第9話 邂逅

ハツキは究極の試練に立たされていた。

もちろん理性との戦いである。

理性が少しでも負けたら自分自身の人生が終わる。

そんな究極の戦い。


「ねぇ?ハツキ何でさっきからブツブツ一人で喋ってるの?聞いてる?」

「はぇ?何か言いましたか?」

ヒジリとの会話がまったく頭に入らない。

なぜか背中だけではなく、頭まで洗われている状況。


「だ~か~ら~!この首にある痣って昔からなのかって聞いているの?」

「なにそれ?なにかあるの?」

「うん。黒い小さなホクロみたいなのがあるよ」

「知らないよ!大体そんな所、自分では見えないし気付かないじゃん」

「そうよね。気付かないか~。よし!終わり!次はハツキが洗ってよ」

「あ・・・はは・・・ボクも洗うの?や、やめませんか・・・?」

「いいから洗ってよ!但し背中だけね。ってあんた鼻血!!!ノボせたの?

上がって血を止めてきなさい。あと、体はちゃんと拭くのよ」


助かったとハツキは心底思った。

決してエッチな事なんて考えてないぞ。ただノボせただけだと自分に言い聞かせながら、

脱衣所に、向かった。


濡れた体を拭きながら、ヒジリに言われた事を思い出す。

黒い痣か。気になって首筋に触れてみる。

痛みも痒みもない。違和感もない。

父の体にあった黒の模様を思い出す。

あれは何だったのだろう?今となっては謎のまま答えは出ない。

そんな事を考えながら服を着る。


不意に風呂場から呼び掛けられた。


「ハツキ?まだそこにいるの?ちゃんと鼻血の処置しなさいよ!

それに・・・」

「止まったみたい!もう大丈夫だよ」と返事をする。

「そうじゃなくて、いつまでもそこにいられたら、あたしが出られないじゃない」

フェードアウトするかの様な声。


なるほど!これはいい機会だ。仕返しが出来そう。


「ヒジリごめん。なんか鼻血出過ぎてフラフラするからもう少し待ってもらえる?」

笑いを堪えながら返事をする。

「そ、そうなの。わかったわ・・・具合が良くなって来たら声掛けて」


ふっふっふ~。その場に座り込み休憩する。


風呂場からまだ~?とかそろそろ大丈夫じゃない?とか聞こえるが

無視をする。


ガチャ!

うん。ヤバい。限界点を見誤った。


「いい加減出てけ~!」

と理不尽な切れの良い蹴りをもらい脱衣所から追い出されたのであった。


少しでも機嫌を取るため、ジュースでも準備しておこう。

飲み物を準備するため台所に向かう。


ふと外に目をやると、夜空には綺麗な満月。

空が月に照らされ明るく感じる。


「今日は雲が無いからすごく綺麗に見える」

思わず口に出してしまうほど綺麗な満月だった。

「ホント綺麗な満月ね」

ヒジリがいつの間にか隣に立っていた。


「ボクの名前ってハツキでしょ?」

「そうよね?どうしたの急に?」

「ボクが生まれた時も雲一つ無く、綺麗な満月が夜空を照らしていたんだって。

月がまるで夜なのに晴れてる空みたいに綺麗に照らしてた。

だからハツキって名前付けたんだって」

「ステキな名前の由来ね。大事にしなくちゃ」

ヒジリが微笑みかける。ハツキも微笑み返す。


長風呂させたせいかヒジリの顔が赤くなっていた。

「なにか飲む?ジュースがいい?それとも牛乳がいい?」

「なんでキミは良い話のあとにそうやって雰囲気を壊すかな?」

「ほら!すぐ怒る。笑う所じゃないか?カルシウム足りてます?

牛乳飲みます?」


他愛も無い話がいつまでも続いた。

2人とも久しぶりの独りでは無い夜。

お互い温もりを感じつつ打ち解けていった。


しかし慌しい日は続くものである。

幸せな時間を悉く打ち砕く。


奥の部屋から物音がする。

「ハツキ気付いてる?」

「今、気付いた。なにか居る」

「盗賊?」

「いや、この村には普通の人が発見しにくい結界が張ってある。

気付いたとしても正面の門からしか入れない。そして正面には門番が居る。」

「じゃあ何?」

「能力持ちの盗賊だ!」

ハツキが悲痛な顔で答える。

「ちょっと待ってて!追い払ってくる。」

「大丈夫なの?あたしも付いていくよ」

「来ないで!あの部屋には入って欲しくないんだ」

そう言って奥の部屋に向かった。


「嫌な予感しかしないわね。そしてこの感じ前にもどこかで・・」

そう思った瞬間、ハツキが向かった部屋の方から大きな物音がした。

ヒジリは椅子に掛けてあった 微風の外套エア・オーバーコート

腰に巻き急いで部屋に向かった。


嫌な予感って当たるのよね。。。

そう呟きながら音の原因を睨みつける。



「おやおや、お久しぶりです。 お嬢様・・・


忘れられない、忘れる事が出来ない モノ・・

自分の全てを奪った モノ・・

憎むべき モノ・・がそこに立っていた。


「ハツキに何をしたの?」

能力は消えていない。あたしかハツキが死んだら能力は消える。


「そんな怖い顔しないで下さい。綺麗なお顔が台無しですよ」

おどけながら男が答える。


「ふざけないで!」

怒りで自分を忘れそうになる。


「そのボウヤは少し寝てもらっているだけですよ。今日は確認しに来ただけです」

「逃げられると思ってるの?」

「はい♪」

男はお店にフラっと寄って、フラっと帰る感じで答える。

「すんなり、はいそうですか?とでも言うと思ってるの?」

「もちろん逃げる作戦は考えてますよ」

例えば・・・

男は腕で円を描くような仕草をする。

天井が光り、黒い物体がハツキに落ちてくる。


~~ 鬼手デーモン・ハンド~~


「ウソでしょ?発動確認無しで発動した。」

「あはは!何を言っているのです。人間成長するのですよ。

まぁ私は人間を捨てましたけどね」



・・・  自動発動オートアクション ・・・


・・・  狂神化バーサーカー  ・・・


・・・ 《弐回目》発動確認しました ・・・



「おや? あなたも・・・・人間を捨てたのですね」


狂神化したヒジリは落ちてくる鬼手を難なく破壊する。

そして男に向きを変えた。


「ほう。向かって来ますか。しかしまだ甘い。

そんな力で私には勝てませんよ」


「だ・・・れ・・・だお前・」

ハツキが目を覚まし男に問う。


「まだ寝ていれば幸せだったのかも知れませんね。

トレース・・・・君」


トレース?白い鬼?なんでここに白い鬼が居る!?


「面白いものを見せてあげます」

そう言うと同時に周り一帯が真っ暗になる。

先ほどまで雲一つ無く明るかった空が。


「YES」


狂神化したヒジリが男を掴み掛かる瞬間、黒い霧が立ち込める。


「私からのプレゼントです」


狂神化したヒジリが倒れこみ、元の姿に戻った。


「え!?ヒジリ??なんで白い鬼がヒジリになったの?」

「本人だからですよ。理由は自分の口で聞いてください。それではまた会いましょう」


黒い霧が晴れると共に男は姿を消した。


「なんで?なんなんだよ!いったい!!!」


空が明るくなってくる。

月明かりが照らす空ではなく太陽が昇り照らす空。

長い夜が終わり新しい一日が始まろうとしていた。

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