ベルガモの茶会

 一日の始まりを告げだすアラームの電子音。


 電車と自転車を経由してと、僕の家から学校への道のりはかなり長い。当然早起きを強制させられるのだが、この日の朝はいつもより目覚めが心地よい。疲れはすっかりとれている。それどころか疲れ以外にもいろいろなものが体を抜け出して漂っているかのようだ。


 すうっと起き上がって腕を伸ばすと、アラームを止めるボタンに手を伸ばし、さっさとベッドから離れることにした。カーテンから漏れる五月の日の光が優しく、うっかり二度寝をしでかしてしまいそうだったから。今の近衛廉太郎は独り暮らし、眠ったら最後、頼りないスヌーズボタンの他に自分を惰眠から解放してくれる存在がいない。


 普段から両親の帰りが遅かったために、家事をするのはそれほど苦痛でもない。自分であれこれと料理したり、予定を立てて掃除や洗濯に取り組むのはなんだかわくわくさえする。始めは大いに母親に心配されたものだが、一向に寂しくならないこちらの可愛げのなさに呆れてしまったのか、毎晩電話が来ることもなくなった。こうなってくるともはや僕の独壇場。一人暮らしをしているようで自分が途端に社会人になったような優越感に浸れるのだ。まだ学生だけど。


 トーストを頬張りながら僕はカレンダーに書かれた今日の予定を眺めていた。今日から部活動の仮入部期間が終わり、本格的に部活動が始まる。


 時折あの人のことが脳裏に浮かんできて、学校でもつい部活動連絡掲示板のピアノ同好会の文字を目で追っていた。チラシにかかれた『初心者大歓迎!』という可愛いらしいアオリ文句と散りばめられた八分音符やヘ音記号のデザインがいかにもそれらしい。他にも吹奏楽部と軽音楽部があったが、やはり小さなときからショパンやらバッハやらに触れて来た人間にはこちらの畑がいいだろうと決意し、今日という日を待った。


 そういえば音楽系の部活だけでこんなに別れている学校というのも珍しい気がする。もともと部活動の多い学校ではあるが、それでもこれまでの同じ規模の学校を思い返してみても吹奏楽部ともう一つ、ぐらいの学校が多かったはずだ。九条の話では、彼の所属希望でもある軽音楽部もそれなりに部員が充実しているのだとか。




***




 待ちに待った放課後がやって来た。今日は一段と数学の時限が長く感じられた。しかしようやく撃破して、ホームルームが終わった。すぐに教科書をカバンにしまい込んで――カバンを手に取って席を立とうとしたところで動きが止まる。


 意識していなかったが、こんなふうに部活動に入ること自体が僕にとってかなり久しぶりの経験だった。今まで転校続きだったから、当然部活動などに入っていた期間はほとんどない。いつでも僕のネットワークの範囲はこの教室内にとどまる。


(どうしよう)


 突然怖くなる。もしそりが合わなくて、ピアノ同好会でも孤立したら? あいつは珍妙な奴だと後ろ指さされるのでは? 大人しくしている方がいいだろうか、それとも少し無理にでも快活に振る舞うべきだろうか? 予行練習でもしておくべきだったかもしれない。


 動きの止まった僕の姿に見かねたのか、突然肩を叩かれる。振り返ると、数少ない自分の友人の1人が周囲に2,3人の同級生男子を連れて立っていた。こういうタイプの男子はいつもクラスの頂点にいるようなやつで、さわやかで気さくで日の付け所がない。


「よう、今日からだな。どうした、緊張してんの?」

「ちょっぴりね。九条も来てくれたらよかったのに」

「それはできない相談だ。俺、もう自分のギターも買ってもらってやる気満々なんだぜ?」


 僕が九条と呼びかけたそいつは誇らしげに背を向けると担がれていた真っ黒なギターケースをこれ見よがしにアピールした。通販サイトで『初心者セット』と銘打って販売されてそうな、サンバーストでストラトキャスターな九条のギター。本当にああいうの買う人いるんだな、と半分感心、半分冗談気味に思わず笑みをこぼした。その笑みを九条は感心ととらえたらしく、自慢げに「今からでも遅くないぜ。一緒にけいおんやろうぜ!」などと誘ってくる。


「……あ、ああ、いや。ごめん。こっちも譲れないんだ」

「そうか。まあ部活は違っても、同じ音楽部だからな。『華族コンビ』でいつかセッションでもやれたらいいよなあ」

「そのコンビ名やっぱりやめない?」

「いいじゃないの。持て囃されるうちが華だと思うぜ」

「急に老けたよ」

「とにかく、俺は気に入ってるからこれ」


 『華族コンビ』というのは、僕、近衛廉太郎の苗字と九条冬馬の苗字を見た古文の藤原先生がふざけて使うようになった、僕らコンビのことだ。藤原先生によれば近衛と九条という苗字は由緒正しく元は日本の華族だったもののだとかなんだとか。たぶん僕のところは無関係なんだろうけど。それにしてもクラシック音楽を嗜む僕はともかくとして、エレキギターギュイーン系の彼が華族とは、平安時代の九条兼実も驚いていることだろう。彼は兼実の系譜とは無関係だろうけど。


 席が近いだけの存在だった九条冬馬が、僕にとって本当に身近な存在になったのはある意味藤原先生のお陰だし、彼と知り合いになったことでこの教室でも悪い意味で浮かずに済んだのは素直に喜ばしいと思っている。


 九条が教室を出ていくを見送ったあと、いよいよ僕も決心してピアノ同好会のサークルへ向かうことにした。




***




 ピアノ同好会は江津第一高校の中では部員が少ない方だ。毎年勧誘でも廃部の危機がちらつく勢力らしいと勧誘時の先輩もぼやいていた記憶がある。現在は3年生が2人、2年生が2人。ぎりぎり部活動としてのラインを保てているが、2年生のひとりが最近サボり気味らしく、僕が同好会の拠点になってる第2音楽室の重たい防音扉を開いて入ると、ようやく部屋の人数が4人になったという具合だった。


 部屋の奥のひな壇にグランドピアノが二台置かれていて、その傍に3年生をしめす青のリボンを付けた先輩が2人立っていた。フレームの大きな丸眼鏡をかけていて、髪の毛は後ろでみつあみに結んでいる。江津の女子学生のスカートは、それまで引っ越してきたどの土地よりも異様に短いのだが、この人はスカート丈がかなり長い。(別に意識してスカート丈の調査をしていたわけではない)


 もう一人の方は前者と打って変わり黒い短髪でぼさぼさ気味の、勝気溢れた表情の女子学生である。この人と、もう一人の2年生の男子学生は勧誘期間の間もよく見かけていた。彼女は僕の姿を見ると「遅いぞ」とでも言わんばかりの、「ほうら来ただろ」と言わんばかりの表情で、メガネの先輩と僕を交互に見た。


「いやぁ、よく来てくれたね近衛くん、私は信じてたよ!」

「どうもこんにちは。ちょっと教室で捕まってて……」

「今年も廃部は免れそうですね。いつも通りの増えず減らずだったけど」


 明らかに供給をオーバーしている椅子に適当に座り、僕はもうひとりの新入部員の顔を見た。同じクラスではないが、時々廊下ですれ違っていたのを覚えている。あの「陽の目を持つあの人」ほどではないが、やや病的に感じる色白で、整った顔立ちをして、座っている姿勢が綺麗だ。後ろで髪を短く結んでいる。


「ピアノ同好会にようこそ。これからミーティングを始めます。といってもまずは、自己紹介からかなー……この人数だと一人ひとり、いろいろ紹介できそうだね。おだやかくんに自己紹介のお手本を!」


 手をぱちぱちと叩いて、2年生のおだやかくんと呼ばれた先輩が前に出て話す。


「小田谷和人です。皆からはおだやかくん、と。ピアノは結構長い間やっています。連弾も好きですし、ソロではショパンが好きかな。ええと、好きな食べ物はカツカレー。趣味は音楽以外だと、お菓子作りかな?」

「この女子力よ」

「茶化さないの、千代ちゃん」

「新入生のみんなとも、ぜひ連弾とか、ピアノの話とかもしてみたいです。もちろんお菓子のことも。まあおだやかなんて呼ばれるあたり、あまりウェイウェイしたものは苦手なんだけど、そこはそれ、よろしくお願いします」

「うぇいうぇいって」

「はい、ありがとうおだやかくん。こんな感じで千代ちゃんもお願いね」

「はーい、任せて」


 まばらな拍手の後(千代ちゃん先輩だけ異様に手を激しくたたいた)入れ替わりに千代ちゃんと呼ばれた先輩が前に立つ。


「橘千代です。ピアノは高校1年から。私もしっとり系が好きかな。ドビュッシーとか?」

「そればっかりじゃないですか」

「うるさいなあ、いいものはいいんだよ」


 お返しとばかりにおだやか先輩の茶々入れが入る。思わず笑いを押し殺す僕。それを見てみつあみ眼鏡の先輩もつられてふき出す。


「いいから、それで千代ちゃん、好きな食べ物とか趣味とかは?」

「ああ、こう見えて紅茶とお菓子が好きだ。食べる専門ね。趣味は……そうだなぁ、最近は美術館巡りとか」

「へぇ、意外」

「なんで佐野先輩が驚いてるんですか」


 へぇ、意外と、僕も心の中でつぶやいた。失礼な話だけど、見た目からして橘先輩はどちらかといえば体育会系っぽい雰囲気がしていたから。


 続いて前に出たのがみつあみ眼鏡先輩。この人は勧誘期間の間もあまり見かけなかったが、前に出るのがやはり苦手な人なのだろう。緊張気味の表情で、自己紹介を始めた。


「佐野聡子です。現在のピアノ同好会の部長を務めています。ふたりとも、入部希望してくれて本当にありがとう。おかげで今年も存続できます。この江津市は音楽活動が盛んでね、色々なところでイベントが行われたりもしていて……」

「サトコちゃーん、自分の紹介、自分の紹介!」

「……あ! ごめんなさい、つい……ええと、私はけっこう激しいのが好きかな。ラフマニノフとか。趣味、ダイビングは好きよ。ライセンスも持ってるの」

「へぇ、意外」

「なんで橘先輩が驚いてるんですか」


 やけに準備が良いな。なるほどそれにしても、この二人はまるで見た目のイメージと好みが真逆らしい。もしかしてピアノ同好会の鉄板ネタなのかもしれない。


「そこの後輩くんちゃんたちの驚きを代弁してあげただけさ……さて、それじゃあ君たち新入部員からも、自己紹介をお願いしてもらおうかな。こういう時は男の子からだよね、ってことでよろしく近衛くん!」


 バトンを受け取って席から立ち上がる。先ほどまで緊張気味だったあの空気はなんだかんだで和らいでいて、僕はスムーズに口を開くことができた。


「改めまして、近衛廉太郎です。ピアノは小さいころから。僕もラフマニノフが好きです。好きな食べ物……でしたっけ? ええと、ラーメンが好きです。引っ越しが多かったので色んな土地で食べるのが楽しみなんです」

「おや、転勤族みたいな?」

「はい、今は1人暮らしを始めたので、卒業までこの学校にいられるとは思いますが……」


「かぁー! いいなぁ」とこれは橘先輩。佐野先輩は気にせず続けてと手で合図。


「趣味は……ええと、ピアノ以外には特に。強いて言うならミステリーとか推理小説とか……よろしくお願いします!」


 再びまばらな拍手。「期待の新人だね」とおだやか先輩が優しく声をかける。そして僕が座席に戻った直後に今度はもうひとりの新入部員が立ち上がって挨拶する。


「谷沢莉緒です。私もピアノは経験者ですが……みなさんほど得意ではないかもしれません……私もお菓子作りが好きです。ピアノ以外だと、クラリネットも好きです」

「へぇ、クラリネットかぁ」

「ちなみにどうして吹奏楽部ではなくてうちに?」


 橘先輩が興味津々に訪ねると、谷沢さんはすこし考えた様子で


「正直に言うと、吹奏楽部は勉学との両立が大変そうだったからです」


とそっけなく答えた。


「へぇ」

「うちは進学校だから、大変よねぇ」一瞬の沈黙の後フォローする佐野先輩。

「などと、学年3位は供述しており」と棒読み橘先輩。

「わかるわぁ。大変だよね。それにしても谷沢さんもお菓子作りいける口なんだね」

「いけるというほどではないですが、まあ一応……」

「どういうのが好きなの?」

「スコーンとか……」

「おお、いいじゃない。わがピアノ同好会期待の新人ね!」

「食べる専門は気楽でいいですね」


 おだやか先輩がほんわかした様子で谷沢さんに微笑むと、先ほどまで硬い表情だった谷沢さんも少し面食らったようになり、表情が和らいだ。おそるべきおだやかパワー。


 それから小一時間くらい、ピアノ同会の新メンバーを加えて会話が弾んでいった。3人の先輩はとてもおしゃべり、もとい話し上手というかなんというかで、話題はどんどん膨らんで、根掘り葉掘りと情報を引き出されてしまった気分だ。机を合わせると、おだやか先輩が持ってきた手作りのクッキーと橘先輩おごりのペットボトルの紅茶が並び、音楽室はちょっとした優雅な雰囲気に包まれる。


「本当はティーセットとかで華やかにやりたいんだけど、さすがに学校が許してくれなくてね」

「ラノベの読みすぎですよ、先輩。いいじゃないですか、ペットボトルでも」

「谷沢さんもピアノ経験長いんだね。どういうのが好きなの?」

「私は……そうですね、ベートーヴェンの悲愴とか」

「わお、結構ガチな曲じゃないのソレ」

「さすがは江津市よね。みんな音楽大好きなんだわ」


 佐野先輩が呟いたことで僕の中で再び疑問が浮かび上がった。


「そういえば気になっていたんですが、江津ってそんなに音楽が盛んなんですか?」

「うん、クラシックからロックまで、けっこう幅広いよ。色んなアマチュアの団体がいてねー」

「僕たちも時々他の団体と連携して、コンサートを開いたりもするんだよ」

「こ、コンサートですか……」

「ああ、といってもそんなに大規模なものじゃないから、構えなくても大丈夫さ。なんていっても、江津の名物は海と音楽だからね、売り出さない手はないよ」

「というか、海と音楽しかないよね」

「それは禁句よ千代ちゃん」

「アハハ、いやごめんごめん。大事なふるさとだよね」


 あの雨の日、僕が駆け込んだカフェで出会ったあの女性もどこかの団体に所属しているんだろうか。それにしてもあれほどの実力の人があんな所にいたのかが僕には不思議でたまらなくて、それでもここで尋ねても仕方ないことかと思い、それ以上聞くのはやめておいた。


「……いけない」


 ふいに呟く橘先輩。


「どうかしましましたか橘先輩?」と、これは谷沢さん。

「重要なイベントを忘れていたなぁって」


 席から立ち上がって制服のシャツの袖を腕まくりしはじめる。対面するのは先ほどから変わらず鎮座しているグランドピアノの一台である。


「私たちやっぱりピアノ同好会だからね。新入生に歓迎の気持ちを示さなくちゃいけないわけよ」


 カバンからティッシュを取り出して、クッキーのついた手をぬぐいながら彼女は苦笑いする。まるでこれから喧嘩でもするかのように指を鳴らすと、椅子にすわってピアノの蓋を開けた。


「えー、というわけでピアノ同好会に入部してくれてありがとう、新入部員のおふたりさん。ここで副部長の私から一曲披露したいと思います。私はピアノ歴3年目のペーペーですが、ここで鍛えられた成果を見せることによって、これから君たちの同好会ライフがより希望に満ち溢れた……あれになるよう……ええと」

「もう、締まらないなぁ」


 とは言いつつも楽し気な佐野先輩。


「まあいいか。それじゃ、少しの間だけ、聞いてあげてね、千代ちゃんの演奏」

「ひいき目なしに、先輩センスあると思うぜ」

「ハードルを挙げるなおだやか」

「すみません」


 さて、それじゃあと鍵盤に向かう橘先輩。深呼吸の後、演奏が始まった。


 彼女が弾きはじめた曲はすぐに分かった。ドビュッシーの『ベルガマスク組曲』の中の一曲、プレリュードだ。さわやかな和音からはじまり、鍵盤を滑るようにメロディが下りてくる。この茶会の素朴でふんわりした空気に溶け込むような選曲だ。ショパンや他のロマン派のような派手さはない代わりに、さしずめ吟遊詩人のような、拍にとらわれない歌うようなフレーズがなんとも橘先輩らしい。


 あれから話も進み進み、春の音楽室には既に夕焼けの赤い光が差し込んでいた。ベルガマスクの語源であるイタリア北部の街、ベルガモは昔ながらの石づくりの道が続く旧市街の街並みが残るったとても美しい場所だと聞いたことがある。この音楽室はそんなベルガモの夕焼けと、新入生を歓迎するプレリュードの希望に満ちていた。前奏曲、ピアノ同好会の新しい始まりを祝って、彼女はこの曲を選んだのだろう。


 鍵盤に向かう橘千代の表情は先ほどとはうってかわって真剣そのものだった。よくピアノの前に座ると性格が変わるという人は多いけど、彼女もそういう人種なんだろうか、と思わずにはいられない。


「まさか本当に完成してたとはね、千代ちゃんのベルガマスク」

「いやあ、ちょっとミスタッチもしちゃったけどね」

「そういうの言わなきゃカッコいいのに」

「新入生歓迎会で披露するって聞いてから僕もワクワクしてたんですよね。僕たちもうかうかしていられませんよ」


 演奏が終わると、得意げに彼女は椅子から立ち上がってお辞儀をする。少人数の熱い拍手を得て得意げになりつつ、少し恥ずかしそうに顔をほころばせた橘先輩が席に戻ってくる。


 おだやか先輩の言う通り。ピアノ3年目の彼女にとってはかなり難易度の高い選曲だったのではないだろうか。そのベルガマスクを、彼女は自分たちの前で演奏して見せた。並々ならぬ努力があったに違いない。あるいはとても優秀な――。


 あの日の女性の姿がよぎる。まさかね。


「優雅なベルガモの茶会でしたね」

「そう、私がイメージしたのはまさしく、ベルガモの茶会ね。やっぱり淑女たるものお上品に弾かないと」

「本当ピアノ弾くと性格変わるよなあ橘先輩は」

「どういう意味よおだやか」

「まあまあ……さて、それじゃあ、宴もたけなわだけど」


 そうだねと佐野先輩もあいづちをうち、こうして茶会は締めくくられた。


 後片付けをしている最中に音楽室の扉を開く音が聞こえた。扉が少し開くと、それに気づいた佐野先輩が歩み寄っていく。


「遅くなってごめんね。新入部員は入った?」

「うん、今年も大丈夫よ」

「よかった。千代ちゃんのベルガマスクは?」

「バッチリ。今はおだやかくんとゴミ捨てに行ったよ」

「教えたかいがあったものね」


 佐野先輩は明らかに扉の向こうの人物とため口で会話をしているようだった。友人だろうか、と思い、少し近づいて、扉の向こうの人物を見ようとする。


 聞き覚えのある声、見覚えのある姿。太陽のような大きな目。


 扉の向こうにいたのがあの時の女性店員だとわかったその瞬間、僕はその日のあらゆる出来事――数学の課題や橘先輩のベルガマスクまでも――を頭から吹き飛ばしてしまった。

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