魔王の副官と白き華

風音

一章 発端

第1話 はじまり

「明日我々はメルケルツ王国に攻撃を仕掛ける。」


長い長い演説の後に呟かれたその言葉がすべての始まり、そして終わりだった。戦乱の世の始まり、そして人間との同盟関係の終わり。それまでの演説を退屈そうに聞いていた階下にいる魔族からどよめきと歓声があがる。それを真横で聞いた俺は俺が書いた演説文とは違うことを言い始めた隣の魔王の顔を唖然として見上げる。メルケルツ王国は人間の国の中でも一番大きく軍事力も持った国だ。いきなりそこに突撃かまそうとか何をとちくるったんだこの人は。が、それは逆らいがたい一言で遮られる。


「何か異論は、アルヴィス副官?」


普段は気心知れたもの同士呼び捨てで呼ぶくせにそいつは今日はわざわざ役職名付きで俺を呼んだ。顔を見る。己の立場わかっているなと言わんばかりにじろりとこちらを見る赤い目とかち合った。しかもその手はしっかり腰の剣に添えられている。ちっと胸中で舌打ちをしながら俺は返す。


「いいえ、魔王様。特に何も。」


「では明朝、メルケルツ王国に攻撃をしかける!各自準備せよ!」


魔王がハリのある声で告げる。一つ下の広場からこちらを眺めていた何百という魔族の鬨の声があがる。それは、波のように広がって立ち上がり、机、そして窓をガタガタ揺らした。それを見やり魔王は椅子から立ち上がり鼓舞するように片手を上げる。それを見、さらに大きな歓声があがる。


それからしばらくして、魔王はゆっくりと背を向け奥の執務室へと続く石造りの長い廊下へ足を進めた。俺も慌ててその後を追いかける。配下の魔族から見えない位置に来て俺は先を行く魔王に声をかけた。


「どういうつもりだ。メルケルツ王国なんぞに戦争吹っ掛けるなんて。」


相手は海を渡った遥か向こうの工業大国、コンベルクとの取引もある国だ。こっちではなかなか手に入れられない最新鋭の武器を装備させた兵士を何人も持っている。いくら破壊力の強い魔法が使える魔族とはいえまともにやりあって勝てるかどうかは微妙だ。しかもメルケルツ王国とはどちらかと言うと仲良くしていた方で吹っ掛ける理由も特にない。そんな相手にいったいなぜ…


「全ては魔族の地位を上げるためだ。」


返ってきた言葉は理解できないものだった。


「いやいや、それなら戦争以外にも方法あるだろ!まさかあんた、前の大戦の悲劇忘れたのかよ!?」


今から500年ほど前、先代の魔王が同じことを言い人間に戦争を仕掛けたことがあった。結果は惨敗。先代の魔王は勇者と名乗る者に殺されあわや魔族絶滅の危機に陥った。それを止めた1人が先代の魔王の子供、つまり今俺の目の前にいるこの人だ。


「前の大戦のことはよく覚えている。」


魔王が重々しい口調で言う。


「じゃあ、なんだ。先代魔王の敵討ちでもする気か?」


まさに滅びるかどうかの瀬戸際だったあの場にいて、そしてああなった原因をその目で見ていて、なぜ今回のような暴挙に出たのかが全くわからない。それこそ復讐なんかじゃない限り。だが、その考えは、


「まさか。」


という魔王の一言で打ち消された。その顔には苛立ちが浮かんでいる。俺が話を全く理解できてないことに対する苛立ちか。


「じゃあ何でだ、わかるように教えろよ。」


そういい、一歩距離をつめた瞬間だった。ミシッ…魔王の足下の床が割れる音が響いた。俺はとっさに足元に、魔法で氷をはる。音はどんどん大きくなりやがてバキバキと音をたてながら魔王から10メートルの範囲の石の床がただの石の破片に姿を変えた。床にはクレバスのような裂け目ができている。とっさに足場を作ってよかった。じゃなかったらこの亀裂の底にまっ逆さまだ。


やがて、石の破片は一塊となり魔王の前に集まった。その魔王はというとなにやらゆらゆら揺れる赤いオーラのようなものを纏い、俺と同じく足場を魔方陣で作りその上に立っていた。その口がゆっくりと開かれる。


「貴様は…いつまで…」


その呟きに呼応するかのように石の破片がドクンと音をたて赤く明滅する。それと同時に魔王が右手にはめた見慣れぬ指輪からとんでもない量の魔力が溢れ出るのを感じた。その手の間からグシャグシャに丸められた、俺が書いた演説の原稿がこぼれ落ちた。


「いつまで…わしのやり方に口を出すのだっっっ!!」


まずい、咄嗟に魔法で防壁を作り前に展開する。それをはり終えるか終えないかのうちに魔王の絶叫と共に石の破片が俺めがけてとんでもない早さで飛んできた。その攻撃ははかのコンベルクからもたらされた銃よりはるかに重く、速い。その石の赤い光を放つ魔力と、俺の防壁の放つ藍色の魔力がぶち当たりバチバチ音をたてた。数秒の後、俺の防壁に亀裂が入る、そのまま押しきられ俺は吹っ飛んだ。咄嗟に落下地点に柔らかい壁を出す。その上にうまく着地したお陰で骨は折れなかったが石の破片が当たったせいであちこち傷だらけだ。


俺は床に倒れたまま魔王を見やり、その右手に光る反則級の力を持った昨日まではめていなかった指輪を見つめる。あれ割ったら正気に戻るか?何てことを考えながら。そんな俺へと魔王は歩を進める。なんとか起き上がって防御しようとしたが一瞬早く魔王が俺の首根っこを掴む。


「貴様の所属は。」


小さい、だが、地の底から響いてくるような低い声が言う。俺が答えないでいると魔王はこちらをギロリと睨みもう一度


「貴様の所属は!?」


と大声で問うた。その衝撃で廊下にある窓ガラスにヒビが入った。


「副官…」


俺はボソリという。それを聞いた魔王は俺のことを壁めがけてぶん投げた。そのまま叩きつけられる。それを見ながら魔王は体を震わせ言葉を続ける。


「その通りだ。確かにお前はあの前の大戦の時、わしを支え、人間との条約締結に力を注いだ。」


ドス、ドス…魔王が歩くたびに床が鳴りヒビが入る。


「あれから500年以上が過ぎた。確かに貴様のお陰で乗りきれたこともあった、だが!!」


ドンッと音をならし魔王が俺の前に立つ。


「正直煩わしい。ここはわしの国だ、なぜわしの好きにしてはならんのだ?なぜ貴様にわしの行動をいちいち説明する必要があるのだ、副官殿?そもそも、なぜ貴様は条約締結に固執する?なぜ未だ魔族を迫害する、人と友好的な関係を保とうとする?それで、魔族の地位が上がると本気で思ってるのか?わしは違う!」


早口に魔王は言った、そして


「わしは違う。迫害されるのなら、そうする相手を潰してしまえばいい」


と言いはなった。

ギリッと俺は悔しさに歯ぎしりをした。そのままなんとか立ち上がり、言う。


「バカ野郎…それで攻めて勝ちゃいいが、今こっちの戦力どれだけ残ってるかわかってるのか?メルケルツ王国がコンベルクから武器を得ていることも。そもそもあの国を潰してしまったらそれこそ後がないことを。」

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