第9話 7月26日。事業所のこと3

 家族が試している亜鉛のサプリメントが身体に合っているのか、たまたまなのかはわからないが体調が安定する。精力が付くということなのだろうか。あまり薬漬けの生活習慣は避けたいが。


 さて、事業所について続き。


 行政に対しては「就労支援B型作業所」とカテゴライズされているので、ただ障害を持っている人が創作アトリエやデイケア施設のように過ごすのではなく、軽作業的な時間も度々設けている。


 それも、例えばメンバーの誰かがデザインした絵を元にレターセットや缶バッジ、マスキングテープなど比較的作りやすいグッズを協力して組み立てる作業などだ。今後、多様化したり発展していくだろう。


 事業所にはメンバーが会費を納めるだけではなく、一ヶ月ごとに出席日数に応じた工賃を月の最終週にメンバーへと還元している。


 とは言っても工賃はそれほどの金額ではなく、仮に平日週五日×四週出席したとしてもせいぜい月会費と同じか、足りない程度。故に工賃のみでは実質的な収入は無い。お金は出ていくだけだ。


 されど。


 されど、先にも述べた多彩な創作活動のプログラム(ジャンルを問わず音楽でも絵画でも造形でも哲学的恣意の談話でも)を教わることが出来ることに加え、メンバーが望むなら自由時間に……大体夕方頃が刻限だが……クリエイターが重用しているパソコンのソフトによるデジタルな創作活動も自主的に出来ることを鑑みれば、月会費はむしろ金額相応どころか、大きなお釣りが来るほど安い。(ややデリケートな話なので金額は伏せるが)


 生活環境や障害の程度にもよるが、事業所をどう活用するか……全てはメンバーの意思次第だ。


 もちろん事業所に関わる人は皆、ただビジネスライクな付き合い方でなく、アットホームで親身に接してくれる。


 その上で、メンバーの個性に合わせて時には激励し、時には叱る。


 僕の母は元小学校教諭だが、『この事業所の教育力は、かなり高い』とのことだ。僕自身もそう思う。


 事実、少しずつではあるが、メンバー一人一人が、主に精神的にそれぞれ成長が見られる。


 今年度から加わった若きメンバーは、当初ガチガチに緊張して結果を出すことにこだわっていたが、今はいつも明るく冗談を言ってくれるムードメーカー的な立場にまで成長した。


 代表の方もメンバーの保護者に向けて「人は常に、生涯をかけて成長するものです。その人自身の成長への意思があれば……我々も含めて一生教育。一生勉強。一生成長です」と言ったそうだ。


 そう。つまりシステマティックな、社会での仕事をする能力よりもまず、精神的な安心感や自信、人とのコミュニケーションを充分に得てから……社会復帰を目指そう、と言うのだ。


 また、ただ創作アトリエ的なことだけではなく、メンバーの創る作品の中で光るものがあれば、積極的に商品化、仕事創出へのベクトルも取っている。


 もっとも、商品化、仕事創出はごく最近になってから力を入れ始めたことらしいが。


 また、ただただ作業ばかりするのではなく、周囲の人と積極的にコミュニケーションを取ることを推奨されている。会話はもちろん、共同作業や飲食、スキンシップなど。


 プログラムの中には創作活動そのものと言うよりは、創作に対する物事の考え方から始まり、『良く生きる』とはどういうことか、『真理とはどういうものか』といった哲学的恣意のディスカッションをするものもある。


 単なる趣味の雑談で終わってしまったり、愚痴や弱音で終わってしまうこともあるが、思わぬ精神的な理が解るきっかけになることもある。


 また、そのプログラム担当の先生は事業所の事業内容のプランナー的な立場でもあるので、僕たちの創作活動の方向性のアドバイザーにもなってくれている。本人が言うには「本来の意味での大学の授業のような時間にしたい」そうだ。


 「本来の意味」と言うのは、単に技術や知識を習得することではなく。


 「気楽な話から世の中の概念を解き明かし」たり「楽しく、明るく生きるにはどうしたらよいのか」といった、実務というよりは精神性に重きを置いたディスカッション及びフィールドワークのこと、である。


 ――――支離滅裂かもしれないが、僕が通う事業所というのは、大体こんな感じだ。


 福祉事業施設でもあり、創作アトリエでもある。


 少なくとも僕にとっては善意の輪で成り立つ、非常に優しく、ありがたい居場所だ。


 今後、僕自身が仕事を得られるかどうかは、わからない。


 わからないが、せめてこの事業所での過ごし方を大事にしたい。


 仕事が得られなくとも、せめて自立し、この事業所に恩返しをしたいものだ。

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