第19話 匣
宿屋の中はお菓子で溢れていた。
どうやら人気の宿らしくとても混んでいる。
「うわ~混んでる。これ泊まれるのかな?」
もし泊まれなかったらどうなるんだろうと不安になりながら、
ヒジリを探す。
居ない。どこを探しても居ない。
「それにしてもお菓子だらけだな~。」
右を見ても左を見てもお菓子だらけ。
魔法でコーティングされているのかどのお菓子を見ても出来立ての様だった。
「ヒジリどこまで行ったんだよ。まだ手続きもしていないのに」
「ココにいますよ♪」
両手いっぱいにお菓子を持ち、隣に立っていた。
「これおいしいよ♪何食べてもおいしいよハツキ!!!
まるで昔、絵本で見たお菓子の家みたいね。床とか天井もお菓子だったらいいのに」
満面の笑みだ。
この笑顔を見るとなんだかどうでも良くなってしまう。
「太るよ・・・」
ヒジリはハッ!とした顔をして
「か、返してくる!!!」
と、振り向き走ろうとした所を襟元を掴み止めた。
「一回、手に取ったものは返さない!」
「そ、そうよね!常識よね」
太るの一言に動揺して我を忘れてしまったようだ。
「まずは宿泊の手続きしてくるね」
「わかった~♪あたしはそこで座っててもいい?」
ヒジリを置いて受付に向かい宿泊出来るのか受付の男性に声を掛けた。
「すみませ~ん」
「いらっしゃいませ」
見事な営業スマイルだ。目が笑ってないぞ。
「あの~今日って泊まれます?」
「大変申し訳ございません。3年先まで予約が埋まっておりまして」
「ふへっ!?」
変な声が出てしまった。マズい。これは大変マズいぞ。
お父さん、ボクに3年待てと言うのですか?
でもおかしいぞ。
ギルドの受付の女性は
この街に住んでてこの宿の混み具合を知らないはずが無い。
そしてお父さんを知っている?
・・・!
「すみません。ハル=サンブライトで予約入ってませんか?」
営業スマイルだった男性の目の色が変わった。
男性はにこやかな顔で
「お待ちしておりました。
本当の笑顔だ。すごい変わり身の早さだった。
「お部屋は最上階、VIPルームでございます。
そちらにある浮遊石にこの専用羊皮紙をお乗せ下さい。
最後にこの羊皮紙は破損または破棄されるまで永久に使えます。
くれぐれも紛失なさらぬようご注意下さいませ」
深々と頭を下げ、羊皮紙を差し出した。
「え~と...?どういう事です?」
「普通にハツキ専用の部屋があるから、その羊皮紙が無くなるまで、
自由に使ってもいいよって事なんじゃないの?」
手に持っている羊皮紙をまじまじと見ながらヒジリが呟く。
「うおっ!」
また変な声が出ちゃったじゃないか。慣れてきたと思ったがまだまだだった。
「ヒジリ、急に横に立つのやめて。その内ボク心臓止まっちゃうよ」
「ゴメンね!でも隣に行くよって宣言するのもおかしくない?」
確かにそうだけど、ゆっくり隣に立つって言う方法もあるんだぞ!と
言おうかと思ったが受付に行列が出来てたので、2人でそそくさと浮遊石に向かった。
「これが浮遊石かな?」
「そうね。宙に浮いているものね」
大人が10人乗れるくらいの大きな石が宿屋の中央に2つ浮かんでいる。
「ハツキ!早く羊皮紙乗せてみて!!」
キラキラした目でヒジリが腕を引っ張る。
「よし!準備はいい?」
「おっけ~♪」
浮遊石に羊皮紙を乗せると機械的な声が聞こえた。
・・・ いらっしゃいませ。専用フロアに移動します ・・・
・・・ 移動の際は身を乗り出さぬようお願い致します ・・・
・・・ それでは移動開始します ・・・
体がフワリと浮いた感じになりそのまま上に移動する。
ヒジリは凄い凄いと言っていたが5階位から怖い怖いに変わっていた。
・・・ 専用フロアに到着しました ・・・
・・・ このフロアはハツキ様専用フロアです ・・・
・・・ ごゆっくりお休み下さい ・・・
・・・ それでは甘い一夜を ・・・
「え!?ココ全部ボクのなの?」
「そ、そうみたいね」
「ヒジリってお嬢様だよね?」
「《元》ですけど何かございまして?」
「こういうの慣れてるでしょ?」
「確かにお父様とお母様に色々な場所に連れて行ってもらったけど、
ココまで豪華な場所は無いわよ!」
お嬢様だったヒジリも驚くのはしょうがないくらい豪華な部屋だった。
入り口の扉を開けると、先ほど行ったギルドより広い空間。
キッチンには食べたい料理名や食材を書き込むとなんでも出てくる羊皮紙。
いくら食べてもすぐに補充されるケーキスタンド。
飲みたい物の名前を呟くとその飲み物が出てくるコップとマグカップ。
触ると景色が変わる壁紙。
入ると見た目以上に広くなる、プールとお風呂。
見たい場所の名を告げるとその場所が映る掲示板。
横になった瞬簡、寝てしまう位、不思議な柔らかさのベッド。
なにを取っても見た事も無いような代物ばかり。
「魔法って凄い・・・」
「えぇ本当に凄いわね・・・」
コンコン。
不意に扉を叩く音がし、我に返る。
「誰だろう?ここって専用フロアよね?」
ヒジリが不思議そうな顔をして首を傾げる。
「あ、そうそう。ギルドの受付の人がお父さんの話を聞きたいって言ってたんだよ」
「へ~そうなの?でもギルドの受付って基本、女の人よね?」
「うん。女性だったよ。青髪、碧眼の綺麗なお姉さんって感じのヒュー...」
一気に室内の温度が下がった気がした。
「あたしお邪魔かしら?」
ヤバい。怒ってらっしゃる。
「い、いや大丈夫だ...よ」
コンコンコン。と再び扉を叩く音。
ハツキ様?お休みになられましたか?
今度は扉の向こうで声がした。
とりあえずヒジリをソファに座らせ、扉を開けた。
約束通り受付の女性がやって来ていた。
「こんばんわハツキ様。
もしかしてお休みになられていましたか?
お疲れの様でしたら日を改めますが?」
部屋の方からなにやら殺気を感じる。
気配を感じたのか受付の女性は、
「おや?ヒジリ様もご一緒でしたか?」
え?ヒジリを知っている?
ヒジリの名前は一回も出してないぞ!
こういう時たぶんヒジリは隣に・・・居ない!!!
ヒジリはゆっくりと部屋から出て来て
「ごきげんよう」とスカートの裾を少し持ち上げカーテシーをする。
「こんばんわ。ヒジリ様。
先ほど、ギルドでお見かけしなかったのもので、
ハツキ様お一人でお泊まりになるのかと思ってました」
受付の女性が笑顔でヒジリに話掛ける。
とっても此処に居たくない雰囲気だ。
「初めまして。
わたくし、ヒジリ=ブラン=エールと申します。
そしてまず初めに貴女の名前を教えて下さらない?
なんとお呼びすれば良いのかわかりませんので」
ヒジリも受付の女性に笑顔で話掛ける。
目は笑ってませんが。
さっき下の男性でそんな笑顔見た…
「これは大変失礼致しました。
私はリーネ様の使い魔で、キューブと申します」
ヒジリとは違って悪意の無い笑顔だった。
「「 使い魔・・・? 」」
「はい。リーネ様の使い魔でございます」
確かにこのリーネの街には結構な数の使い魔は居た。
しかし此処まで完璧な人の姿を見るのは初めてだった。
そして何より、気になった事がある。
「どうやってこのフロアに来たの?」
ヒジリも気になっていたらしく真剣な顔でキューブを見つめる。
「はい。リーネ様がいらっしゃいましたので?」
ボクもヒジリもキューブ1人しか見えていない。
周りをキョロキョロしていると、それにキューブが気付き、話を続ける。
「透明化などと言う陳腐な物ではございません。
今もココにいらっしゃいますよ」
ヒジリと顔を見合わせる。
・・・ キューブ、周りに気配はない。私を出せ ・・・
どこからともなく声が聞こえる。
「かしこまりました。リーネ様。少々お待ちください」
キューブがそう言うと目を瞑り、
「人型解除、オリジナル
青髪、碧眼の女性は宙に浮き、膝を抱えて小さくなっていく。
目の前でキューブと呼ばれる女性はボクの掌に乗るくらい小さな黒い匣になった。
カタンと小さく音を立て床に落ちた。
落ちると同時に魔法陣が展開し、光と共に人影が見えた。
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