第3話 望美の弁当に対する違和感
また次の日がやってきた。今日もハーデスは弁当の事が気になって仕方が無い様子。まあ、無理も無い。少なくとも一週間はこんな状態が続くであろう事は間違いあるまい。
「はい、古戸君」
昼休み、また望美がハーデスに弁当を手渡す。期待に胸を膨らませて受け取るハーデス、それを羨ましそうに見る山本。
「はあ~~~~、俺も弁当作ってくれる彼女が欲しいわ」
弁当をぶらぶらさせながら伊藤もやってきた。言うまでも無いだろうが伊藤の弁当は母親のお手製である。もちろん山本の弁当も同様だ。
「そんな……島本さんは彼女みたいな良いものじゃ無いよ」
顔を赤くしながら言い返すハーデスに伊藤はニヤニヤしながら言う。
「いや、そんな意味で言ったんじゃねーんだけど。でも、望美みたいな子が彼女だったら嬉しいだろ?」
「そりゃそうだけど……って、何言わせるんだよ!」
赤い顔をより一層赤くさせてそっぽを向くハーデス。話題を変えるかの様に山本が弁当を覗き込む。
「で、今日のはどんなんだよ?」
今日は白身魚のフライにエビフライといった揚げ物メインだった。野菜や果物で彩と栄養のバランスも考えられている。もちろんご飯はおにぎりだ。
「そのおにぎりって、望美が握ってんだよな」
いきなり妙な事を言い出す伊藤。それはそうだろう。望美が作った弁当なのだから、おにぎりも望美が握ったモノである事は容易に考えられる。まさか望美の母親が握っていたなんて事は無いだろう。無いと思いたい。
「それがどうしたの?」
きょとんとした顔でハーデスが答えると、伊藤はとんでもない事を言い出した。
「どうしたって、古戸。考えてみろ。望美が握ったんだぞ。メイド喫茶でメイドさんがおにぎりを握ってくれるトコもあるが、それはラップ越しでしかない。望美は素手で握ってるんだぞ。わかるか?それがどういうコトなのか」
段々エキサイトしてきた伊藤に引き気味のハーデス。しかし、伊藤は力説を続ける。
「言ってみれば、望美のエキスがそのおにぎりには含まれているワケだ。あんなかわいい子のエキスが!」
「バカかお前は!」
厨二的妄想全開の伊藤に思わず山本が突っ込んだ。しかし、突っ込んでから静かにこうも言った。
「まあ、伊藤の言いたいコトもわからんでも無いけどな」
なんだかんだ言って、やはり山本も羨ましい様だ。
そんな事が何日か続いたある日、いつもの様に弁当を持ってきては去っていく望美にハーデスは思い切って声をかけてみた。
「島本さん、たまには一緒に食べない?」
一瞬ためらった望美。
「うん……でも、ちょっと恥ずかしいな」
「恥ずかしい事なんて無いよ。だって島本さんの作ってくれるお弁当、凄く美味しんだもの」
ハーデスの言葉に望美は少し考えてから頷いて一言付け加えた。
「うん、わかった。美紀ちゃんも一緒でも構わないかな?」
「もちろんだよ」
望美が美紀を呼びに行くと、ハーデスと山本、そして伊藤は机を移動させて席を作った。
「やあ君達、私たちとお弁当食べたいんだって?」
美紀は今日も無駄に元気だ。しかし、何か勘違いしてないか?しかし、山本と伊藤はあえてそれを否定せず、笑顔で二人を迎えた。もちろんハーデスもとびきりの笑顔で二人を、いや、望美を迎えた。
望美と美紀は隣り合って座ると、望美の向いにハーデス、美紀の向いに山本が座る。伊藤は世間一般で言う『お誕生日席』である。
「いただきます」
五人揃って手を合わせる。望美に気を使ってか、山本も伊藤も今日はハーデスの弁当を覗き込みはしなかった。
「うん、今日も美味しいよ。彩も綺麗だし」
ハーデスが望美に言うと、美紀が冷やかす様に言う。
「あらあら、新婚さんみたいですねぇ。それともバカップルってヤツですかぁ?」
「な、何言ってるのよ。ゴメンね、古戸君。美紀が変な事言って」
真っ赤になりながら何故か謝る望美。やはり顔を赤くしながらも嬉しそうなハーデス。そりゃあ嬉しいだろう。これこそ彼が憧れていたライトノベル的展開なのだから。
顔を赤くしたままで黙々と弁当を食べだした望美。その時、山本がふと彼女の弁当に目をやった。
「あれ?」
彼は妙な違和感を感じたのだ。
望美の弁当はハーデスに渡したモノとは違っていた。彩こそトマトやブロッコリーで女の子らしく綺麗にはしていたがメインのおかずは玉子焼とウィンナー。ご飯もおにぎりでは無く、ふりかけご飯だった。隣のハーデスに目を移すと、彼の弁当はいつもの様に豪華なおかずとおにぎりだった。
――どういう事だ?――
確か望美は「ひとつ作るのもふたつ作るのも手間は変わらない」と言っていた。しかし、どう見てもハーデスの弁当は望美の弁当に比べ、遥かに手間がかかっている。
――やっぱりそういう事だよな――
そんな山本の思いも露知らず、ハーデスも黙々と弁当を食べていた。彼も望美と同じく美紀の言葉を聞いて妙に意識してしまい、顔を上げられなかったのだ。その為、自分の弁当と望美の弁当の中身が全く違う事に気付かないまま時間は刻々と過ぎていく。
「ごちそうさまでした」
望美が食べ終わった様だ。それがハーデスが顔を上げるきっかけとなった。
「あれっ、もう食べ終わったの?」
ハーデスがびっくりした様に言った。望美の弁当は、女の子の弁当箱は女の子らしい小さなものなので、同じ様に黙々と食べているとハーデスより早く食べ終わるのは当然である。しかし、まだ二人はろくに話もしていない。これでは一緒に食べようと誘った甲斐が無いではないか。
食べ終わった望美は席を立ってしまうのだろうか? いや、まだ美紀は食べている途中である。少なくとも彼女が食べ終わるまでは席を立つ事は無いだろう。まだチャンスは残っている。ハーデスは頑張って口を開いた。
「美味しいお弁当をありがとう。でも、毎日大変じゃない?」
無難と言えば無難な話題。しかし、現在の二人の関係がどんな感じなのかがわからないので迂闊な事は言えない。ほんの数日前まで同級生として普通に話をしていたというのに、望美が弁当を作ってくれると言ってくれた時からどうしても意識してしまう。たとえお金を払っていたとしても。
「ううん、慣れてるから大丈夫よ。前にも言ったけど、ひとつ作るのもふたつ作るのもたいして変わらないから」
望美は笑顔で答える。美紀が何故か得意気に言い出した。
「望美は料理上手いし、美人だし、頭も良いし、友達として鼻が高いわ」
ふふんっと鼻を鳴らす美紀。
「おいおい、それじゃ『鼻が高い』ってより『鼻息が荒い』だぜ」
山本が呆れ顔で突っ込むと、美紀は笑いながら返す。
「へっへー、良いじゃない。それぐらい自慢の友達なんだからね」
妙に望美を持ち上げる様な事を言う美紀。
「美紀ちゃん、なに大袈裟な事言ってるのよ」
望美が恥ずかしそうに言うと、ハーデスも頑張って会話に加わろうとして、ポロっと口走ってしまう。
「いや、日高さんの言う通りだよ。島本さんって凄いよね」
望美はまた真っ赤になって下を向いてしまった。
ハーデスは『日高さんの言う通り』と言った。という事は、望美の事を料理が上手く、頭が良い美人だと言ったも同然なのだ。ちなみに日高というのは美紀の苗字である。
真っ赤になった望美を見て、ハーデスは自分が言った事の重大さを理解した。
「あ……いや、そういう意味じゃ無くって……」
焦って取り繕うとするハーデスに美紀が容赦の無い突っ込みを入れる。
「そういう意味じゃ無いって、望美が美人じゃ無いって言いたいワケ?」
「いや、そう言う意味でも無いよ。島本さんは美人だと思うし……って何を言わせるんだよ!」
焦れば焦るほど泥沼に嵌るハーデスに、美紀は追撃を加える。
「良かったね。古戸君が望美のコト、美人だって」
ハーデスは完全に言葉を失ってしまい、箸も止まってしまった。いや、箸どころか全身硬直状態。もちろん望美も固まってしまっている。
「おいおい、それぐらいにしといてやれよ。望美が美人だってのは、みんな思ってる事なんだからさ。なぁ、伊藤」
「おう、そうだな。俺もそう思うぜ。そういえば、このクラスってかわいい子が多いよな」
山本の助け舟に伊藤が上手く話を合わせる。もっとも伊藤の言葉は本音が口から出てしまっただけなのかもしれない。本来、そういう事は男子だけで話をしている時に言うべき言葉である。まあ、このクラスの女子はかわいい子が多いというのは事実ではあるのだが。
「えっ、じゃあ私は? 私?」
うまいこと美紀が食いついた。客観的に見て、美紀はショートカットのボーイッシュ系美少女である。しかし、山本はあえて言った。
「お前か? まあ、一言で言えば残念だな」
「ムッキー! 私のドコが残念だってのよ!?」
残念と言われてた美紀が食ってかかる。山本は、そんな美紀に反射的に声を上げた。
「そーゆーところがだ! 今時『ムッキー』なんて言う女がいるか!」
言ってから、彼もまた、ポロっと本音を漏らしてしまう。
「まったく……黙ってりゃ結構かわいいってのによ」
その言葉を聞き逃さなかった美紀の目が輝いた。
「えっ、私、かわいいって?」
しまった……という顔の山本。伊藤は口を滑らしたのが自分では無くてほっとしている。もちろん彼も美紀の事は見た目はかわいいと思っていたのだから。一歩間違えば、伊藤が山本の立場にいたかもしれないのだ。
「わ~い、私、かわいいって~♪」
ご機嫌な顔で言うと、美紀は脳天気に鼻歌を歌いだした。彼女は大事な一言を忘れている様だ。『黙っていれば』という事を。まあ、歌の内容はどうあれ、機嫌良く歌っている美紀は、紛れもない美少女だった。そんな彼女を見て、あらためて「残念だ……」と思う山本と伊藤だった。そんな二人の視線に気付いた美紀は鼻歌を止め、真顔になって言い切った。
「おふたりさん、私に惚れたら怪我するよ」
その言葉を聞いた山本と伊藤は声を揃えて呟いた。
「……やっぱり残念だ」
三人のそんなやりとりに、ハーデスと望美は硬直から開放されて笑い出した。まあ山本の失言は無駄では無かったというわけだ。
それからは、以前の様に笑って話が出来る様になったハーデスと望美……に見えたが、望美の目が完全には笑っていなかった。それに気付いたのは唯一人、山本だけだった。
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