第2話 決裂

 メルケルツ王国を潰せば周りの国が黙っているはずがない。友好的な関係を築こうと歩み寄ってきてくれたメルケルツ王国を滅ぼせば、戦って残りの国をねじ伏せ続けるしか俺達には道がなくなる。が、


「人間の王国との関係なんぞ知るか!それに魔族は強いのだ!こちらが負けることなどあり得ない!」


無謀なことを魔族は強いという根拠のない理由で一蹴しやがった。魔族再興を思って少し過保護なほどに支えてきたが、少しは任せるべきだった、と俺は後悔した。自分が今まで甘やかし、書類仕事や面倒なものを一手に引き受けてきた結果がこれ、世間知らずな魔王の出来上がりって訳か。これ以上ないほど笑えない話だ。はぁ、最悪だ。額に手を当てため息をついた俺に向け、


「貴様はもういらん、副官殿。」


魔王はそう告げた。俺はもう一度ため息をはき言った。


「お前みたいなバカのもとなんかこっちが願い下げだよ、魔王殿。お望み通り出ていってやるよ。」


俺はそのまま踵を返す。が、その行く手を物陰から現れた3人の魔王の配下が遮る。


「だが、」


後ろの魔王が言葉を続ける。


「貴様に人間側につかれても面倒だからな。特に…半分人間であるお前ならやりかねんからな…」


そこで言葉を切り、そして空気がビリビリ震えるような大声で魔王は言い放つ。


「ここで消えろぉ!」


それと同時に配下の方から魔法が飛んでくる気配を察知し、咄嗟に防壁をはった。その瞬間赤い火球が防壁に突き刺さり、


パキンッ


さっきの魔王の一撃が効いているせいかさほど強くない配下の攻撃一発で防壁は粉々に割れた。


「くっ。」


後に下がりながら、俺は腕を横にふる。次の瞬間空中に現れたのは藍色に輝く何十という数の、触れたらやけどじゃすまなさそうな火球。


「ま、魔弾…」


配下の一人が顔を青ざめそう呟きながら一歩後に下がる。それを見ながら俺は叫ぶ。


「死にたくないやつは下がってろ!」


かなり魔力が削られているお陰でさすがの得意技の魔弾も威力が落ちている。防御さえすれば死ぬことはないだろう。いくら邪魔されようと同族に手をかけるつもりのない俺はそう考えた、が、


「!?」


次の瞬間右から大きな黒い光の矢が飛んできた。はっと見ると、一人防御せず魔法を放った状態で固まっているやつがいた。なんとかそれをかわし、その勢いに任せ後ろに下がる。そんな俺に背後から声がかかった。


「おおっと、わしのことを忘れていたか?」


体を捻って見やると魔王が2メートル近くあるような大剣を手に立っていた。俺の魔弾が攻撃してきた配下に降り注ぐのと魔王の黒い剣が俺を切り裂こうと迫るのはほぼ同時だった。かわしきれず、切られて血が舞ったが俺はそれに見向きもせず、ほぼ同時に魔法を魔王に向けて投げつける。


「ふんっ。」


魔王はその瞬間、軽くニヤリと笑った。それと同時に黒い煙が俺めがけて駆け抜け、通りすぎていった。が、何が起きたか確認する間もなくまた配下のほうから魔法が飛んでくる。


前には魔王に忠実な配下、後ろには神代の武器を装備した魔王。さすがの俺も両方相手にするのはきつい。こうなったら、そう思い俺は配下の攻撃で生まれた風を使って一気に壁際に移動し、そこにあった割れかけた窓をぶち破って、


―飛び降りた―


眼下に広がるのは、白く染まった森に黒くまっすぐ走った奈落へと続く深い深い渓谷。もちろん、そんなとこに墜落してやるつもりはない。手を伸ばし魔法を発動する。よし、これで足場ができれば…


「プスっ」


伸ばした手の先から妙な音が聞こえた。


「あ?」


魔法は発動しなかった。さっきの戦いで無理をしすぎたのか、いや、あの魔王の装備に吸いとられたか?いやそんなことを考えている場合ではなく、


「うわぁぁぁぁ!!?」


何も手を講じられないまま俺はまっ逆さまに深い谷底へと落ちていく。周りを景色が風切り音をたてながらすごい早さで流れていく。やがてそれは谷の絶壁に遮られる。地上の光が遠ざかる。やがてそれが一筋の線にしか見えなくなった頃、


ザバンッ


身を切るような冷たい水に体が沈んだ。なんとか水面に顔を出そうともがいたが、残念ながら俺は泳げない。いやそれ以前に水の流れが早すぎる。顔をあげる間もないまま急流に流される。息ができなくなってきた。視界が黒く染まっていく。最後の力をふりしぼって伸ばした手は水上に出ることはなくそのまま俺は水の底へと沈んでいった。

 

********************


「いかがいたしましょう。魔王様。」

アルヴィスが谷底へ転落したことを確認した配下のものが魔王へたずねた。


「ほうっておけ。」


そういい、魔王は踵を返し瓦礫の山を踏み分け歩き出す。


「しかし!万一生きていてこちらの妨害をされてはっ」

「ほぼありえん。」


魔王はうるさいというように首をふり配下の言葉を遮った。


「万一生きていたとしても、あの谷が行きつく場所が場所だ。あやつにわしの計画の邪魔はできんよ、絶対にな。」


「さようですか、失礼いたしました。」


配下は慌てたように一礼した。魔王は気にした様子もなく、自室へと一歩歩みだした。その足元で砕けたガラスの破片がぱきっと音をたてた。その音を聞き、忘れていたというように、配下に宮殿の修理を言いつけ魔王は自室に入り扉をばたんと大きな音を立てて閉めた。

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