第35話 一つの可能性

 しかし、弌はそれを否定する。

「ううん、会うべきだと思う。っていうか会いなさい」

 天命涙には会うべきだと、零と関わるべきだと、弌は告げる。

「……どうして?」

 裏切られた気分になった。それでも裏切ったのではなく、そういう気分になっただけだ。弌は絶対に喩を裏切らないという信頼が、信用があるからだ。これまでならば絶対にしなかった、そして持たなかった信頼を二人に寄せているからだ。

 だから弌の言葉に意味があると、喩は迷いなく信じることがした。

「初めて零さんに会った時だから取材の時だね、あの時に私達は零さんに喩のことをお願いって言ったのよ。あの時は異能の力のことを話してくれなかったけど、零さんには話していたみたいだったから。私達よりも零さんの方が適任だと思って」

 零に秘密を打ち明け、弌と笑には打ち明けていない。それを弌と笑は自らがまだ喩にとって秘密を打ち明ける程の人間ではないと理解していた。不公平や不平等に怒ることなく、自らの力不足を逆に恥じた。

「正直、私は任せてって言ってくれると思った。だけど、零さんは違ったの」

 零が言ったのは真逆だった。安心したような笑みを見せて、どこか嬉しげに零はこう言ったのだ。

ごめんなさい。それは、私の役目じゃない。その役目は――

「そこまで言って、丁度喩が帰ってきたの。そして、その続きは多分、こうだと思う」

 一呼吸開けて、少々気まずそうに弌はその言葉を紡いだ。

「――その役目は二人の役目だから」

 弌の言葉は単なる勘だが、喩はその言葉が正しいと思った。弌の口調からなのか、それとも別の理由なのか、弌の紡いだ言葉に説得力を感じた。

 ここからは少し暴論気味だけど、それでも聞いて。弌はそう言って更に続ける。

「零さんはさ、私達が喩を受け入れることを分かっていて、こんなことをしたんじゃないのかな。私達と喩とが分かり合えるように、こんなことを仕組んだんじゃないのかな」

 裏切ったのではなく、弌と笑が喩を受け入れることが分かっていたから、それでも喩は決して話そうとしないだろうから、こうして無理矢理な状況を作ったのではないか。

「……違っ……、ッ」

 反射的に出てしまった言葉は、しかし言い切れなかった。違う、と喩は言えなかった。

「……だとしたら、何の為に」

「ごめん、それは分かんない。だけど、会えば分かると思う。私さ、本当に何となくなんだけど、零さんは悪い人じゃないと思うんだ」

「……ん、まぁ、やったこと考えれば極悪人なんだけど、俺もそうだな。悪い人間には思えなかった」

「…………」

 喩は俯いて、考える。しばらく考えて、結論を出す。

「分かった。二人の言葉、信じてみる」

 答えは分からない。喩の推理力も、知らないことだけは答えを導き出せない。だから喩は初めて、人の言葉を偽ることなく信じる。

「覚悟は決まりましたか?」

 それまで黙っていた皐が口を開く。

「あまり伝言番代わりにされているのはよく思わないのですが、零には恩がありますからね。勿論喩にもありますけど、喩への恩は前に返しましたし」

 これは零への恩返しです。まぁ、色々とありがたいことを唆されましたから、と独り言のように呟いて、自らのスマートフォンを操作する。

 ピコン、と喩の端末が皐からのメッセージの受信を知らせる。正確には零から送られてきたメッセージを転送したもの。つまり、零のメッセージだ。

そのメッセージはとある場所を示していた。

「弌に笑、ありがと。結果は、あとで報告するね」

 そう言って喩は笑って【転移】した。

消えたはずの、そこにはいない喩の姿を見つめつつ、弌と笑は苦笑いを漏らした。やはり異能の力には少しの戸惑いを覚える。しかし、それもその内慣れるだろうと弌も笑も言い切ることができる。

「さて帰るか。宗教の件は使えなくなったから、新しい取材を考えなくちゃいけねぇしさ」

「だよねー。どうする?」

 しばらく経って切り替えるように笑が呟き、弌がそれに同意して呟く。少しの間、アイデアを出そうと唸り合った後、弌が思い付いたらしくぽんっと手の平を叩く。

「そういえば皐って、学校内でも結構噂になっているんだよね。ふふふっ、とりあえず近くの喫茶店にでも行こうか?」

「そうだな。次の特集は、「眠り姫がついに起きた! 驚くべき彼女の真相!」って感じだな」

「ッ、は、離してください!? そんな風に目立ちたくないです! っていうか、喩の方は心配じゃないんですか!?」

「はぁ? 喩がこれ以上失敗するはずがねぇだろ」

「そうそう、もう喩は大丈夫。だから私達は心置きなく、別のことに挑めるしね」

 何せ喩を信頼し、信用しているんだから。そんなことを言って弌も笑も笑う。それは本心であり、またこの状況でそう言えば断りにくいという、人間の空気を読む性質を知っているからこその発言でもある。

 そんな風にできるくらいに弌と笑にとってこの話はもう解決した笑い話となっていた。

「人間の良心を悪用しないでください!?」

 半ば連行されるように喩の家から連れ出される皐は、暴れながらそう叫んだ。

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