第一章_2



 ばんの目のように大路小路が配された平安の都の、つちかど大路と西にしのとういん大路が交差するつじの、ちょうどうしとらの角。

 東西に二十丈、南北に十五丈の広さを持ち、ついべいに囲まれたこの邸に、安倍晴明はひとりで住んでいる。

 ひとりで、とはいうものの、人間はひとり、という意味であって、人外の者は数えていない。

 実は、好き勝手に邸に入り込む雑鬼たちが、なぜか大いばりでそこかしこにいるのだ。

 晴明が追いはらえばその場では消えるのだが、またほとぼりが冷めたころに入り込んできて、気づけば堂々ところがっている。

 特に害はないので、じやにならない場所にいるものはそのままほうっておくことにしている晴明だった。

 うつせに倒れている少年に手をかけた六合は、ふとまばたきをした。

 その様子に気づいた岦斎が声をかける。

「六合、どうした?」

 十二神将は岦斎をいちべつし、短く答えた。

「何か、かかえている」

「なに?」

 岦斎が少年にけ寄っていく。

 一方の晴明は、まだおそくないから少年がこつぜんと消えてくれないものかと念じていた。

 険しい顔の晴明の様子からそれを読んだのか、がらな十二神将玄武が眉間にしわを寄せて睨んでくる。

 目をすがめて玄武を見下ろした晴明は、ちらちらとれるだいだいいろの光が見えたので、無意識にそちらに顔を向けた。

 先ほど六合が言っていた牛車だ。橙色の光は、牛車につき従う牛飼いわらわの持つ松明たいまつほのおだった。

「六合、急いで……」

 ふいに、晴明は息をめた。

 ひょう。ひょう。ひょう。

 物悲しげな、耳に突き刺さるようにするどい、いやに重い鳴き声だ。

 しばらく耳をかたむけていた晴明は、いぶかしげにつぶやいた。

「……ぬえ…?」

 晴明の言葉に、玄武が瞬きをした。

「ぬえ?」

 耳をませ、やみに響く物悲しい鳴き声をとらえた玄武は、眉間のしわを深くした。

めずらしい鳴き声だ」

「だろうな」

 うなずきながら、晴明は玄武の腕を引いてうながし、みちはしに移動した。

 牛車がせまってくる。

 六合が少年を抱え上げる。その際に、子供の投げ出されていたのとは別の手が、細長い布の包みをしっかりと抱えているのを、晴明は横目に見た。

 ひょう、ひょう、ひょう、ひょう。

「晴明、これはなんなのだ?」

 姿の見えない何かの声に、玄武が首を傾ける。

 晴明はひとつ瞬きをした。

「知らないのか」

 玄武は表情を動かさずに応じた。

「知らん。我らは異界で生まれた。あの世界にいないものはみがない」

「そういうものか」

「そういうものだ。しかし、我らは人間であるお前の使役となった。ならば、人界のことも知っていかねばならない」

 晴明は、胸の中で呟いた。

 知らないのか、神の末席に連なっているくせに。

 すると、何かを感じたのか、玄武は晴明を見上げてそんな顔をした。

「言っておくが、神とは決してばんのうではないぞ。神は全知全能だ、などと思うなよ、おんみようならば」

「それくらい知っている」

 不機嫌そうに言い返し、晴明はたんそくまじりにつづけた。

「あれは鳥だ。とらつぐみという」

 その言葉に、玄武はげんそうにまゆを動かした。

「さっき鵺と言っていたではないか」

 ひょう。ひょう。ひょう。ひょう。

 物悲しい鳴き声に、牛車のたてるがらがらという輪の音が重なっていく。

 輪の音の大きさで牛車とのきよを測りながら、晴明は頷いた。

「夜に鳴く鳥だから、鵺ともいう」

「なぜ虎鶫を鵺と呼ぶのだ?」

 ただの鳥なのだろうと、しやくぜんとしないおもちの玄武である。

「この物悲しい鋭いひびきが、夜闇におおわれた森の奥で聞こえると、実におそろしくおぞましく不気味に感じられるからだろうな」

 我ながら実に親切だなと、晴明はちよう気味に思いながら答えてやった。

「なるほど」

 得心のいったぜいで玄武が頷いた。

 晴明はやれやれと、言いたげな顔で息をつく。

 その間にも、鵺の声と牛車の音がまざり合って、不気味に響く。

 虎鶫を鵺という。しかし、鵺と呼ばれるものは実はほかにもいる。晴明はそれを見たことがないので、実在しているかは知らない。

 それに、もし実在していたとしても、晴明がそうぐうすることがあるかどうかはわからない。

 もうひとつの鵺とは、あやかしだ。しかし、それをここで玄武に教える気には、なぜかなれなかった。

 言葉はことだまだ。言霊は呼ぶ。もし実在しているならば、好きこのんで呼びたくはない。

「鵺は森や山にいるものなんだがな……」

 呟きながら何気なく向けた視線の先で、六合の抱えた少年のうでにある布の包みが、はらりと開いたのを晴明は見た。

 包みの中から、黒く細長いものがすべり落ちる。

 重い金属の落下音が響いた。

 六合のかたわらにいる岦斎が目をみはる。彼が見ているのは、少年がつかんだ布だ。

 晴明は岦斎の視線を追う。

 よく目をらせば、りの布に何か模様のようなものがえがかれているのがわかる。

 細い棒のようなものは、一度はずんで転がった。

 同時に、ごく近くに迫ってきた牛車を引く牛の歩みが、ぴたりと止まった。

 とつじよとして立ち止まった牛に、牛飼い童が狼狽うろたえる。

 どうした、進めと、くびきを摑んで促す男を、牛はおびえたようなまなしで見つめる。

 松明の光に照らされて、あせる牛飼い童とすがるような牛の表情がよく見えた。

 ひょう、ひょう、ひょう、ひょう、ひょう。

 鵺が、鳴いている。

「─────」

 晴明は、胸を冷たいものが駆けおりるのを感じた。ざっとはだあわつ。

 玄武が一歩前に出た。先ほどまでとは打って変わったきんぱくした面持ちで、松明のあかりが届かないくらやみにらみつけている。

 重く鋭い鳴き声が響くたびに、おんな気配が波のように寄ってくるのが感じられた。

 肌をぴりぴりとすようなこれを、晴明はよく知っている。

 ばけものや妖の放つ、ようだ。

 止まったまま動かない牛が、がたがたとふるえてなみだを流している。異様なふんまれた牛飼い童が、辺りを見回しながら松明たいまつかかげる。

 ほのおが照らす闇との境界にうごめいていたものが、さっと下がって身をかくしたのを晴明は捉えた。細長いものが確かにいた。

 いていた少年を岦斎にわたした六合が、彼らを背後にかばって臨戦態勢を取っている。

 晴明は彼らのところに移動しようとして、ふと思い出した。

 ふところれいを入れてある。貴族のらいで作ったこれは、しきものを退けるよけの符だ。

「おい、どうしたのだ……」

 動かない牛車の中から、怯えた声がした。

 おどろいた牛飼い童が飛びあがり、そのひように松明を取り落とす。

 からんと音を立てて転がった松明の炎が、とうとつに消えた。

 同時に、ざわっと空気の震える音がして、数えきれない何かが蠢く気配がはっきりと伝わってきた。

 晴明は懐から霊符を引きいた。右手に組んだ刀印。人差し指と中指の間に霊符をはさみ、高々と掲げてさけぶ。

じんしようらい!」

 彼らの頭上にごく小さな炎がともった。かと思うとそれはまたたく間に広がり、炎のうずと化して辺り一帯を照らす。

「な…っ!?」

 うめいたのは岦斎だった。いつの間にか、彼らを取り囲むように、数えきれないへびが群れをなしていたのだ。

「ひいっ!」

 牛飼いわらわが引き攣った顔でへなへなと座り込む。こしを抜かしたのだ。

 牛飼い童につづいて、ながえにつながれた牛がその場にしゃがみこんだ。目を閉じて、あわれなほど震えている。

 蛇の群れは、なわのようにからみ合いながら身をくねらせ、六合めがけて進んでいく。

 六合の全身から神気が立ち昇った。とびいろちようはつと、肩にまとった夜色の霊布が風をはらんだようにひるがえる。

「六合」

 表情のない六合の眉がぴくりと動いた。青年の姿をした神将の目が、霊符を掲げた主に向けられる。

「それらを連れて中へ」

 晴明が示すのは、六合の後ろにいる岦斎と、彼がかかえている少年だ。

「俺か!?」

 思わず声を上げた岦斎は、身を翻した六合にむんずとかたを摑まれ、次のしゆんかん無造作にかつがれていた。

「うぉっ!」

 大人と子供ひとりずつを軽々と担ぎ上げた六合は、体重を感じさせない動作でちようやくすると、門を飛びえて見えなくなった。

「晴明、どうするのだ」

 どうほうを見送った玄武が、念のために問うてくる。

 晴明はばやおのれに暗視の術をかけると、右手の刀印をって炎を消した。

 目印のように炎が上がっていると、気づいた者たちが何事かと集まってきて野次馬が増える。

 暗視の術は、昼日中のように夜を見通せるものだ。みちくすほどの大量の蛇が、晴明の目にはっきりと映った。

 おびただしい妖気を放っているこの蛇の群れは、まるで何かにとうそつされているように見える。これだけの数がいるのに動きを乱すものがいつぴきもいない。長い体をくねらせて絡み合いながら、争うことなくせまってくるのだ。

 牛車が蛇に囲まれている。牛飼い童や牛が座り込んだままこうちよくしているのは、きようですくんでいるだけでなく、妖気にあてられてしまっているからだろうと思われた。

「玄武、あの牛車を守る結界を」

「救うのか」

「見て見ぬ振りができると思うのか」

「確かに」

 しかつめらしい顔で応じ、玄武はとんと地をった。三じようはなれている距離を、子供のなりをした神将は軽々と飛び越える。

 牛車の屋形にかたひざ立ちで降りた玄武は、いままさにい上がってこようとしている蛇の群れを、げんそうに見下ろした。

 玄武の体からすずやかな水の流れにも似た波動が放たれた。片手を掲げ、玄武のかんだかい声が重々しく響く。

りゆうへき!」

 輪や車体に這い上がった蛇が、しゆんに形成された水のかべはじかれて飛んだ。

 その間に晴明は、少年の手から落ちた細長い棒を拾い上げる。

 それは、黒々とにぶく光る大刀だった。まっすぐなりようで、ずしりと重かった。長さは一尺五寸程度か。

「なぜこんなものを……」

 つぶやきかけたとき、つかを持った手のひらがぞわりとして、晴明は思わず大刀をほうり捨てた。

 音を立てて転がる大刀に、蛇が押し寄せてくる。

 晴明は険しい目で大刀をぎようした。

 蛇の放つ妖気は、この大刀から生じる波動とこくしてはいないか。

 そして、蛇はこの大刀に向かってきているように見える。

 晴明は蛇と大刀の間に立つと、横一文字を描いた。

「禁!」

 くうに描いた一文字が結界となり、蛇たちを押しとどめる。

 持っていた霊符を柄に巻き、そでしに摑む。それでも、あの冷たくしびれるような感覚が手のひらに生じる。

 あまり長時間は持ちたくないと晴明は思った。

 ぼうせいふういんを大刀にほどこし、さらに、見えないさやのように霊気で包み込む。そこまですると、大刀はようやくおとなしくなったようだった。

 晴明は、明らかに敵意をはらんだ何百対もの蛇のまなこを不機嫌そうに見返し、左手に大刀を持ちえて、右手の刀印を口元に当てた。

ばくふくじやひやつしようじよ。───きゆうきゆうじよりつりよう!」

 じゆもんひびきが空気を震わせ、晴明の周囲に五芒星が現れたかと思うと、彼を起点に霊気のたつまきが生じて、蛇の群れを巻き上げるとき飛ばす。

 霊力のやいばにずたずたにされた蛇が四散して、妖気もろともき消えた。

 牛車の屋形に立った玄武が片手をあげた。神気の渦がほとばしる。辺りにただよう妖気のざんを洗い流すような神気が降り注いだ。

 十二いる神将たちの特性は様々だ。

 水将玄武は戦う力を持っていない。その代わり、彼はぼうぎよ能力にとつしゆつしているのだ。また、妖気などのけがれを神気で洗い流すことができる。よごれも穢れも清めることができるのは、水の持つ特性だ。

 息をついた晴明は、気がついて瞬きをした。

 ぬえの声が、いつの間にか消えている。

 いやに気にかかって、口を開きかけたとき、もんがそろそろと開いた。

「おおい、晴明」

 顔を出したのは岦斎だった。

 晴明はつっけんどんに応じる。

「なんだ」

「あの子供、うなされているんだが……」

「だからどうした」

「あいている部屋にかせてもいいよな」

「……岦斎」

「うん」

 晴明はしばらく岦斎をにらんでから、言った。

「それは、事後しようだくだな?」

 岦斎はひとつ瞬きをして、あはははははとかわいた声で笑った。

 牛車から飛び降りた玄武がうでを組む。

「岦斎。この場合、あいている部屋に寝かせたが構わないかとたずねるべきではないか。お前はことだまあやつおんみようなのだから、言葉は正しく使うべきではないかと我は思う」

 とうとうとたしなめられて、岦斎はあいまいに応じながら、早く入れと晴明と玄武を手招きする。

 すると玄武は、ここはお前のやしきではないぞと半眼で呟いた。

 門をくぐろうとして、晴明は足を止めた。

「……しまった」

 前を進んでいた玄武が振り返る。

「どうしたのだ、晴明」

 晴明は無言で額に手を当てた。

 あの子供、助けるつもりはなかったのに、なしくずしに邸の中に入れてしまった。

 それに、この大刀だ。

 手にした得物を睨む晴明のおもちが険しさを増す。

 異様なへびの群れが放ったようれいと術でふうじたが、いまもごくわずかにあの蛇たちとよく似た妖気が発せられている。

 霊符越しにつかんだ柄が、みように熱い。手のひらにしびれるような感覚が生じる。

 晴明はまゆをひそめた。

「……」

 ひょう。ひょう。ひょう。ひょう。

 消えたはずの鵺の声が、かすかに聞こえた気がする。

 足を止めた晴明に気づかず、岦斎と玄武は進んでいく。

「とりあえず、お前がきしている室から一番遠い室を使わせてもらってな。あと、おけぬぐいと、それから何かけてやるものを」

 右手の人差し指を立て、流れるように言葉を並べる岦斎に、玄武が半眼になる。

「それらを勝手に持ち出して使ったということか。岦斎よ、ここはお前の邸ではないぞ」

「ええっ、俺たちの仲じゃないか。そんな冷たいことを言うなよ」

 おおぎよううつたえてくる男を、がらな神将はあきれたようにめつけた。

「どんな仲だ。誤解を招くような言い方はひかえろ岦斎。晴明の知人だから、仕方なくじやけんにせずにいるものを」

「なんだと! 晴明の親友であるこの俺に、なんて冷たいっ」

 子供の形をした十二神将は、わった目であるじり返った。

「晴明よ、ここまで好き勝手に言わせるのはいかがなものかと……晴明?」

 玄武はげんそうにまばたきをした。

 半分開いた門を背に、晴明が立っている。大刀を見ている青年の顔色が、青を通りして土気色になっていた。

 気づいた岦斎が目をみはる。

「晴明!?」

 晴明の手から大刀がすべり落ち、彼はそのまま崩れ落ちた。

「晴明!」

 ひょう。ひょう。ひょう。ひょう。

 主にけ寄った玄武は、かすかに響く鵺の声を、いた気がした。





  ◇ ◇ ◇





 ないている。





 安倍家はそれほど高くない身分にもかかわらず、邸のしきはとても広い。邸の裏手にある木々の連なりは、小さな森のようにうつそうとしている。

 とつぜん目が覚めたのは、物悲しくもおそろしいような鳴き声が聞こえたからだ。

 しんとしているうちぎひとえの上に羽織り、そろそろと身を起こすと、彼はそうっと妻戸を開けてすのに出た。そこから庭に下りられる。

 庭には池もあり、ひつじ草がいている。

 ふと、気がついた。

 ああ、いつもうるさいほど鳴いているあまい虫がいない。

 不思議に思って辺りを見回した。すると、向かいのむねはしの室の簀子に、父がいた。

 月も星もない夜なのに、その姿ははっきりと見えた。

 父は、はるか遠くを見ているようだった。その横顔は悲しそうにも見えるし、おこっているようにも見えた。

 しばらく見つめていると、森の奥からあの鳴き声が響いてきた。

 ひょう。ひょう。ひょう。ひょう。

 父が視線をめぐらせ、少しおどろいたような顔をする。

「どうした、童子」

 父は簀子を下りて庭伝いにやってくると、となりひざをついた。

ねむれないのか」

「いえ…」

 首を振る。と、またあの声がした。

 森の奥から、何かを訴えるような悲しい声。

 声のするほうに目をやった父は、得心のいった顔をした。

「ああ、あれは鵺だ」

「ぬえ?」

とらつぐみという鳥だよ。悲痛なさけびのようにも、物悲しいすすり泣きのようにも聞こえるから、くらやみの中で聞くと大層おそろしい」

 確かに、あかりひとつないやみの山中で聞いたら、さぞかしこわいだろう。

 父は、ひょうひょうという声に耳をかたむけながらつづける。

「あれはひとを招いて食い殺すばけものの声だと、言う者もある。なるほど、声だけを聞けば、そのように感じることもあるだろう」

 ひょう、ひょう、と。物悲しい声がひびく。

「本来は山や森にいる鳥だから、都でこれを聞くのはめずらしい」

 父は、ふっと息をき出した。

ぬえの声が聞こえる夜は、おもてに出てはいけない」

「どうしてですか」

 確かに異様にも思える声だが、正体がただの鳥ならば、けいかいする必要はないはずだ。

 すると父は、様々な感情がない交ぜになった顔で、少しだけ笑った。

「鵺の鳴く夜は、大切なものが消えるからだよ、童子…」

 鳴いている。り返し繰り返し、鵺が鳴いている。

 ふいに、彼の耳に、その声に別の響きが重なって聴こえた。

 ──そうだよ。消えたのはお前の母だ。お前を、お前たちを、残して消えた……

「父上…」

「ん?」

 思わず口を開いたが、その先がどうしても出てこなかった。

「もうおそい。なさい」

 やんわりとうながされ、だまったままうなずいた。





 ひょう。ひょう。ひょう。ひょう。





 鳴いている。鵺が、鳴いている。



 ああ。ああ。ああ。ああ。



 泣いている。子供が、泣いている。

 これは、だれの声だ。この声は、どこから。



 ──どうしてあのとき、けなかったのだろう



 訊くことができていたら、こんなに悲しい思いをせずにすんだのに。

 訊くことができていたら、こんなにかなしい思いをせずにすんだのに。

 訊かなかったから、訊けなかったから。

 あんなことが起こってしまった。



 ああ、鵺が鳴いている。

 鵺が追ってくる。



 鵺が、鵺が、鵺が。



 ──こんなことに、なるなんて……



 うめく声が、物悲しい声に重なって、いつまでもいつまでも響いている───。




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