第42話 もう一つの。

 そこで喩は三つのことに気付いた。一つの発見と二つの疑問。サバイバルナイフの刃の先端が皮膚に触れた瞬間だった。

 一つは、零に傷が一つもないこと。

一つは、自らは何故涙に心臓へサバイバルナイフを突き刺されたというのに生きていたのかという疑問。

そして最後の一つは、何故自分は【不老不死】が異能の力であることを知っていたのかという疑問。

 喩の推測は知っていることを基準に答えを導き出すものだ。故に根拠になり得るのは喩の知っていること。ならば何故、喩は【不老不死】について知っていたのか。

 これまでにそんな異能の力を持った人間はいなかった。知っていれば恐らく、もう少し早く零の正体を看破していたはずなのだ。

 まるで、この時になって【不老不死】について思い出したかのように、初めから知っていたかのように、喩は【不老不死】が異能の力であることを根拠にしていた。

 そこで更に推理が成り立つ。自らが持つ異能の力について本人が詳しく知るのは、その事象が異能の力であると認識した時だ。その時に、まるで思い出すかのように知ることができる。

「……まさか」

 思い立って、迷わず自らの手の平をサバイバルナイフで突き刺す。手の甲にまで刃が飛び出し、血が軽く飛び散る。

 痛みを堪えながら引き抜くと血が逆噴射し、同時に傷口が逆再生のように塞がっていく。そう意識しているからその力が働いているからなのか、それとも初めからそうだったのか。

 喩はあからさまに圧倒的な治癒力を持っていた。

「……そういう、ことか」

 思い出すように、改めて【不老不死】の力を理解する。つまり、自らの持つ力を理解する。

 【不老不死】は、自らの体を永遠に最盛期の状態に保ち続けるという力だ。相も変わらず理屈は分からない。

 そして、【不老不死】は【全能】の中に含まれるとはいえ、異質の塊のような異能の力の中でも異質性極まる力であり、故に【不老不死】は他の人間の【不老不死】を打ち消すという特異性がある。しかし、【不老不死】が他の人間の【不老不死】を打ち消すには一つの条件がある。それは相手と特別な関係になっていること、そして明確な殺意をもって相手を殺すこと。

 【不老不死】を理解し、そして零の意図に気付く。

「だから、こんなことをしたのか」

 一つ目の対価は【不老不死】を打ち消す為の条件の一つ目を揃える為。二つ目の対価は二つ目の対価を打ち消す為。涙を裏切らせたのは合理的に条件を整える為。

涙を唆して裏切らせ、それが自分のせいだと遠回しに告げて、【精神干渉】を用いて感情を引き出し、条件を満たした後に自分を殺させた。

手際と要領の良さは完璧だった。しかし、零にすら想定できない事態が起こった。

「……零、起きて。生きてるんでしょ。……失敗したんでしょ、自殺」

 そう言って喩は、つんつんと零の頬を突く。優しく、安心仕切った表情で。零が死んでいないことを確信して。

「バレちゃった、か。あはは……はは……、どうしてだろう。ちゃんと考えたのにな」

 すくっと起き上がって零は笑う。せめてもの強がりだった。これすらも計算済みだと、そう思わせようとしていた。

「どうして、かなぁ。やっと、やっと死ねると思ったのにな。やっと、責任を取れると思ったのになぁ……」

 乾いた笑みは、枯れ果てた笑みは、露骨に諦観を示していた。

 零の責任を取るという言葉は、巻き込んだ喩に殺されることで喩に対しての責任を取るという意味であり、異能の力を持つ人間全てが経験し、これから経験するであろう悲劇の全ての責任を取るという意味だった。

 零はその為に生きており、その為に死のうとしていた。

「【精神干渉】で僕の怒りを引き出した。それは、僕が怒りを抑え込んでいたからだよね。僕の殺意を零は引き出したけど、【不老不死】を打ち消す為の殺意に値していなかった。だって僕はその感情を理性だけで抑え込めていた。だから失敗した。多分、そういうことだと思うよ」

 喩が持っていた殺意の感情は、【不老不死】が零の【不老不死】を打ち消す程の殺意はなかった。殺意に昇華する程の怒りだったが、殺意としては微々たるものだった。

「ねぇ、零、零の事情を聞かせてくれないかな。僕が弌と笑に聞いてもらったように、零は僕に零の全て話してくれないかな」

 喩のそれは好奇心だ。神に祟られた人間である零の、そうなるに至った経緯について喩は興味を持ったのだ。

 いいよ、と零は笑う。零のそれは自暴自棄だった。

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