第44話 願い

 その問いに喩は答えない。そもそも、その問いは間違っている。

「零は死ぬ必要なんてない。この世界に死ぬべき人間は幾らでもいるけど、零はそうじゃない。零は誰よりも優しくて、誰よりも僕達異能の力を持つ人間のことを想ってくれている」

「私が生きていてもいい? そんな訳がないでしょ……。私が何もしなくても、喩は理不尽な目に遭っていた。皐は両親と引き裂かれた。他にももっともっと、苦しんでいる人がいる。みんな、みんな私の大切な子供なのよ。それなのに、私はその大切な子供達を苦しめている。全部、全部、私のせいなのよ」

「そうだね、全部、零がキッカケだ。零がキッカケで僕達は理不尽な目に遭っている」

「じゃあッ!」

「だけど、零は目に付く人をみんな救っていったじゃないかッ!! 僕や涙だって最終的には和解したし、僕自身も零のおかげで弌や笑に救われた。皐だって救われた。それにさっき、【不老不死】に絶望した人から【不老不死】を取り除いたって言ったよね、それだって救いだ。零は誰よりも、どんな人間よりも、どうしようもなく優しい」

「違うッ! 私は優しくなんてない。私はみんなを利用して、自分が死ぬことを考えていただけなの……ッ」

「だったら最初から、涙を唆したのは自分だって僕に言えばよかった。それだけなら僕は、純粋に零に殺意を抱いたはずだ」

 零について何も知らず、唐突に現れ、「実は涙の裏切りは私が唆したものなの。今の彼女は大好きな喩を裏切ったことで精神崩壊しているよ」と、そんな風に言われたならば、喩は間違いなく激昂し、零に純粋な殺意を抱いていただろう。そして、そのまま殺してと言われたならば、喩は迷いなく殺していただろう。

「だけど零はそれができなかった。もともと零は、僕と涙を和解させようとしていた。だけど弌と笑の存在を知って、それも予定に組み込んだ。皐の件だってそうだ。ついでって言っていたけど本当に死ぬことだけを考えていたなら、ついでなんて言葉は出てこないはずだ」

「だから、違うの。私はただのエゴイストよ。私は喩が肯定する程、優しい人間じゃない」

 喩は、自己否定をしたがる零を徹底的に肯定し続ける。そうすれば零がムキになって反論し続けようとするのが分かっている。零が自らを否定しようとするのが分かっている。だから喩はそれを更に肯定する。

「人間なんて全員エゴイストだ。だけど零はそうじゃない。零と異能の力を持つ人間には確かに血の繋がりがある。だけど何百年と経って、ないに等しい程度の薄い繋がりだ。それでも零は自分の責任だと言って、責任を取ろうとしている。ほんの少し関わったから、知っているから、それだけの理由で救おうとしている。そんな人間のどこに、優しさがないって言うの?」

「……違う、違う、違うの。どうして、どうして分かってくれないの!」

「僕は絶対に分からないよ。零は涙を唆して、僕を嵌めて、だけど最終的には全部、まるでご都合主義の物語みたいにまとめてくれた、そんな恩人なんだ。そんな恩人を今の僕は殺せないし、殺さない。今の僕は零に、感謝しているんだから!」

「恩人? 感謝? 違う、そうじゃない。私はそんなものを求めてない。私が欲しいのは私への殺意だけ。それ以外は何も求めていないの」

「もう遅いよ。僕は零を殺せないし、絶対に殺さない」

「だったら次の時を待つだけよ。【不老不死】は私を、絶対悪を殺す為の絶対善。喩が無理ならすぐに【不老不死】の人間は生まれる。だから私は、次の【不老不死】の人間に殺される。それが無理なら次、そうして死ぬ時まで私は待ち続ける」

「そんなことを、させる訳がないでしょ」

「喩に止めることなんてできないよ。これは定めなの。私は【不老不死】の人間に殺される。それが私の運命であり、異能の力を持つ人間の運命。それこそ、神の力でもない限り、止められる訳が――」

 そこまで言って零は気付いた。喩が何を考えているのか、喩が何をしようと、何をしでかそうと思っているのか。

 そもそもの話、喩が零と共にする理由になったもの。零が建前として利用していた、零が持つ全ての異能の力を使えるという【全能】の、もう一つの力。

 神ではなく人間がその力を使うが故に三つの条件が課せられていた力。一つ目は零と恋仲になること。二つ目は過去を乗り越えること。三つ目は零を殺すこと。それらは一応、全てにおいて達成している。

「対価は全て支払った。だから僕には一つ、願いを零に叶えてもらう権利がある」

 あまりにも利己的でもし神にそれを望むのならば、不実だとそれこそ祟られるであろう願いを、喩は願う。何せ、零は既に零自身が喩に提示した対価を受け取っている。どんな願いも叶うのならば、どんな願いだって叶えて貰ってもいいのだ。たとえそれが、零の望まないものだとしても。

「僕の願いは【不老不死】を持つ人間がこれ以上一人たりとも生まれないこと、だ。――零を殺すのは、はるか彼方の未来の僕の役目だ」

 発言した時点で喩の願いは叶った。これ以降、【不老不死】は生まれない。零を殺すことができるのは喩だけとなった。自らが零を殺す役目を背負うと、零に、そして神に宣言したのだ。

 だから、と続けて喩は願いを告げる。それは叶える願いではなく、懇願だった。ただのお願い。単純な願いを、単純で無思考、短絡的にそのままぶつけた。

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