第34話 仲間との話し合い

 汀が行うように誘導されて過去を口に出すよりも、本人が自らの意思で口に出し、それを誰かに共有する方が、トラウマや頭痛の克服は明らかに早い。

 喩自身、ゆっくりと話していく内にほんの少し、少しずつだが心が軽くなっていくような感覚がした。

 喩が話したのは、全てだった。包み隠さず、全てを口に出し、弌や笑と共有した。

 物置きに閉じ込められ、涙が世話をしてくれたこと、涙を好きになったこと、涙に裏切られたこと、汀が匿ってくれたこと、圭と出会い『組織』に入ったこと、この街に来たこと、第二高校に入ったこと、そして零に出会ったこと、【転移】を消すという契約を交わしたこと、一つ目の対価が零と恋仲になること、二つ目の対価が弌と笑の前で【転移】を使うこと、そして今に至ること。

 異能の力の性質。――異能の力を持たない人間が認識すると嫌悪すること、異能の力は受け継がれること、異能の力は神と密接な関わりがあり、その実態は祟りの残滓であるということ。

 零の目的は自らのしでかしてしまったことの責任を取るということ。

 それら全てを話し尽くして、ふぅと息を漏らす。

 最初は小さな頭痛が起こったが、話していく内に収まり、本来なら話せないはずのことも無痛のままで話すことができた。

喩は自らのトラウマや頭痛をほぼ完璧に克服したのだ。

「ありがと、弌、笑」

 話し終えた喩は、そう言って笑った。皐は気を遣ってか喩の部屋から退室し、リビングでぼぅっとしていた。

「お前がそういう風に笑うの、初めてみた気がするな」

「そうかな。……うん、でも、初めてかも」

「あれぇ……?」

「はぁ……、しっかし、零さんは何がしたかったんだ? 目的が分からねぇ、何ていうか、全部が中途半端な気がするし」

「……もういいよ。弌と笑がいてくれたら、それでいい。それ以外はもう全部どうでもいいし」

「それは流石に重い」

「ん……?」

「そんなっ!? 僕達親友でしょ!?」

 全力でショックを受け、悲壮感を漂わせる喩。そんな喩に笑は呆れたように溜息を吐く。

「あのな……。友達とか親友とかはさ、依存するもんじゃねぇっての。悩みなり抱えてるものくらいなら幾らでも受け止めてやるけど、流石にお前自身が寄っかかって来られたら支えきれねぇよ」

「おっかしいなぁ」

「お互いに一人じゃ抱えきれねぇことを共有し合って、お互いに心を軽くし合う。それくらいでいいんだよ。くだらねぇことを話して、笑い合って、んでもって一緒に馬鹿やって周りから馬鹿にされて、でも楽しいからいいか、みたいなそんなのでいいんだよ」

「でもなぁ……」

「――って弌、さっきからうるせぇよ! あれぇとか、ん……? とか、おっかしいなぁとか、でもなぁとか、何なんだよ!? 俺のいい話が台無しじゃねぇか!」

「いい話って自分で思ってる時点で台無しじゃない。台無しっていうかろくでなしっていうか。いやね、零さんの話。喩の話を聞いて思ったんだけど、違和感があるなぁと思って」

 言葉には言い表せない、曖昧で微妙な感じ。

「違和感?」

 オウム返しに喩と笑が反応し、笑が続ける。

「そりゃ、やりたい放題してどっかに消えたんだから、違和感っていうか異質感くらい、普通にあるだろ」

「いや、そうじゃなくてさ。んー、何て言うんだろ。笑の言う通り、中途半端って感じが相応しいのかな。なんか、わからないんだけどさ」

「何が言いたいんだ?」

 三人が三人、はっきりとした答えが出ずにんーと声を唸らせる。しばらく唸りながら考えていると、皐がふらっと現れた。流石に退屈過ぎたらしい。

「あの、喩。そういえば一つだけ、零から伝言がありました」

「伝言?」

 三日前、零が喩の【転移】を露見させた日、その日の内に零からメッセージが送られてきたのだ。皐は送られてきた端的な文章をそのまま喩に伝える。

「まだ二つ目の対価は支払われていない、だそうです」

「……あ、そっか、中途半端なんだ」

 何かに気付いたらしく、弌が声を漏らす。

「どうしたんだ?」

「あ、そっか。そういうことか」

 喩も気付き、残りは笑だけとなる。最初から話に参加していない皐は軽く小首を傾げるだけだった。

「逆なんだよ。中途半端なんじゃなく半端なところで終わってるんだ。まだ途中なんだよ。つまり、零はまだ僕に何かをさせようとしているってこと」

「ああ、そうか、そういうことか」

 こちら側が終わったと思っていたから中途半端に思えるだけで、零としてはまだこれは途中なのだ。そして、完遂の為に零は皐にメッセージを送っていた。

 今のまま終わらせないように、零の目的が達成できるように。

「僕に対価を支払わせようとしている、ってことか」

 だけど、と弌は思い口に出す。

「対価は、俺と弌の前で【転移】を使うことだったんだろ? だったらもう支払い終えているはずなんじゃねぇのか?」

「そうだけど零は、過去に打ち勝ち、神戸弌と涼基笑の目の前で自分を裏切った天命涙を救えって言った。だから多分、涙に会えってことだと思うよ。過去に打ち勝つっていうのはトラウマや頭痛を克服するだけじゃなく、涙と直接話せって、そういうことなんだと思う。私達は副題で、主題はそっちだと思う」

「そうか。それで、どうするんだ?」

「……行かない。結果としてこうなったけど、零は僕を嵌めようとした。それに僕がこれ以上、対価を支払う必要もないし」

 零との関係は、対価を支払い、願いを叶えるというそれだけの関係だった。そしてその願いの理由は、裏切られないようにする為。しかし、今回の出来事によってその願いの意味はなくなった。裏切られにくくなる方法をそれこそ身をもって知ったのだから。

 もう零に叶えてもらうはずだった願いも必要なく、対価を支払う必要がなく、そして零と関わる必要もない。

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