり、まず見える鉄の門扉はすっかり錆びていて、もちろん塀なんて所々が崩れている。その向こう側に見える庭には枯れ木と伸び放題になった雑草がひしめき合っていて、屋敷の壁も蔦がびっしりと覆っていて、およそ誰も住んでいるとは思えない。
なのに、どうしてかあの場所に近付いてはいけないと昔から言われている。尋ねてみても理由はわからないという大人がほとんどだったが、とにかく近付いていい場所ではないのだそうだ。
そんなもんだから、(俺も含めて)子どもたちはそこを『お化け屋敷』と呼んでいた。
そして。
『もし
優が行きたがっていた場所でもある。
真っ白で味気ない天井が、俺を眠りに誘うのに抵抗する理由なんか、なかった。
これは、夢だろうか。
夢に違いない。何故ならここにいる『俺』は十数年前、都会に引っ越す前の俺で、俺はそれをただ見ていることしかできないでいるのだから。
数週間前から話を聞かされていた都会行きを翌日に控えていた『俺』は、家を出て外にいた。好きな街を離れる話なんて聞きたくなかったし、それに当てがないわけでもなかったのだ。
当時集まるメンバーはいつも決まっていて、『俺』と、沙穂と、瑞希と、そして優。本当なら西久保や清瀬も一緒なのだが、この日は別の友達とどこかに遊びに行っていたとかだったと思う。
確か、優だっただろうか。
遠くに行ってしまう『俺』に、最後の思い出を作ってあげようだとかそういう提案をしてくれたのだ。
『お化け屋敷』のある森の中で、かくれんぼをしよう、と。
少し怖い場所とあって、いつもの『俺』なら少し嫌がっただろう。しかし、その日の『俺』は、「うん!」と笑って頷いたのだ。
公正なジャンケンの結果、『俺』が鬼になった。100まで数えるというのは幼稚園時代の少年にはなかなか難しいことだったような気がしたが、それでも何とかクリアして、『俺』は鬼として3人を探し始めた。
そして、何故か仕掛けられていた様々な罠を掻い潜りながら、沙穂と瑞希を見つけた。
考えてみてほしい、竹筒を使って池の中に隠れるなんてありえるだろうか。土に埋まっているなんて思うだろうか。『俺』は思わなかったし、今の俺でもそんなことはしない。
『わー、見つかっちゃったよ! 一樹くん、すごいね……くしゅんっ』
『うわー、風邪ひくから!』
『うぺぺぺっ、や~っと見つけたねいっくん』
『うがいして、うがい!』
……あれ、『俺』ってそういうポジションだったんだな。
そんな調子で、残るは優だけになった。森の中はあらかた探したし、鬼に見つかったやつは鬼の手下になるとかいう設定で、沙穂と瑞希も探しに加わっていたから、すぐに見つかるだろうと思っていた。
しかし。
優は夕方になっても、日が暮れても、泣きついた『俺』たちと一緒に大人たちが夜中まで捜してくれても、見つからなかった。
せめて優が見つかるまで。そう言いたかったけれど、それでも「都合」というものはどうしようもなかった。そうして、『俺』は賀宮山を離れた。
その後、とうとう優は見つからなかったと聞いた。
――ねぇ、一樹
そんな声が聞こえた。
気付けば俺は真っ暗な森の中で、足下に絡みつく枯れ草を鬱陶しく思いながらも、それよりもその声を発しているのが誰だか確かめようと必死だった。
そうしているのは『俺』ではなく、紛れもない俺だった。幼稚園時代ではなく、今現在の
――どこにいるの、一樹
懐かしい声のはずだった。
なのに、どこかで跳ね返されているみたいにエコーがかって聞こえるその声が近づいてくることに、俺は怯えていた。気味が悪く感じた。
逃げようとしても、もうその頃には足は動かない。
俺の名前を呼ぶ幼い声は、すぐうしろ。
つぅ、と背中を這った指は、まるで氷のように冷たくて。
――みつけた。やっと、帰ってきてくれたんだね
嬉しそうな笑い声が、暗い森に響き続けていた。
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