第5話 襲撃

その頃、

魔族の国オルゴスタンとメルケルツ王国の国境にある砦では、兵士が二人見張りについていた。


「はい、俺の勝ちな。」


「ちっ、また負けた…。もう一回だ!」


「いいけど、負けたら今晩酒場で酒おごる約束忘れるなよ。」


いや、正確には砦の上の見張り台で外を見ることもなく賭け事にいそしんでいた。

オルゴスタンとの同盟交渉が進んでいる今、魔族が攻めてくる理由などない。だから、見張っていても何も起きないから面白くないし退屈だから賭け事でもしないとやっていられない。ここに勤める兵士達はそう考えていた。


「おい、おまえらその辺にしとけよ。今下に侯爵様が来ているんだからな。」


様子を見に来た上官が軽く注意をする。だが、この上官もまた、彼らと同じように敵が来ないのをいいことに昼から酒を飲んだりしていることを、部下は全員知っていた。つまり、今のは万一侯爵から何か言われたときの逃げ道作りというわけだ。それもわかっているからこそ、二人の兵士は笑う。


「しかし、侯爵様もわざわざこんな辺境の地にご苦労なことだよな。」


ふと、一人の兵士がそうこぼした。それに賛同するように横の兵士もうなずきながら


「そうそう、魔族なんてめったにここに来ないのに。」

という。

この二人はまだ兵士になったばかりの若手で、魔族に遭遇したこともなく、もはや500年前の魔族との戦争は夜子供に語って聞かせるおとぎ話に過ぎないと思っていた。


 だから、二人が異変に気づいたのはそれがかなり接近してからのことだった。


 バサッ


 突然響いた翼の音に兵士が訝しげに手にもった賭け事のカードから視線をあげると、そこには黒いドラゴンがいた。その首にはオルゴスタンの国旗の色と同じ黒地に赤い線の入った模様の首輪。あれ、今日ってオルゴスタンから使者かなにかが来る日だったのか?兵士は隣の同僚に聞こうとした、が、それが言葉になることはなかった。


 一瞬血のように赤黒い魔方陣が彼らのすぐ近くに浮かび上がりそして、


 ドォーン!!


砦は業火に包まれた。さらに止めをさすようにドラゴンは上空から砦めがけて火をはく。


「ふふ…」


それを上空で眺めながら、魔法を放った張本人は微笑んでいた。彼はぐるっと辺りを見回し、自分以外動くものがいないのを確かめると、


「あはは、やったー!一番乗りだ!」

乗ってきた黒いドラゴンの上に立ち両手を上にあげ嬉しそうに笑いながらくるくる回り始めた。短い赤紫色の髪がふわりと跳ねる。一通り回り終えた後、ふと思い出したようにドラゴンを撫でながら、


「よくやったよー、プラーミャ。お前が頑張ってくれたお陰で一番だよ!これはあれかな?魔王様に誉められるかな?」


満面の笑みで労った。ドラゴンも嬉しそうにグルルと喉をならし翼をばさりとはためかせる。その動きで生まれた風がさらに眼下の炎を煽る。それをうっとりとした目で眺めながら、すっと空に手を伸ばし、


「新、魔王の副官、業火のカサルガとは僕のことだ!ふふ、あはは、あははははっ!」


と叫んだ。燃え盛る砦に不気味な笑い声が響き渡った。

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