交換する〝島〟(3)
「ははははは!」
その
煤や擦り傷にまみれている顔が、心底おかしそうにゆがむ。
ヘレネーはそれを、頬を膨らませて見つめている。
「はははははは……あー、いや……わらっちゃってごめんねぇ、おねーさん」
ひとしきり腹を抱えて笑うと、その人物──少年は、目じりの涙をぬぐいながら、ヘレネーへと謝って見せた。
ただし、表情は変わらないままだった。
「でもそりゃあ、先に上の〝島〟に行ったおねーさんが悪いよ。順番通りここから巡ってくれれば、なんにも問題なかったろうに」
もっとも、そのおかげで笑い話が聴けたのだからと、少年はヘレネーへとコップを差し出す。
そこにはなみなみと、簡易蒸留水が注がれていた。
「おいしいよ、少なくとも〝中島〟の酒よりは」
「……でしょうね」
コップを受け取り、美しい女は渋面で水をあおった。
どこで含有されたのか、サッカロースとクエン酸の味がする。
その飲みっぷりにうんうんとうなずくと、少年は種明かしのように語り始める。
「〝上島〟は〝中島〟に、労働力としてオートマトンを渡す。〝中島〟は〝上島〟に、対価として採掘したオートマトンの材料を渡すよね? 〝上島〟には技術力があって、〝中島〟には資材がある。これで、本来なら完結してるよね?」
「そうね、社会の仕組みとしては完結しているわ。でも──人間としてはそうじゃない」
『SI──どういうことでしょうか』
カンファエットの疑問に、今度は答えがあった。
ヘレネーが、天を仰ぎながら応じる。
「男だけの生物なんて、滅びるってことよ」
少年が、大きくうなずいた。
中島の男、そして上島の男を幼くしたような容貌の少年が。
「この3つのエメトは
「それは女が生まれないことだよ、おねーさん」
少年の言葉に、カンファエットが一瞬沈黙し、やがて『SI……』となんとも言えない返答をする。
ヘレネーが厭そうに続ける。
「女が生まれなくなったセクタで、生き延びるために男たちがなにをしたか。じつに簡単で安易な行動だわ。クローンを作ったのよ、セクタと同じようにね。そのクローンの母体となったのが、オートマトンだった。すべての労働用オートマトンのなかに、男性の細胞から作られた変異性卵子が封入されている」
『SI──可能ですか、男性の細胞から卵子を作ることが』
「あたしが人間だったころには可能だったわよ……で、そのオートマトンを、〝中島〟の人間が性処理に用いる。はい、これでマグワーイね」
彼女の表現に、少年は再び腹を抱えて笑い始めた。
それに反比例するように、ヘレネーの表情は落ち込んでいく。
「で、〝中島〟の人間はそれを〝下島〟に捨てるわけ、なにも知らずにね。そして〝
「そう、なんかの資格があるっていうやつだけ、物心つく前に〝上島〟に収穫されるんだ。ここは本来の外との窓口だからね、関門と言い換えてもいいけど……だから、ぼくらだけはおねーさんが女性という性別であることを知っている」
「〝中島〟から廃棄された汚染物に耐えられる肉体と遺伝子、そりゃあ門番にはもってこいだし、種としては貴重でしょうね……まあ、〝上島〟が一番欲しいのは、それではないのでしょう?」
ヘレネーがそう尋ねると、少年はにっこりと笑った。
そうして、腰のポケットからなにかを取り出して見せる。
それは、まばゆい輝きを放つ金属質のインゴットだった。
「〝中島〟のごみを精製すると、こんなのがとれる。これがないと、〝上島〟の人たちがすごく困るんだってさ」
おねーさん、いまなら安くしとくよと少年は言って、そうしてまた大笑いを始めた。
「……箸が転がっても面白い年頃、よね」
ポツリとヘレネーはつぶやき、そうして思う。
〝上島〟の住人や、〝中島〟の住人と遺伝的に同じ、〝下島〟の少年たちが、そのインゴットの正体を知らないという悲劇について。
つまり、彼らは長生きしないのだ。
だからここには、少年たちしかいない。
〝中島〟より過酷な環境で、〝上島〟より自由な最下層。
彼女は見る。
自分がデザインしそこない、同僚たちに書き換えられた欠陥品の人類たちを。
「カンファエット、心地よいに対する情報を追加」
『SI──』
ゲラゲラと笑い転げる少年を横目に、美しいだけの女は寂しげな笑みとともに、こうつぶやいたのだった。
「いまのあたしの気分と、正反対よ……」
肉体の檻へと幽閉された情報知性体ヘレネー。
そして、彼女が自らのバックアップのひとつとしてデザインした人工知能カンファエット。
彼女たちが、月種の掲げる現生人類効率化計画に反旗を翻し、そして成長したカンファエットの裏切りで別離するのは、このはるか未来の出来事である。
いまはまだ、ヘレネーはバカンス気分に過ぎず。
そしてカンファエットも……ヘレネーを創造主以上の感情で、見ることはないのだった。
辿り着く場所が決まっている彼女たちの旅は。
まだ、始まったばかりだった。
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