第3話 流れ着いた先は
谷に落ち、激流の中を流されどれくらいたっただろうか。話し声がした気がして俺は目を開けた。抜けるような青い空が見える。そのまま視線を動かし周りを見回すと鋤や鍬なんかを手に持った日に焼けた人々が俺を取り囲んでいた。服は水で濡れている。どうやらあれから川に運ばれここへ流れ着いたらしい。流されている間に岩にでもぶつけたのか後頭部が痛い。俺は頭をさすりながら、今までのことを思い出し、ガバッと飛び起きた。
人々は俺が起き上がったことに驚いたのかざわざわと何か囁きあう。だが、何をいっているかわからない。少なくともメルケルツではないようだ、言葉が違う。全く何を話しているかわからない。ただ、雰囲気から明らかに敵意を持たれているのはわかる。その敵意のどれもが、俺の左目、赤く染まった魔族の瞳に注がれていた。厄介なことになったな。俺は一人ため息をはく。
さて、ここからどうしたものか周りを見回していると、一番俺の近くにいたよく日に焼けたおっさんが俺の胸ぐらを掴んで何か話しかけてきた。だが、やっぱり何を話しているのか全くわからない。どうしたものかと考え、俺はとりあえず自分は村人に害を与えるつもりはないことと、ここに至った経緯を説明しようと、ダメもとで、唯一わかるメルケルツ王国の言葉で説明をしてみた。しかし、やはりこちらの言葉も相手には通じなかったらしい。しばらくしておっさんは俺の話を手で遮ると何やらバカにしたような笑いを浮かべ、大声で何かのたまった。ついで、周りからも同じくバカにしたような笑い声が上がる。あぁ、くそ、言葉が通じないと本当に面倒だ。時間が惜しいのに。そう思いながら、自分から注意が離れた隙をうかがい簡単な治癒魔法を使おうとしてみた。
「プスッ…」
どうやら本当に魔力が切れてしまっているようだ。全く発動しない。これでは、回復するまで本当になにもできない。魔族の国からメルケルツ王国までは魔族の足で約3日。とにかくできるだけ早く何かしらの対策を練らなければ、そのためにも、自分の現在地を早く知らなければ。だが、事態は好転せず気だけが急く。
「あぁ、もうだから、メルケルツに行かなきゃ行けないんだって!」
ついにこらえきれず、やけになって俺は叫んだ。そのとたん俺を囲む人々はさっと青ざめ武器がわりの鋤や鍬を構える。それから、じろりとこちらを睨み、手にもった農具で殴りかかってきた。当たり前か。言葉が通じない相手からしたら突然叫んだ俺は、怒って暴れようとしているように見えるわな。他人事のような思いがふっと沸き上がる。だが、そんな思いをうち壊すように眼前に鍬が延びてきた。地面をゴロゴロ転がりその攻撃を避ける。さて、どうするか。さすがにずっと攻撃を避け続けるのは無理だし、逃げようにも何重もの人垣でしっかり囲まれていて逃げられそうもない。魔力もないから飛んで逃げる何て芸当もできない。しかも応戦しようにも、立ち上がる隙もないからどうにもできない。ただただ、逃げ惑うしか手がない。
そうこうしているうちに、鋤が頬を掠めた。痛いって。とっさに顔に手をやった。その期を逃すまいというかのようにさらに攻撃が激しくなる。まずい、さすがにこれを全部避けるのは無理だ。俺が一人焦り始めたその時、
風が吹いた。
人垣の奥で白いスカートが揺れる。その主は一歩一歩ある意味暴徒とかした村人の間を縫いながら最前列に出てきて
「その話…本当?」
泣きそうな顔で、そう呟いた。スカートと同じ白い髪が風に揺れる。だが、答えようにも増していく攻撃に答える暇がない。すると、少女はしばらくこちらを見、ふっと息をはき、片手をあげると唐突に詠唱を始めた。
「水の精霊よ、ここに来たりて力を押し流せ…」
詠唱に呼応するように、少女の足元に魔方陣が浮かび上がる。それと同時に少女は叫んだ。
「イノダシオン!!」
一瞬まばゆい青い閃光が世界を染めた。咄嗟に目を閉じる。ついで、カランカランという何かが落ちる音。光が弱まったのを感じ恐る恐る目を開くと、俺を囲んでいた村人たちが呆然として武器を取り落とし、崩れ落ちていた。人垣もいつしか少し遠巻きになっている。その真ん中で詠唱を始めた時と変わらない姿で少女は立ち続けていた。
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