第6話 転校生玲子、いきなりのハグ
今までは妻ペルセポネが側に居なくなり、寂しい期間の始まりでしかなかった春は友人達に囲まれた楽しい時間となり、美少年に変身した甲斐有って女子生徒にもなかなかの人気を得る事が出来たハーデス。特に望美と優子には具体的なアクションまで起こされ、どちらを選ぶかで悩むまでになった。そんなハーデスの身辺を一転させる様な事件が起きたのはセミの声が聞こえてくる頃だった。瑞鳳学園一年二組に転入生がやってきたのだ。それもかわいい女の子。これもハーデスが起こした神の奇跡なのだろうか?
ハーデスは彼女を見た瞬間、何か衝撃的なモノを感じた気がした。ペルセポネと出会って以来、他の女に心を奪われたのは一度だけだった。相手はメンテーと言う妖精。だが、その想いは叶わなかった。怒ったペルセポネがメンテーを雑草に変えてしまったから。だが、ここはオリンポスでも冥界でも無い。つまり、ペルセポネは居ない。千載一遇のチャンスである。
「泉玲子です。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げる彼女は担任教師に促され、一番後ろの空いている席に歩いた。ハーデスは、彼女が自分の横を通る際、目を合わせて微笑んだ気がした。
「さっきあの子、お前見て笑わなかったか?」
山本が隣の席からハーデスを突っついて言ってきた。ということは彼女がハーデスに微笑んだのは気のせいでは無かったのだ。
「や、やっぱりそう思う?」
「ああ、間違い無い。良いよな~、顔の良いヤツはよ」
嬉しそうなハーデスと羨ましそうな山本。だがしかし、前述の通り女の子慣れしていないハーデスに上手くアタックする事は出来るのか? なんせペルセポネを嫁に娶った時も、どうすれば良いかわからなかったからと言って事もあろうに彼女の父親に相談した結果、無理矢理冥界に連れ去った男なのである。
休み時間になると玲子は男女数人に群がられ、質問責めにあっていた。そこにハーデスと山本も加わる。ハーデスの顔を見ると玲子は立ち上がったかと思うと、いきなり抱き着いてきた。騒然とするクラスメイト達、当のハーデスはわけがわからず硬直状態。
「ちょ…ちょっと泉さん、いきなりどうしたの?」
数秒後、硬直から解放されたハーデスがなんとか冷静さを保ちながら玲子を引き離す。
「え……私の事、嫌い?」
悲しそうな目の玲子。しかし、女の子にいきなり抱き着かれて戸惑わないワケが無い。まあ、心の中では嬉しいのではあるけれども。
「いや、嫌いも何も……初対面なのに……」
「一目惚れってあるじゃない。あなたを見た瞬間、感じるものがあったのよ」
悪びれもせずに言う玲子。
「あ……ごめんなさい。もしかして、彼女がいるとか?」
続いて思いついた様に手を合わせて謝る仕草。
「ううん、そんなんじゃ無いけど」
ハーデスの頭に望美と優子の顔が過ったが、まだ彼女では無い。もっともハーデスには妻はいるのだけれども。
「じゃあ、問題無いわね」
満足そうに微笑む玲子。だがしかし、一人の女子から声が上がった。
「望美はどうなるのよ?」
望美はハーデスに弁当を作り続けていた。それはクラスの誰もが知る事実であり、望美とハーデスがひっつくのは時間の問題と思っていた望美の友人、美紀の声だった。
その声に玲子は反応し、望美という女子を探した。彼女の目に留まったのは、美紀の隣で俯いている女の子。その子が望美だろう。そう判断した玲子は彼女に聞こえる様に言った。
「じゃあ、こうしたらどうかしら?」
玲子には考えがあるらしい。
「今日から争奪戦の始まり。二人がそれぞれ自由にアタックする。どっちをいつ選ぶかは古戸君の自由。それで恨みっこ無し」
考えどころか、ストレートな宣戦布告だった。すると、一人の少女が立ち上がった。
「その争奪戦、私もエントリーしても良いかしら?」
言うまでも無いだろうが、優子である。
望美は反論するかと思われたが、意外にもその提案はすんなり通った。そろそろ彼女もはっきりさせたかったのだろう。
それにしてもこの玲子という転校生、初日からクラスの女子を敵に回す様な行動に出るとは腹が座った女の子である。
「おいおい古戸、なんか妙な事になっちまったな」
山本がハーデスの肩に手をやりながら呟く。
「うん……どうしよう?」
「どうしようも何も、お前が決めるしか無いからな」
「でも……」
「デモも体験版も無ぇよ。男前に生まれたお前の宿命だ、羨ましいぜ。ビシっと決めてやれ。それが礼儀ってもんだ」
「うん……」
山本の言葉に力無く頷くハーデス。彼が望んだ喜ぶべきラノベ的展開だと言うのに。真面目で優しいハーデスには少しばかり荷が重いのだろうか?
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