第7話 私を選んでくれたら嬉しいな
「古戸君、ちょっと良い?」
休み時間、ハーデスにアプローチをかけてきたのは優子。
「おいでなすったぜ。頑張れよ、色男」
山本が気を利かせて席を外す。玲子が二人の様子を伺っているのを感じたのか、優子はハーデスを屋上へと誘った。前とは違い、直接手を引いて。
「ねえ、古戸君は私の事どう思ってる?」
女の子がよくする質問。正直ズルい質問である。こんなの聞かれたら、よほど嫌な相手で無い限り気の無い返事をする様な男は居ないだろう。質問と言うより誘導尋問と言った方が良いかもしれない。
「どう……って」
言葉に詰まるハーデス。無理も無い。ハーデスの態度に優子は悲しそうに言った。
「初対面の相手に抱き付く様な女の子の方が良いって言うの?」
「いや……良いとか悪いとか、そういう事じゃなくて……」
しどろもどろのハーデスに優子が止めの一言。
「玲子さん、綺麗だもんね」
もう一度言うが、優子もなかなかの美人である。
「綺麗って言うか……彼女には何か感じるものがあったんだよ」
ぽろっと本音を漏らしてしまったハーデス。それを聞いた優子はハーデスに抱き着いた。
ただ、玲子がそうした時は満面の笑顔でだったが、優子の顔は笑顔どころか今にも泣き出しそうだった。
「でも、古戸君、今日会ったばかりであの子の事何も知らないじゃない。私の事はわかってくれてるよね? もう何ヶ月も一緒に居るんだもん」
ハーデスは玲子に抱き着かれた時と同じ様に固まってしまった。普通の男なら女の子にこうまでされたら抱き締めるぐらいの事はするだろうのに。女の子に慣れていないというのも困ったものである……妻帯者のくせに……
妻帯者と言えば、ハーデスに子供が居るという話は聞いたことが無い。単にペルセポネが妊娠しなかっただけなのか、それとも……? ちなみに兄ゼウスはあちこちに子供を作りまくっている。
優子が上目遣いでハーデスを見る。ハーデスは緊張のあまり震える手を優子の背中に回そうとした。その時、誰かの視線を感じて手が止まる。
「どうしたの?」
動きかけたかと思ったら、急に止まったのを不思議に思った優子がハーデスに聞く。
「いや、誰かが見てる様な気がして」
ハーデスの答えを聞いた優子は慌ててハーデスから離れ、きょろきょろ周りを見回した。しかし、屋上には人影は見当たらなかった。
「誰も居ないみたいよ」
「そう、気のせいかな? ゴメンね」
「ううん、こっちこそゴメンね」
謝るハーデスに謝り返す優子。ハーデスには優子が何故謝るのかわからなかった。
「どうして川上さんが謝るのさ?」
「本当はね、もっと自然な感じで告白したかったのに、こんな事になっちゃって」
優子は泣きそうな顔で言いながらハーデスの手を取った。
「私は別に急がないから。ゆっくり時間をかけて考えてもらって良いから……」
そして、笑顔を作った。
「それで、私を選んでくれたら嬉しいな」
告白された。授業が始まるチャイムが鳴ったが、初めての経験に呆然とするハーデスの耳には入っていない。
「古戸君、チャイム鳴っちゃったよ。早く教室に戻らないと」
優子の声に我に帰ったハーデス。二人は教室へと急いだ。
なんとか教師より先に教室に戻る事が出来た二人。授業が始まってもハーデスの頭はさっきの事でいっぱいで、教師の話などまるで耳に入らない。
――泉さんは人目を気にする事無く抱きついてきた。川上さんは誰も居ない屋上で抱きついてきたものの、ボクが人の視線を感じたと言ったらそれを気にしてすぐに離れた。これってどうなのかな……?
少し考え込むハーデス。言ってみれば玲子は人目など気にしない程の強い好意を持っている。それに比べ優子は人目が気になるという事は玲子ほどの強い好意は持ってないという事なのか? いや、逆に考えれば優子は慎ましやかな女の子で、人目など気にしない玲子はヤンデレとなる危険性もあり得る。しかし、玲子を見て何か感じるものがあったという事実は揺るがない。でも、優子だって美人だし、この数ヶ月一緒のクラスで過ごしてとても良い子だとわかってる。また、望美がどう出るかもわからない。
――ライトノベルのハーレム展開に憧れて人間界に来たってのに、実際そうなりそうになったらイモ引いて……情けないなぁ。やっぱりゼウスみたいにはなれないか。もう冥界に帰ろうかなぁ……――
溜息交じりのハーデスに山本が声をかける。
「古戸、悩んでるな」
「うん、そりゃそうだよ。こういうの、初めてだし」
「えっ、マジでか? お前ならこれぐらいの事、何度もあったと思ってたぜ」
山本がそう思うのも無理は無い。しかし、ハーデスの本当の姿は厳ついおっさんである。
「アポロンもこんな風に悩んでたのかな……」
「アポロン?」
「何でもないよ。でも、本当にどうしたら良いんだろう?」
「どうもこうも、自分の気持ちに正直になるしか無いんじゃないか? あっ、二股三股ってのは止めとけよな」
「ははは……ゼウスじゃあるまいし」
ゼウスは三股どころの話では無い。
「お前、ギリシャ神話好きなんだな。まぁ、選ぶにしても、もっと三人の事を知っとかないとな。特に泉玲子の事をよ」
「そうだね。今日会ったばっかりだもんね」
「まったく、会ったばかりの男に抱き付くなんて、普通考えられないぜ」
「うん、ボクもそう思う。でも……」
ハーデスは、惚れた相手の気持ちも考えずに冥界へと連れ去った前科が有るだけに玲子の直情的な行動をわからないでもなかった。
「でも……何だ? 見た目は玲子が好みなのか?」
事情を知る由も無い山本は呑気な事を言い出す。もちろんハーデスはそれも否定出来ない。赤くなって俯いてしまった。
「正直なヤツだな。よしわかった」
授業が終わると山本は望美の席へと向かった。
「今度の日曜にみんなで遊びに行こうと思うんだが、どうだ? もちろん古戸も来るぜ」
突然の誘いだったが、望美は古戸が来るという事を聞いて行かないわけが無い。結局女の子は望美と美紀、そして優子が行く事になった。と言うか、山本の考え通りに事は進んだ。
「あ、ちなみに玲子も誘うから」
思い出した様に言った山本。それを聞いて美紀からブーイングの嵐が舞い起こる。
「でもよぉ……あの子の事、お前等もまだ全然知らないだろ? 出会いは最悪に近いかもしれんが、やっぱ腹割って話しないとな。それにフェアじゃ無いだろ? 古戸の争奪戦なんだからあの子も誘わないとよ」
山本の言葉に黙るしか無い美紀に山本が追い打ちをかける様に言う。
「あの子だってこのクラスの一員なんだ。仲良くやっていかないとな」
「まったくアンタって人は……わかったわよ。仲良くできるかどうかはわからないけど」
「ああ。とりあえずは付き合ってみないとな」
「そうね。私は望美と古戸君が付き合って欲しいけど」
「それはそれ、これはこれだ。じゃあ、日曜は決定で良いな?」
「ええ。大丈夫よ」
「おっけ。あ、どこか行きたいトコの希望って有るか?」
「うーん……そうだ、海に行きましょうよ」
「海?」
「ええ。やっぱ夏と言えば海でしょ。プールでも良いけどね」
「おいおい、いきなり女の子を海に誘うって、ハードル高く無いか?」
瑞鳳学園から近くの海水浴場までは電車で一時間弱といったところである。距離的には問題無いが、転校してきたばかりの女の子を海に誘うのはいかがなものだろう? 出会って間もない男子の前で水着になるのを嫌がったりしないだろうか? 山本は思ったが、美紀はあっさりと言う。
「みんなの前で抱き着く様な子でしょ、大丈夫よ。多分」
「まあ、言うだけ言ってみるけどな。ダメだったら場所変えても良いよな?」
「場所を変えるんじゃ無く、あの子抜きで行くっていうのはダメかしら?」
「ダメだ。玲子抜きで行きたいなら、自分で古戸を誘ってくれ」
「わかったわよ。こういう話には固いんだから。まあ、それがアンタの良いところなんだけどね」
望美と優子、そして美紀と話を付けた山本は続いて玲子を誘った。海に行くと言うと嫌がるかという心配は、まったくの杞憂で、美紀の言った通り古戸が一緒だと聞くと即座にOK。あらためて「男前って良いよな」と思う山本だった。
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