第45話 決意と約束

「僕が零を殺す。だから、これからは死ぬ為に生きるんじゃなくて、生きる為に生きてよ。零が満足をしたら、僕が零を殺してあげる。だから僕が生き飽きるくらいに、これからも零は生きてよ」

「どうして、そんなことをするの……。おかしいよ、喩はおかしい。私は死ななくちゃならないって、そう何回も言っているでしょッ!! なのにどうして、喩は私を生かそうとするの、こんなの間違ってる!」

「間違ってないッ! 僕は零の本当の気持ちを代弁しているだけだ!」

「私の気持ち? だから私は死にたいって言っているでしょ! 私の気持ちを勝手に決め付けないで!!」

「そうじゃない。異能の力とか祟りとか、そんなもの全部を抜きにした、零の本心を言っているんだ。理屈を抜きにした零の感情そのものを言っているんだ。自分のことしか考えていない、エゴイストを自称するのなら絶対に生きたいって言うはずだ。だけど零はそうじゃない、誰かの為に死ぬことを恐れない。それを迷わず実行し、実行させる。だからこそ零は生きるべきなんだ」

 エゴイストを自称するならばどんな状況であっても生きると言うはず。しかし、そうは言わない零の実態は真逆であり、だからこそ生きるべきである。そんなことを宣う喩に零は反論できなかった。正しさではなく、その気迫に、語気が生む説得力に。故に零は話を逸らした。

「じゃあ、これからも生まれていく私の子供達はどうするの。黙って見過ごせって言うの!? 私にはそんなことできない。たとえ、私が生きるべき人間であったとしても、それでも私が持つ祟は消え去るべきなの!!」

「そんなもの、零が救えばいいじゃないかッ!! 何のために、零の【全能】があるんだ!! それはどんなことも可能にするんでしょ!! たとえ、祟りが解けなくても、呪いが解けなくても、それでも僕みたいに異能の力を持つ人間全てを、救うことくらい簡単なはずだ!!」

「……ッ」

 零の言葉が詰まった。それでも零は否定する。自分は死ぬべきだと。それがこれまでの零の生き方だった。それを簡単に変えることはできない。

 たとえ他人の、喩の生き方を分かりやすく良い方向へと変えることはできても自分の生き方を変えることはできない。

 脳をフル回転させて零は喩の言葉を否定する。

「そんなことをしてもキリがないじゃない。永遠に、終わらない、じゃない……」

 しかし、その零の言葉は語尾に近づくにつれて尻すぼみに小さくなっていく。

 永遠に終わらないのは零も一緒だ。だから、それこそ異能の力を持つ人間が滅亡するまで、零が救い続ければいい話なのだ。時間は永遠にある。永遠に延々と営々に救い続ければいい。

 論破という訳でもない。やはり零が死んでしまった方が根本的な解決になる。零が生きることで異能の力が存在し続け、故に生まれる悲劇を零が救う。それは単なる応急処置のようなものでしかない。

 それでも零は反論ができなかった。

「僕は僕のエゴで零に生きて欲しいんだ。約束する、零が本当の本当に死にたいと思ったなら、僕は零に失望して、確実に僕は零を殺す。だから、それまで必死に生きて。僕はずっとずっと零の側にいる。いつでも、僕は僕の意思で零を殺す覚悟がある」

 零は優しい。正確に言えば責任感が強く、自分で抱え込み、結論を急ぐ。正しいと思ったことを突き進み、【全能】故に全てを正解にしてしまう。

 だから喩のその言葉を、その気持ちを、その想いを跳ね除けることができなかった。

 喩は零に唆された涙に裏切られてからの三年で大きく歪んでいた。信頼や信用、その他諸々の喩が向ける感情一つ一つが重く大きく、相手にのしかかる。普通ならば、その重みに潰されてしまう。そしてそれらの中で最も重いものである恋愛感情を喩は、ありのまま零にぶつけた。

 その思いは元を辿れば零が原因だ。喩の重い想いは零が作った。

 どんな存在も持ち上げることのできない重い石を神が生み出し、それを全能の神が持ち上げることができるかどうか。よくある定番のパラドックス。

 少なくとも、神の生み出した重い意思は【全能】の神すらも跳ね除けることができなかったらしい。

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