第一章_2
晴明は十二神将たちの主だが、全員が彼に絶対服従しているかというと、まったくそんなことはない。
服従ではなく、協力してくれている、という表現がもっとも
一応命令はするのだが、彼らが
どちらかといえば、こちらのほうが多い。
よりによってあの、青龍を。
一応形だけ
約定の際には、主の命に従うのは絶対だ、などと言っていたが、どうしてどうして。
あれを借り受けたいとは、物好きにもほどがある。
十二神将というくらいだから十二の個性が集まっているのだが、あれが一番
しかし、いまのところは青龍が一番
思い返せば返すほど、胸の奥からふつふつとどす黒いものが
青龍の目はいつも語っている。
お前がなぜ俺の主なのか、と。
だから晴明も、つい思ってしまう。
お前がなぜ私の
───借りたいというなら持っていけばいい。
別に構わない。呼んでも出てこない式神ではなんの役にも立たないのだ。必要だという人間がいて、貸してほしいというのだから、応じてやるのが人情というものだ。奴とて自分を必要としている人間に使われたほうがいいに決まっている。たまにそうやってよそに出向いてくれたほうが、
胸の内でぶつぶつと
見れば、十二神将玄武が傍らに座し、いたく
「……晴明よ」
「なんだ」
「自覚はなかったようだが、考えていたことが全部口に出ていたぞ」
晴明は、目をしばたたかせた。
玄武だけでなく太陰も、神妙な、いや、少し傷ついたような目で、晴明をじっと見つめていた。
「…………そうか」
玄武と太陰のことを言ったわけでは決してないが、彼らにこんな顔をさせたという
気まずい
空気を変えようと、岦斎が声を上げた。
「……まぁ、ほら、なんだ」
全員の目が岦斎に注がれる。
「その謎の男も、何を考えているんだろうな。この安倍晴明以外の
「できるぞ」
割って入ったのは、ごくあっさりとした
言葉を失った岦斎が、あんぐりと口を開けて朱雀を見つめる。
「……は?」
「できる」
岦斎は、自分の言葉を頭の中で
貸し借りなんてできるわけがない。借りたところで使役できるわけがない。
「……ええと、どっちを?」
「どれもだ」
「どういうことだ」
「俺たちの心情はさておき、どれも可能だ」
玄武と太陰が
朱雀は晴明を
「お前が許せば、誰かに貸すことも、借りた相手が俺たちを使役することも」
一息おいて、朱雀はつけ加えた。
「晴明以外の者が、俺たち十二神将を召喚することも」
ここで、朱雀は玄武をちらりと見た。
「過去に、俺や玄武といった、四神の名を
「そ……」
呟いたのは岦斎で、晴明はひとつ瞬きをしただけで、
が、彼は心底
それはいったい、なんのためにだったのだろう。
「その、過去にお前たちの誰かを召喚して、使役にくだそうとした術者ってのは、いったいどういう…」
勢い込んで
「それは
「どれだよ」
「朱雀、お前な、さっきからまるで
「お前の主張は確かにもっともだが、あいにく俺の
立て板に水を流すような朱雀の言葉に、岦斎はふるふると
「……すみませんがもっとくわしくおしえてくださいおねがいします」
朱雀が片
「見事な棒読みだが、まぁいい」
仕方がないと言わんばかりに小さく息をつき、朱雀は晴明をちらりと見やってから口を開いた。
「俺たち十二神将が主をいただき、使役として従った者は、確かに安倍晴明以外にはいない。だが、神将を召喚して一時的に使役した者はいたし、命令を受けたわけではなかったが、事情を
そうなのか。
押し黙ったまま驚く晴明である。
「完全な使役下に置こうとしたのは晴明が初めてだな。だからまず
晴明の
──我、十二神将を
あの
「何しろ、俺たち十二神将全員を一度に召喚するなどというばかげたことをしでかしたのは、晴明だけだったからな。そんな向こう見ずな身のほど知らずはいったいどこの誰だと……」
「……前代
「……
半眼でつづきを
「俺たちをまとめて呼んだ者もいなくはなかったが、全員ではなかったからな。それに、そういう者たちは一生に一度命がけで俺たちを呼び出して力を借りる、というようなのが多かったから、使役にくだすためというのはなかった」
それまでふむふむと
「む、ちょっと待て」
「なんだ?」
首を
「つまり、何人かの神将をまとめて召喚した者はいたことはいたが、それらの大半は一度だけ神将の力を借りるために呼んだのか?」
「
「それで、呼ばれたら、お前たちは従うのか?」
「いや、従うというのは少し違う。力を貸すに足ると判断した相手にだけ、必要な間協力してやるんだ」
たとえば、日照りがつづいたとき、水の神に雨を
乞う者に
そういう意味では、過去に十二神将たちを召喚した者は、それなりの能力を持っていたことになる。
だが、あくまでも一時的なものであって、事がすめば神将たちは異界に
神将を完全に支配下に置き、
「それに、いまも俺たちを召喚することは、できなくはない。それこそ岦斎、お前が
ただ、従うことはない。彼らの主はもはや定まった。主の許しなくほかの誰かに力を貸すこともない。
「もっとも、晴明が許せば話は別だがな」
そういった事情を、あの
「……たとえ、晴明が許したって」
ずっと沈黙していた太陰が、
「いきなり
太陰の語気が固い。
朱雀は
あの男が放ったものを朱雀はあえて受けたのだ。
術自体は弱かったのに
あの男。負けが見えているから晴明とやり合うつもりはないと言っていたが、果たして本当だろうか。
本当のところ、負けが見えていたのは、どちらだったのか。
ちらりと晴明を見やる朱雀の目に、
安倍晴明は
神将の力はあふれんばかりなのに、器に容量がないからこぼれ落ちてしまうのだ。いや、こぼれるならばまだいい。
実際は、納まりきらず、安倍晴明という器を
それでも、少しずつ神将たちは生来の力を取り戻している。
朱雀は晴明という男がそれほど好きではないのだが、だからといって
今後、好ましいと思うほうに
神将たちも使役として努力をしているが、主もまたそれに足り得る者としての努力が必要不可欠なのだ。
それが上に立つ者の義務というものだと、朱雀は考えている。
「いずれにしても、あの男が何をどう言ったところで、とうの青龍が応じるわけはない。あいつは人間が嫌いなんだ」
朱雀の言葉に、晴明は青龍を力ずくで
確かに、彼は決して人間を好んではいないだろう。
晴明に対してだけでなく、人間という存在そのものに対して、青龍はいやに
いまも彼は、晴明の式神となったことを、心の底では
「うーん。なるほどなぁ」
感心したようにしきりに頷いた岦斎が、何かを思いついた顔で太陰を手招きした。
太陰は首を傾けながら岦斎の前に行く。
「何よ?」
「よしよし、来た来た」
満足そうに頷いて、にんまりと笑う。
「見ろ晴明、十二神将を呼んだぞ」
晴明は、
「……そうだな」
それ以外の言葉を口にしなかったのは、あまりにもばかばかしくて言う気が
一方、太陰も呆れ返った様子だ。
「岦斎、あんた、それが言いたくてわたしを手招きしたわけ?」
「そう」
元気よく言いきる岦斎に、太陰は片手を
「やっぱりあんた、晴明の親友とか言っちゃだめよ。わたし、あんたが晴明の親友とか、認めたくない」
「なんだと、ひどいぞ太陰、お前までっ」
「我も太陰と同意だ、岦斎」
「玄武、お前もか!」
「なんだ岦斎、玄武のことを
すると岦斎はふんぞり返った。
「当然だ。俺は十二神将を信じてるからな。ついでに、晴明が口で何をどう言ったとて、俺を親友だと思っていることも知っている」
「という
「ところで、青龍はどうしてる」
「異界にいるぞ。謎の男の話も一応しておいた」
だが、青龍は何も言わず、
そうかと
特に用がない限り、神気の強い神将は呼ばないことにしている。実のところ、いまこうして朱雀が近くにいるだけで、
しかし彼は、闘将を除けばもっとも力が強いのだ。
朱雀に全力を出されると晴明がつらくなる。朱雀もそれをわかっているので、あの男の
神将たちが生来持って生まれた力を解放させられないのは、晴明の未熟さゆえだ。
十二神将の
「……………」
小さな傷というのは、思っている以上に気になるものだ。特に、こういったいびつな傷は治りが
本来の力を使えれば、このような小さな傷を負うこともなくなるのだが、それにはまだまだ時間がかかりそうだった。
一方、打ちのめされたふうに見える岦斎に、玄武が
「ときに岦斎よ。いまさらだが、お前は何か用があってこの安倍
「ほんとにいまさらだな」
「用もないのに来たのか」
「用がなきゃ来ちゃいかんのか」
むくれて半眼になった岦斎に、玄武は深々と
「用があるならば話せと言っているのだ」
「そこまで言うなら仕方がないな、話してやろう」
なぜか
「いますぐ
「こらこらこらこらこらこらっ! ひとの話は聞け!」
「聞きたくない。玄武、太陰、こいつをつまみ出せ」
主の言葉に、太陰と玄武は顔を見合わせる。
「なんて親友
先に見捨てられるのは岦斎のほうじゃないのかと、神将たちの三対の目が語っているのを
「さらさらと音を立てながら、銀の雨が降るんだそうだ」
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