第2話 女の子が作ってくれる弁当はプライスレス
入学式から一ヶ月も経つと、それなりにグループというものが出来てくるもので、いくら共学とは言えやはり男子は男子、女子は女子で集まるのが世の中というものである。ハーデスもいつの間にか山本を始めとする男子数名で行動する様になっていた。
もちろんハーデスが古戸と名乗って人間の高校に入ったのは青春を謳歌する事。それにはやはり女子の存在は欠かせない。もちろんそれは逆も真なりで、女子からしても男子というのは気になるもの。しかも古戸君という美男子(もっとも中身はハーデスというおっさん、いや、神なのだが、そんな事は女子は知る由も無い)が居るのだ。意識するなという方が無理な話だろう。
そんなある日のこと。いつもの様に午前の授業が終わり、昼休みに山本達が弁当を広げる中、一人だけパンを齧るハーデスの傍らに二人の女子が近付いてきた。
「古戸君って、いっつもパン食べてるよね」
まず口を開いたのはショートカットの元気っ娘、美紀だった。それにしても言いにくい事をはっきり言う女子もいたものである。もし、家庭の事情とかで弁当を持って来れないとかで相手が傷付いたらどうするつもりなのか? ハーデスは美紀の方を向くと、憂いを含んだ笑顔で答えた。
「ボク、今、一人暮らしなんだ。父が海外勤務になっちゃって、母も付いて行っちゃったから」
不動産屋でも使った設定がここでも役に立った。
「ふーん、そうなんだー。でも、パンだけじゃあ身体に良くないわよ」
言ってる事はもっともだが、余計なお世話である。一人暮らしのハーデスに、自分で弁当を作れとでも言いたいのだろうか?
すると、もうひとりの女子が予想外の事を言い出した。
「良かったら、私が古戸君の分も作ってきてあげようか?」
ハーデスは耳を疑った。女子が自分の弁当を作ってくれるというのだ。女子が男子に弁当を作るなど、彼氏彼女の間柄でないとありえない事ではなかろうか? その申し出に箸が止まる山本達。
「いいの? でも、どうしてボクなんかに?」
ハーデスがバカな事を質問した。女性慣れしていない彼は女心というモノがわからないのか? いや、いくらなんでもそれぐらいはわかるだろう。実はハーデスは期待していたのだった。「私、古戸君のことが……」というセリフを。しかし、現実はそう甘くは無かった。
「私の家、お母さんも働いてるからお弁当、自分で作ってるんだ。ひとつ作るのもふたつ作るのも手間はそんなに変わらないから」
まあ、女子が弁当を作ってくれるというだけでも十分甘いと思うのだが、期待を裏切られたハーデスにとってはショックな言葉だった。そこに追い打ちをかける様に彼女は言った。
「あ、材料代は頂戴ね。気持ちだけでいいから」
「金取るのかよ!」と山本が突っ込むが、たまにならともかく毎日のことである。しかも彼女の家は共働きだと言うのだから材料代ぐらいは出さないと悪いだろう。いや、材料代だけで女子の手作り弁当にありつけるというのだ。ハーデスは喜んでその条件を呑む事にした。
好き嫌いはあるかと聞かれたハーデスがこれといって無い事を告げると、彼女は天使の様な笑顔を見せて言った。
「じゃあ、明日からね」
「良いなぁ~~~、古戸……」
女子二人が去った後、心底羨ましそうな声の山本がハーデスを見つめる。無理も無い。この弁当を作ってくれるという女子、名前は望美と言い、黒髪ロングの中々の美少女、いや、結構な美少女なのだ。
「そりゃ、古戸は顔が良いからな。美男美女の取り合わせ、必然っちゃ必然だな」
一緒にいた伊藤が箸を再始動させながらあっさりと言い放った。
確かに古戸は整った顔立ちをしている。それはそうだ。ハーデスがそういう風に変身したのだから。しかし、顔が良いだけの理由で女子が弁当を作ってくれるものだろうか?
もちろん答えはNOである……多分。ハーデスは入学して以来、振る舞いにも気を使っていた。ちなみに参考にしているのは学園物のライトノベルの主人公、真面目で優しいけど、ちょっと優柔不断なところがあって…… もっともハーデス自身、元来真面目で優しい神なので別に苦では無かった様だが。ともあれ彼の努力が実ったという事だろう。はるばる冥界から来た甲斐があったというものだ。
翌日、ハーデスは朝からそわそわしていた。昼休みが待ち遠しくてしょうがなかった。理由は言うまでもあるまい。普段は優等生的なハーデスが授業中に先生に当てられて、とんちんかんな返答をした時は隣の席の山本が焦ったぐらいであった。休み時間も望美の方をチラ見したりしたが、彼女はそれに気付いていないのか、はたまた気付いていてもあえて素知らぬフリをしているのかハーデスの方を見る事も無く、美紀と喋ってばかりだった。
そして、待ちに待った昼休み。
「古戸君、はい、お弁当」
望美がハーデスに手渡したのはかわいらしいナフキンに包まれた弁当箱。
「男の子にお弁当作ったの初めてだから、量とか大丈夫かな?」
望美の一言でハーデスのテンションは一気にヒートアップ。ある意味ハーデスは望美の初めての男子となったのだから。
「あ、ありがとう。早速いただくよ」
「うん、どうぞ召し上がれ」
今日も望美の天使の様な笑顔は変わらない。恥ずかしいのだろうか、ハーデスが弁当の包みを開ける前に望美は自分の席に戻って行った。すると、その機を伺っていた様に山本と伊藤が寄ってきた。二人の目は弁当箱に注がれている。
「どうしたんだよ、早く開けろよ」
「俺達にも見せてくれよ。女子の手作り弁当ってヤツをよ」
おそらく彼等にとって女子の手作り弁当は都市伝説レベルの珍しいモノなのだろう。ハーデスが弁当箱を開けると、そこは食べ物のワンダーランド。もちろん良い意味でである。
メインのおかずはハンバーグ、付け合せにポテトフライとアスパラベーコン。玉子焼の黄色とブロッコリーの緑、プチトマトの赤が彩を添えている。おまけにご飯は丁寧にも海苔を巻いたおにぎりだった。
「うっわー、すっげー」
「こんなん見るの、ガキの頃の遠足以来だぜ」
想像以上に手のかかった弁当に、感嘆の声を上げる山本と伊藤。
「本当に美味しそうだね。島本さん、凄いなぁ」
素直な感想と共に箸を取るハーデス。ちなみに島本というのは望美の苗字である。女性慣れしていないハーデスは、同級生の女子を苗字で、しかも『さん付け』でしか呼べなかったのだ。
ハンバーグを一口食べる。
「美味しい!」
思わず望美の方を見るハーデス。さすがに気になっていたのか、望美もハーデスを横目で見ていたので、目が会ってしまう。ハーデスがにっこりと微笑むと望美は目線を自分の弁当に移し、黙々と食べ始めた。微かに頬が赤くなっているのは気のせいだろうか?
「良かったね、望美。古戸君、美味しそうに食べてるよ」
美紀が小声で望美に囁いた。「そう?良かった」と、平然を装いながらも足元にウィンナーを転がしてしまった望美だった。
食べ終わったハーデスは、少し考えた。
「お金、いくらぐらい払えば良いんだろう……?」
気持ちだけとか材料代とか言われても全く見当が付かない。山本に聞いてみても「ホカ弁のハンバーグ弁当だと四~五百円ってトコだが……」と頼り無い返事しか返って来ない。
悩んでいても仕方が無いので望美に聞いてみる事にしたが、望美の答えは変わらない。
「気持ちだけで良いよ」
正直、はっきり金額を言ってくれた方が助かるのだが。すっかり困ってしまったハーデスに救いの声が。
「古戸君、パン買ってたじゃない、いくらぐらいだったの?」
声の主は美紀。ハーデスはいつも三つパンを買っていたので四百円ぐらいだと答えると
「じゃあ、四百円で良いんじゃない?」
美紀は具体的な金額を提示してくれた。
一気に気が楽になったハーデスは財布から百円玉を四つ取り出すと望美に手渡そうとしたが、望美は少し困った顔で言った。
「ありがとう。でも、四百円はちょっと多すぎるかな」
そんな事は無い。さっき山本が「ホカ弁のハンバーグ弁当なら四~五百円だ」と言ったが、望美の作った弁当はホカ弁のそれよりも遥かに豪華だった。
「そんな事無いよ。パン買うのと同じ値段でこんな美味しいお弁当が食べれたんだから」
ハーデスが言うと、美紀も口を揃えて言う。
「そうよ、もらっときなさいよ。望美のお弁当にはそれだけの価値があるに決まってるんだから」
「そう言ってもらえると嬉しいな」
望美はまた天使の様に微笑むと、ハーデスから四百円を受け取った。
「また明日もよろしくね」
「うん。でも、あんまり期待し過ぎないでね」
ハーデスの言葉に苦笑いしながら応える望美。今日の弁当は、初日だという事で張り切りすぎたのだろうか?それとも手放しで褒められてハードルが上がってしまったのか?
ともかく望美はこれからもハーデスの為に弁当を作る事になるのだが、これが後々このクラスに大きな影響を与える事になるとは彼女は考えもしなかった。
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