深夜番組

 パンパンに膨らんだコンビ二の袋を携えて、二階の自分の部屋に戻ってくる。帰宅を待っていてくれた母は、安心した様子でおやすみを告げて寝床に向かった。先に寝てしまってもいいと言ってはいるが、それでも帰宅して迎えてくれる彼女の優しさは嬉しかった。袋の中から晩飯と缶チューハイを取り出し、テーブルに並べる。近頃は果汁の入ったお酒に凝っていて、毎回違う味を見つけてきては試し飲みしていた。弁当の蓋を外し、缶を開けてまずは一口。グレープフルーツの酸味が程よく利いていて中々に美味い。今回のチョイスにも成功して気分が良くなり、テレビのリモコンを手に取って電源を入れた。

 下に音が響いて両親を起こさないように音をできるだけ小さくしてかける。番組欄を表示させて各局の放送内容を確認するが、目ぼしいものはやっていない。深夜アニメもやってないし、どうしたものか。出鱈目にチャンネルをあちこち変えながら、面白そうな番組を探すことにした。ほとんどの局で通販番組。後は放送終了で砂嵐かよく分からない変な番組だけ。

「動画サイトにでも行くかな。」

リモコンの番号をあちこちいじりながら、テレビ視聴をやめようとしていると、誤って4のボタンを押してしまう。うちの地方ではこのチャンネルに局が入っておらず、いつもなら画面が真っ暗になってすぐに「このチャンネルでの放送は行なわれておりません」といった旨の注意文が表示されるのだが…。

『さぁ、やって参りました!突撃お宅訪問!司会を務めさせて貰います、向井むかい 幾夜いくよです!』

『同じく司会の、今井いまい 九音くおんです!』

向井と名乗った白い浴衣の男と今井というお歯黒を塗った黒い着物の女が格好に似合わず明るく元気に挨拶をしている。

「なんだこれ…。」

見た目とキャラのギャップに思わず頬張っていたご飯を噴き出してしまった。深夜でほとんど誰も見ていないからと、どこかの局がチャンネルを借りて試験的に流しているのだろうか。初めの掴みは悪くないと思う。挨拶が済んですぐに、向井が番組の説明をする。テレビの視聴者に連絡を取って、放送時間中に番組に来てもらう、というものらしい。番組を盛り上げる雛壇には、見たことのない顔ぶれが白いメイクを施されているのだろうか、血色の悪い顔で静かに座っていた。芸能人にしても見覚えのない人物しか居なさ過ぎる。もしかして応募した一般人を番組に参加させているのだろうか。斬新ではあるが、トークスキルとか大丈夫なのか?向井と今井の説明が続く中、カメラの位置を変えながら表情を一切変えない出演者たちが映し出されていく。

「あれ?この人、どこかで…」

スーツ姿の男性が映し出されたところで既視感を覚える。名前は分からないが、どこかで見た顔なのは確かだった。

「最近出てきた俳優だかお笑い芸人だかだろうな。」

大体頭の片隅に残るこの手の有名人はテレビ露出が少ない場合が多い。ちゃんとそういう人間を起用しているということは、他の出演者も何かしらの舞台で活躍を始めて露出の増えた人たちなのだろう。人気者をあえて起用せず、新しい風を引き込む試みは面白いが、それでも一人くらいは誰もが知っている人物を入れたほうが安心感がありそうだ。

『さあ、それでは早速、最初の視聴者さんをお呼びしたいと思います!』

『まずは…そこのあなた!!』

長い説明が終わり、ようやく番組が始まった。向井がマイクを右側のカメラに向けて突き出している。中央のカメラがその様子を追って姿を映しているようだ。

『ピンクのシャツにタイトスカートの似合うボブヘアのお嬢さん!そう、あなたです!!』

映された映像には、向井がカメラにマイクを向けて迫っている姿があるだけ。何だこれ?向井はそのままカメラの前で相槌を打ちながら、誰かと会話をしている素振りを見せていた。話し相手がいるならそちらの人物の映像もあって然るべきではないか。試験放送にしてもこれは酷い。生放送なのかこれ?いや、字幕編集もあったし、録画だと思うが…。NG映像が流出してしまったのではないかと疑うレベルではある。しかしながら、それならそれで面白いのだが。

『御理解いただけました?番組の主旨!そうそう、そうです!では、お名前と住所を!』

仮に小型の通信機器で通話しているとしても、さすがに公共放送の場で個人情報を晒す馬鹿はいないだろう。このまま住所と本名をここで発表されたとしても、ほぼ確実に番組側のヤラセに決まっている。時間的に見る人間が限られるとはいえ、身の危険に繋がるような真似をする人間が居るとは思えない。

『ウエダアイさん…。住所は東京都…』

会話の相手は何を思ったのか住所と名前を話したらしい。どうせ番組で用意した偽者の情報だろうが。

『お嬢さん、恥ずかしがらなくてもいいのに!嘘なんてついて!』

『大阪府○○のXXちゃん、みーっけ!!』

番組で用意した嘘を普通にバラすことがあるか…?お笑い番組やドッキリ企画ではありそうだが、そういう感じの番組には見えない。嘘をついたのを見破ってその上で特定する…一連の流れ全て込みで嘘なのかもしれない。そうか、そうやって参加する視聴者の心理を揺さぶって、個人情報を集めるのがこの番組の目的なのかもしれない。法的に問題はないのだろうか。

『それでは、XXちゃんに登場していただきましょう!どうぞ!』

スタジオ中央に設置されたカーテンがゆっくりと開き、XXさんなる人物が静かに出てくる。服装に髪型、全て向井が言っていたものと一致する。ヤラセなら当然か。女性は虚ろな目でやはり白塗りのような青い顔をしながらフラフラしていて、立っているのがやっとのようだった。彼女の腕を支えるように今井が掴み、口元にマイクを近付ける。

『XXちゃん、今回はいかがだったでしょうか?』

向井の質問に、女性は口元を僅かに緩め、腹話術人形のように下唇をひたすら上下させている。しかし、マイクを口元に押し当てているのに、女性の声を全く拾わない。そもそも女性がちゃんと声を発しているのかどうかも甚だ疑問ではあったが。

『そうですか!ありがとうございます!XXちゃんには、引き続き番組に参加していただきますので宜しくお願いしますね!』

今井に付き添われて雛壇に座らされる女性。他の出演者達と同じメイクのせいか、彼らの中にすっかり馴染んでいるように思えた。

『では、どんどん行きましょうか!次の視聴者さんは…。』

もったいぶりながら向井が三方向のカメラに順次マイクを向けていく。向けられたカメラはそういう演出なのか、向井をアップで映して彼を正面に捉えるようにカメラ映像をコロコロと切り替えていた。

『はい、そこのあなた!』

マイクルーレットが停止したのは中央のカメラ。向井が真っ直ぐ俺のほうを向いている。今度はどこの都道府県の自称視聴者さんが現れるやら。カラッポになった弁当の容器を袋に入れ、二本目の缶チューハイの口を開ける。

『美味しそうな缶チューハイ!それを飲むのを我慢して、疲れた部屋着のお兄さん!あなたの住所と名前を教えてください!』

向井の言葉に、缶を持つ手を止めて、テレビに目を向ける。缶チューハイにしわだらけの部屋着…何よりあいつの真っ直ぐとした視線は俺を捉えている。これはどういうことだ?この部屋に隠しカメラでも仕掛けられているのか?確認するように自分で自分の顔を指差して相手の反応を伺うと、向井は満面の笑みを浮かべて大きく頷いた。どうやら本当に俺に対して話しかけてきているらしい。仕組みは分からないが、生放送のようだ。

『先程見ていたと思いますが、あなたの住所と氏名を教えてください!』

冗談じゃない。両親か一人暮らしの妹か、それとも友達の誰かが勝手に応募したのか。何にせよ、時間帯はあれだが見ている人間も確実にいるはず。番組側には握られてしまっただろうが、これ以上見知らぬ誰かに個人情報を知られてたまるものか。

「悪いけど、テレビ出演とか興味ないんで、辞退します。」

番組出演拒否の回答をしたにも関わらず、向井は笑顔を崩さないまま突き出していたマイクを自分の口元に戻す。その目は依然としてこちらを見ていた。

『あはは、視聴者の皆さん、初めのうちは恥ずかしがってそうやって拒むんですよ!でも、スタジオにやってくるとこの通り!普段通りの自分に戻って番組を楽しんでくれます!』

別のカメラが再び雛壇を映す。普段通り…というよりは、葬式の参列者のような陰気な絵面に見える。

「いや、でも、本当にそういうのいいんで…」

『そうおっしゃらずに!!○○市のXXさん!!』

「いや、でも…え?」

こいつ、話しやがった…。こちらに拒否権は一切なしってことか。ふざけやがって。何処の局の試験放送かは知らんが、警察に通報してやる。個人情報保護法違反辺りでしょっ引かれるはずだ。湧き起こる怒りを抑えながら、テーブルの上のスマホに手を伸ばす。ふと、部屋の温度が下がったように背筋に寒気が走った。背後に感じる視線。ゆっくりと首を回そうとしたところで、耳元に女性の囁き声が…。

「見ぃ~っけ…。」


 息子が行方不明になった。昨日は確かに帰ってきた。仕事の日はあの子が帰ってくるのをずっと待っていたんだから間違えるはずがない。息子の部屋にも仕事に持って行っているカバンが置いてあった。番組の映らないチャンネルがかかったままになっていたけど、テレビを見てからどこかへ出掛けたのだろうか。それにしてもあの子が連絡一つ寄越さないのはおかしい。一応警察に捜索を依頼したら、快く引き受けてくれた。どうやらこの頃全国で行方不明事件が相次いでいるらしい。他県の事件ではあるが、テレビのニュース番組で取り上げられていたスーツ服の男性の失踪事件とも絡んでいるかもしれないと言っていた。息子のように、大阪の方で昨晩、女子大生が失踪したとも言っていた。事件に巻き込まれたにせよ、そうでないにせよ、命だけは無事でいて欲しい。息子が元気に帰ってくることを願って、いつもの帰宅時間までは毎日起きていようと思う。


 あれから1ヶ月、息子は未だに帰ってこない。主人は息子の失踪に体調を崩してしまった。私だって辛い、寝込んでしまいたい。でも、あの子の帰りを待つ人間がいなくなっても困るから、私は気丈に日々を生き抜いていた。単身学業に励む娘にも心配は掛けられない。

 深夜、いつものように茶の間でウトウトしながら、息子の帰りを待っていた。眠気を紛らわせようと、テレビを付けてあちこち番組をかけ回す。ふと、息子がいなくなった部屋でかけられていた4番を押してみた。すると、何かのバラエティー番組だろうか、そのチャンネルにしては珍しく放送がされていた。司会者と思われる二人の男女が大きな拍手に迎えられてスタジオに入ってくる。男の人が番組の主旨を説明し始めると、カメラは雛壇を映しだした。

「あら、この子?」

見知らぬ白い肌の出演者が連なる中に、息子によく似た男性を見つける。無表情で元気のない感じではあったが、容姿の雰囲気が息子そのものといっていいほどにそっくりで驚いた。

 息子への思いが堪えきれず、眠気もすっかり忘れて、私はその番組をしばらく見続けた。


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