第41話 終

 涙がいた部屋。そして涙が鎮座していた場所。そこに零がいた。堂々と、玉座のような椅子に腰掛け、喩を待っていたらしい。さながら、あらゆるものの頂点に立つ王者のよう――あるいは神のよう。

 零が持つ雰囲気だけではなく、その部屋そのものに異質さが存在していた。正しく言うならば神聖さがあった。

 そして、それすらも喩にとっては情報であり、自らの推理の根拠に成り得る。

「……零。やっと分かったよ、全部、分かった」

「一応、聞いておこうかな。どこまで喩は分かってるのかな?」

「全部だよ。零の正体も、零が持つ【全能】の正体も、零が何を企んでいるのかも。どうしてそうなったのかは分からないけど、零のこと、全部分かった」

「そう。じゃあ、説明してもらおうか。私は一体何者なのか」

「数百年前に神から祟られた張本人。零の【全能】は異能の力なんかじゃなく、神から神の力そのものを押し付けられた、そういう祟りだ。そして僕、涙、汀さん、圭、皐……、それだけじゃなく、異能の力を持つ人間の祖先、始祖。僕達はみんな、零の遠い、遠い子孫だ」

 異能の力は祟りの残滓であるというのは圭から得た情報だ。異能の力が祟りの残滓、残り滓であるならば、祟りそのものとは一体何なのか。――その答えが、【全能】。

 異能の力は受け継がれる。【全能】という祟りが、異能の力として受け継がれ続ける。そして、その受け継がれていく中に喩や涙、汀、圭、皐がいた。遠く離れ過ぎて、あまりにも薄まってしまってはいるが、喩を含めた全員には零と同じ血が流れている。

 圭が言っていた、他の異能の力と【全能】はそもそもの質が違うと、それは祟りそのものとその残り滓という違いであり、神そのものの力と人間から人間に受け継いだ特殊な力との違いだった。

「そして零の目的は祟りから、【全能】から――【不老不死】から開放されること」

 【不老不死】。神が神たる理由にすらなり得る異能の力。【治癒】の最上位であるその力すらも【全能】の中には含まれている。

「【不老不死】。老いることなく、死ぬことがない。裏を返せば、老いることができず、死ぬことができない。【不老不死】のせいで永遠に零は生き続ける。零が生きるということは、祟りの対象が生き続けるということは、同時に異能の力が永遠に存在し続けるということになる」

 成長期である時期はとうに過ぎ、零は【不老不死】故に姿形が変わることなく、この三年間を過ごしていた。零は【不老不死】故に不変だった。

 異能の力は祟りの残滓であり、その祟りが消えてしまえば異能の力も消える。それは祟りが消えない限り、異能の力は残り続けるということだ。零がいる限り異能の力は在り続け、零がいなくなれば異能の力は消える。

「だから零は、どうにかして死のうとしていた。そしてその為に僕を、僕と涙を利用した。涙を唆して僕に危害を加え、僕に異能の力を消したい動機を作り、異能の力を消す代わりに対価を支払わせるという名目で協力させようとしている。どうかな」

「……九十点」

 小さく、呟いて零は乾いた笑みを見せる。

「自殺をしようなんて思ってないよ。っていうか、私は自殺することができない。例え、私は私自身を素粒子レベルに分解しても、この世界に存在し続ける。だから異能の力も消えない。私が死ぬには条件があるの。だから、その条件を整えていた。そして今、ようやく揃ったの。この状況が作りたかった。この状況を私は、何百年も待ち望んでいたの」

 喩、と零は歓喜に震えながら声を漏らす。そして残った、最後の一つを使う。

「三つ目の対価。――私を殺して、そして私をこの世界から開放して」

「無理だ。僕は、零を殺せない」

「……だろうと思った。だけど、それでいいの。喩は抵抗した。私が喩に【全能】を使って、私を殺させたの。だから、私が死ぬことを、私が消えることを喩は悲しまなくてもいい。私が勝手に死んだだけだから」

「待って、零ッ! 話を聞い――」

 一瞬だった。喩が言葉を言い切る前に、零は【転移】し、喩の後ろに回る。振り向こうとした喩を後ろから強く抱きしめる。つまり、触れた。

「ッ、しまッ」

 同時に喩の心の中から怒りが引き出された。【精神感応】によって零は喩の心と無理矢理繋がり、喩の心の奥にある、零に対する怒りの感情を引き出したのだ。

 具体的には自分の都合の為に自分や涙を巻き込みやがってという怒り。しかし、その怒りは喩が抑え込むことのできていた怒りの感情だった。それを零は引き出した。そしてその感情は昇華し、殺意と変わった。零への明確な殺意となって現れた。

 零の【精神感応】は、感応以上の力を持っている。感応するだけではなく干渉することができる――【精神干渉】。零はそれを用いた。

 同時に喩の体の支配権は、喩の理性から喩の感情へと移った。

 怒りによる興奮状態。感情に任せて、火事場の馬鹿力に例えられる人間のパワーリミットをあっさりと超えた怪力で喩は、零を殴り飛ばしていた。それだけではない、確実に零を殺そうとしていた。思いつく限りの方法を即決即断し、徹底的に零を殺そうとしていた。

 喩は片手で零の首を掴み、壁に押し付け、押し潰そうとする。そして、いつの間にかもう片方の手には、涙が喩を突き刺したのと同じサバイバルナイフが握っており――零によって握らされており――、喩はそれを一切の躊躇なく零の心臓に突き刺した。

 怒りであり、復讐だった。零の唆しによって、涙は喩を傷付けた。零が涙に唆さなければ、もしかすれば二人でどうにかなっていたのかもしれない。それを零は破綻させた。そういう怒りすらも零は喩から引き出していた。

 零は喩がする全ての行程を受けても、笑顔だった。やっと死ねる。それが零の全てだった。

「……ありがとう、たと、え」

「……ッ、あ……、あああ……ッ!!」

 感情から理性へと、体の支配権が戻り、喩はその場に崩れ落ちる。泣き崩れる。同時に零の体も床へと倒れ、鮮血が床を塗りたくっていく。

 鼓動はない。零が死んだ。異能の力は消え、全てが終わった。

喩は力なく泣き崩れる。どうしていつもこうなのだと、喩は思う。どうして自分の恋は実らないのだと、思う。

 喩は、零のことを好きになっていた。

 理由なんてものは存在しないのだろう。そもそも、その前であり初めての恋すらも、実際問題、長期間一緒にいたからの恋だった。

 零もほぼ同じような理由だ。秘密を共有し、長時間を一緒に過ごした。そして、元恋した涙に風体がどことなく似ていた。たったそれだけの理由で、喩は零を好きになった。単純な理由だが、それでも喩の恋愛感情は本物であり、紛れもない本心だった。

 そうだというのに、そんな感情を安々と破壊して、自らの怒りによって零を殺してしまった。

 異能の力はこれでなくなるのだろう。故にこれから一生、誰も異能の力の呪いによって苦しむ人間はいなくなるのだろう。

 しかし、零の死は喩にとって、異能の力を消すという何よりも強い願いだったはずのそれよりも、遥かに大きなものだった。

 また喩は繰り返す。今度は人間を信じられなくなるのではなく、自分自身を信じられなくなる。自分がいかに最低なダメ人間かを惨めに痛感し、その果てに好きな人を自らの手で殺してしまった。【全能】による【精神干渉】だから、などという責任逃れは喩にはできない。ただひたすらに喩は自分を責める。人間不信ではなく、自分不信。

 自己否定と自己嫌悪によって喩は自分を、世界で最も醜い存在だと認識してしまう。そうなれば喩のスタンスは、これまでとは真逆になる。

 これまでの世界が悪く自分は悪くないというスタンスから、自分が全て悪く世界は何も悪くないというスタンスになる。根源悪であり、絶対悪であり、不必要悪。喩は自らをそう定めた。

「だったら、ここで僕も一緒に……」

 丁度、自らの手にはサバイバルナイフが握られている。涙によって自らの心臓を突き刺され、そしてたった今、零の心臓を突き刺したサバイバルナイフ。これで今度はまた、自らの心臓を突き刺そう。何ならば抉り出そう。

 全てを終わらそう。そう思って最期に、傷一つない笑顔のままの零を見つめ、躊躇なくサバイバルナイフを自らの心臓に突き刺――。

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