交換する〝島〟(2)

「〝上島〟は〝中島〟より生活を豊かにするための資材を得ます。代わりにオートマトンと情報流体を与えます。なぜなら、オートマトンも情報流体も害悪だからです」


 上層の〝島〟に辿り着いたヘレネーたちは、巨大な門の前で待たされていた。

 雨が降り出したころ、神経質そうなメガネの男がやってきて、ヘレネーたちに入島の許可を出した。

 上門からセクタの中央までは、空白地帯になっており、そこには大量のオートマトンがひしめいている。

 エメトが自動的に生産しているのだと、ヘレネーは気が付いたが、口には出さなかった。

 移動には単路線軌道車両モノレールが使われた。

 その車中で、ヘレネーに質問されたメガネの男は、いやそうに答えたのだった。


「これはこの〝島〟の恥であり、機密です。口外はご遠慮ねがいましょうか」

「オッケー、了承だわ。口止め料になにをくれるのかしら?」

「乞われたから教えるのです。それが報酬では?」


 正論だなとヘレネーは頷いた。

 トライクに積まれたままのカンファエットは、ただ記録を続けている。

 メガネの男性はため息をつき、続けた。


「我々には、確固として信じるものがあります」

「へー、神様?」

「そんな低俗なものではありません。信念です。信条です。戒律です。教えです」

「それは、ちなみに?」

「正しき鋼の意志を持つ……ということです」


 男性の言葉に、ヘレネーは小首をかしげた。

 その長い黒髪が、サラサラと砂のように零れ落ちる。

 男性は顔を真っ赤にして、勢いよく顔をそむけた。

 にんまりと、ヘレネーが笑う。


「おんなのひと、好き?」

「……? 言っている意味が理解できませんが……」

「そう……じゃあ鋼の意志っていうのは、ナニモノにも揺るがないってことなのかしら?」

「そのとおりです。けっして揺るがないのです、われわれは。だから、このように」


 言って、顔を戻した男性は、その胸元をひらいた。

 そこには、金属で出来た球体が、深く、深く埋め込まれていた。


「このとおり、手に入れた希少金属で鋼の心を作るのです。これにより、機械のごとく正確で、強靭かつ長い寿命を得ることができます。幼い日を過ぎれば、たちどころに止まってしまうはずの心臓は、こうして鼓動を刻み続けることができるのです。ただ……いえ、ゆえにというべきでしょう。だからこそ我々は、オートマトンを憎むのです。産まれながら、神樹木から出でた瞬間より、金属の芯鉄を持つオートマトンに嫉妬するのです。だから」

「だから?」


 ヘレネーは、やさしく微笑んでみせた。


「私が持ち込んだこいつも、気に食わない……?」


 そういって彼女は、おとなしくしている人工知能であるカンファエットを指し示した。

 しかし、男性は肩をすくめ、


「いえ、私たちが憎むのは、だけなので」


 そう言った。

 ヘレネーはきょとんと眼を丸くして、それから「ああ!」と声をあげ、手を打って見せた。現状のカンファエットに、性別はない。ないが、その外見は女性そのものだ。辿

 得心いった様子のヘレネーを前にして、メガネの男性は、言葉を続けた。


「鋼の精神を得ることには、ほかにも理由があります。簡単に言えば、神樹木でも制御しきれない病に侵されないためです」

「慧可珪素症候群?」

「あれは福音です。我々はその到来を真に望みます。恐れるのは、駄肉のまま死んでいくこと。つまり、遺伝病です」

は、先天的に死に向かう疾患を抱えているということね」

「はい。我々は短命なのです。遺伝子、わかりますか? 身体を作る設計図です。肉体を維持するには、次から次に壊れた部分を作り直さなくてはいけません。設計図は沢山必要なのです。だから、複製しなければなりません。その複製が、うまくいかないのが我々なのです。そして、その治療のためには、中層の〝島〟と下層の〝島〟が必要なのです」

「中層で掘り出した金属はなに使うの?」

「オートマトンの材料になります」

「憎んでいるのに?」

「憎んでいることと、必要なことは違います」

『SI──それはどういうことでしょう?』


 カンファエットが、口をはさんだ時だった。

 軋み上げるような音を立てて、モノレールが停車した。

 目的地に、辿り着いたのである。


「さあ、雑談はここまでです。到着しましたよ。ここが、誇るべき我々の〝島〟です!」


 そうして、ヘレネーとカンファエットは目撃した。

 中央にそびえるエメトから量産されるオートマトン。

 整備された美しい街並み。

 そして──


「なるほどねぇ……」


 美しい女は、数式のミスでも見つけたような表情でため息をついた。

 金属で心臓を包んだ無数の男たちが、彼女を見つめ、陶然と頬を染めていた。

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