第8話 温もり

必要最低限の物しかない家の中。


「ボク1人だからね。必要な物もあんまり無いし。

ご飯を食べて、お風呂に入れて、寝れればいいかなってさ」


「散らかってるって言うから、足の踏み場もないのかと思ってたわよ。

あたしがお掃除してあげなくちゃ!とかね」


ちょっと待っててとハツキがそう言うと奥の部屋に向かった。


ヒジリは周りを見渡す。

「ホントなにもないわね。掃除もなんか行き届いてるし。

食器も鍋も綺麗だし。なにが散らかってるのかしら」


「あんまり家捜ししないでもらえます~?」

ハツキはなぜか息を切らせて戻ってきた。

「ん~~??エッチな本とかあるのかなって思ったからさ」

「無いから!!!」

「あっ!わかった!奥の部屋に隠してきたんだな♪」

「行かないで!その部屋は駄目」

奥の部屋に向かおうとしたヒジリの腕を掴み、真剣な声、真っ直ぐな瞳で見つめる。


「わ、わかったわよ。行かないから心配しないで」

「約束だよ」

ハツキは安堵の表情をする。


「よし!今日はお姉さんがご飯を作ってあげます。ハツキ君はなにが好きなの?」

「ヒジリご飯作れるの?なんかノウキん・・」

ゴツン!ヒジリの拳がハツキの頭を襲う。

「ハ~ツ~キ~!!!食べたいの言いなさい!今すぐ!!!」

「はい!ボク、カレーが食べたいです。」

カレーなら失敗は無いだろうとハツキは思う。

カレーなら失敗は無いと思ってるなコイツとヒジリは思う。


「おっけ~!カレーね。甘いのと辛いのどっちがいいの?」

「辛い方がいい」

「りょ~かい!疲れてるだろうから休んでなさい」

「は~い(期待しないで待ってます)」

フォークがハツキの頬を掠める。

恐る恐る顔を上げると爽やかな笑顔でヒジリが微笑んでいた。

(悪魔が居る。ボクの家に悪魔が居る・・・)

「ハツキ、聞こえてるからね」

「ゴメンなさい」

素早い身のこなしで床に額をゴンゴンと打ち付け心の底から詫びた。

それを見て笑いながらヒジリは料理を始めた。


「自分以外の人にご飯作るなんて久しぶりだな。

なんか嬉しいな。美味しく出来たらハツキ喜んで食べてくれるかな」


トントンと心地よい包丁とまな板の音。

その音を気持ち良さそうに聞きながらハツキは夢心地になる。


「夕食を誰かに作ってもらうなんて久しぶりだな。

例えどんな味だって絶対に美味しいって言おう。あんなに楽しそうに

ボクの為にご飯を作ってくれてるんだ。感謝しないと罰が当たっちゃうよね。

主にヒジリのだろうけど。」


ハツキの遠い記憶。まだ父も母も生きているころ。

この家でこうやって母が料理を作って、父とボクは夕食を楽しみに待つ。

頼もしい父の膝の上で、優しい母のカレーを食べるそんな記憶。


「出来たわよー。ほら!ハツキ起きなさい」

バシバシと遠慮なく頭を叩かれ目が覚める。

どこから引っ張り出してきたのか分からないがエプロン姿のヒジリ。

凶暴ではあるがやはりカワイイ。

大丈夫?と顔を覗き込む。顔が近い。顔が紅潮するのが自分でもわかる。


「なに?おはようのキスでもして欲しいの?」

小悪魔の笑顔でヒジリが問いかける。

「そんなわけ。。。あるかもだけど今はお腹空いた。

ヒジリが作ったカレー早く食べたい」


あるんだ。と今度はヒジリが顔を赤くしてそそくさと台所に向かう。

フフフ!今度はボクの勝ちだと!小さくガッツポーズを決める。


「ヒジリちゃんの 愛情・・たっぷり特製カレーです♪」

「お~~~!ちゃんと作れるんだね」

ピシっ!

ヒジリが持ってるお盆にヒビが入り、無残にも二つに折れる。


「おいしそ~!いただきます」

お盆よどうか安らかに・・・


「はい♪召し上がれ」


ハツキが嬉しそうにスプーンを口元に運ぶ。

それをヒジリが嬉しそうに見ている。期待と不安を含みながら。

「どう?おいしい?」


「う、うん。おいしいよ...」

ハツキが目に一杯の涙を溜めて。ガマンしてもガマンしても。

もう止まらない。


え?なにか作り方間違った?え?普通に作ったわよねあたし。どうしよう?


「ごめんハツキ。あたし失敗しちゃったかな?味見してなかったし」

「違うんだ。違うんだよヒジリ。美味しい。本当に美味しいんだよ。

お母さんが生きてたらこんなカレーを作ってくれたのかな?愛情たっぷりで

作ってくれたのかな?美味しいよヒジリ。ありがとう。ヒジリ」

痛覚の無いハツキにはカレーの味はわからなくなっていた。辛さが無いカレー。

でもそれでも美味しいのだ。

愛情が伝わる。

自分の為に、自分を想って作ってくれた。それが今のハツキには嬉しかった。


「一緒に食べてよ。ヒジリ」

止まらない涙を拭いながら。


そのまま会話も無く。

静かな幸せに包まれて。

夕食は終わった。


「ごちそうさまでした~」

「お粗末さまでした♪」

ハツキの涙は乾いていた。

ヒジリが作ってくれたカレーで心は満たされていた。


「お風呂洗ってくるけど、ヒジリは着替えとか持ってないよね?」

「そうね。あったらハツキの服を今でも着てないわね」

「それじゃボクの服、 着れる・・・ようだから準備しておくね」

と何気なく言ってしまった。


ハツキの側で微風が舞った。

「ハツキ!嫌味かしら今のわ?胸が小さいと言いたいのかしら?」

「違います!違います!すみません。ほんとすいません」

さっきまでの幸せが・・・と思いつつ綺麗な土下座をする。




「ヒジリ〜!お風呂沸いたからお先にどうぞ」

「あたし、後からでいいわよ!ハツキ先に入っておいで」

ニヤニヤとした笑顔でヒジリが答える。

絶対何かする気だ。なにかしようとしてる笑顔だ。

そして反抗出来ない笑顔だ。ヤダ。この人怖い…


「わかった!それじゃ先に入るけど覗かないでね」

「それあたしが言う台詞じゃないの?」

後ろからなにやら怪しい笑い声が聞こえるが聞こえないフリをして風呂場に向かった。


「あーーー!疲れた。ほんと疲れた。

そしてほんと死ぬかと思った。でも帰って来れたし、

こうやってお風呂に入って癒されて。」


お湯の温かさはもうわからないが癒された。

そんな気がした。


湯船に浸かり色々あり過ぎた出来事を思い出す。


「能力。代償。モンスターの進化。真っ白の鬼。

怖い思いもたくさんしたけど、村に帰ってきてからは幸せだな。

夕食も幸せな気分で食べられた。

ヒジリが作ってくれたカレー美味しかったな。

今度は違う料理も食べてみたいな。

なにもしなければすっごくかわいいのに。

なんであんなに凶暴なんだろう」


ガタっ!ガタガタ。


ハツキの脳裏にイヤな予感が…


「まさか、あの部屋に!」

急いで湯船を出て、ドアに手を掛けた。

ガチャ。


目の前に腰まである手入れがキチンとされてる銀髪、

細く綺麗なライン、透き通る様な白い肌の少女が立っている。


「きゃーーー!」



なぜか胸と下半身を隠す。

ハツキ。


「だから、なんであんたがそう言う反応するのよ!」

呆れた顔のヒジリが呟く。


体をバスタオルで包み堂々と立っている。


「折角だから背中でも流してあげようかと思ってね」

「いらない!いらないから出て行って」

「ほほう!あたしと力比べをしちゃいますか?」


ダメだ。こうなったヒジリは止められない。

諦めるのが一番だ。


こうしてハツキにとって人生で一番長い夜が始まった。

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