第32話 解決法
「――は?」
思わず、喩は間抜けな声を漏らしていた。
「自分が化け物? 自分が嫌われてる? 異質で異常? 誰がそんなことを言った。思い上がんなよ、喩! お前は、異能の力を持っているだけの、ただの普通の人間なんだよッ!!」
理不尽にもう一発、喩は笑から頭突きを食らった。
痛い。
これまでに受けた頭痛に比べればなんてことのないただの痛みだが、それでもその痛みはどうしようもなく重い痛みだった。
泣きそうになるくらいに、体の全ての力が抜けてしまうくらいに。その場にへたり込んで、喩はただただ呆然とする。
痛みは思考を破壊する。その痛みは喩の負の思考を、木っ端微塵に破壊した。
笑の言葉は、実に単純なものだった。いつしか聞いたことのある、そんな言葉だった。
縄神喩は化け物でも嫌われている訳でもなく、異質で異常な訳でもなく、ただ単に異能の力を持っているだけのごく普通の人間。
異能の力を持つ人間と異能の力を持たない人間の違いは、異能の力を持っているか否か。たったそれだけのことで、それ以上でもそれ以下でもない。
なんとも単純で、なんとも簡単で、なんとも分かりやすい、そして分かりきったこと。
「……でも、どうして」
異能の力を知れば、異能の力を持たない人間は異能の力を嫌悪する。それは友情なり人間性なりで解決できる程の、生温い呪いではないはず。それなのにどうして、異能の力を持たない弌と笑は、喩を嫌悪していないのか。
「その辺は正直、私達でもよく分かってないから、解説役ちゃんよろしくー」
「そんな、困った時に説明をしてくれる博士ポジションにカテゴライズされましても、困るのですが」
はぁ、と溜息を吐いて皐は唐突に現れる。正確には最初からそこにいて、つい先程喩に対して使っていた【幻覚】を解除した。
弌と笑には見えていたが喩には見えていなかった。それが当たり前の状態にへと戻った、それだけだ。
しかし、弌と笑が皐に異能の力を使ってもらうという事象は、異常なはずなのだ。
「ごめんね、喩が本音を話すのに、皐がいると話せないと思っていたから、認識されないようにしていたの」
「分かっています。大丈夫です」
「しかし、面白いな異能の力って。取材とかにも使えそうだ」
平然と弌と笑は異能の力を肯定的に受け止めていた。嫌悪の逆である肯定。喩にとってありえない事態が起こっていた。
「…………」
状況が掴めない。何が起きておらず何が起きているのか分からない。
いや、と喩は考え直す。何が起きているのかは分かっている。
具体的に言うならば異能の力を持たない人間が異能の力を嫌悪するという当然の結末が起こらず、異能の力を肯定するという異常事態が起こった。
何が起こったのかは分かっている。しかしその理由が、理屈が、何も分からない。
「喩、考えてみてください」
「何、を?」
「どうして私の父は私の母や私を受け入れていたのですか?」
「……あ」
皐の父は異能の力を持っていない。だというのに異能の力を持つ皐の母親と結ばれ、皐の為にできる限りの手を打った。皐の母親である【未来予知】を利用して、最善の手を打った。
異能の力を持つ人間と異能の力を持たない人間が分かり合えたという前例は、あった。
「……でも、異能の力を知れば例外なく嫌悪するんじゃ、ないの? だって」
異能の力と共に喩にはその知識が植え付けられている。異能の力を持つ人間に植え付けられた知識は、絶対に正しいはずなのだ。
「ええ、確かに異能の力を持たない人間は異能の力を嫌悪します。ですよね、弌さんに笑さん」
「うん。嫌悪というか、怖いって感じかな」
「ああ、怖い。意味不明だしな」
正直に、苦笑い気味に、弌と笑は応える。
理屈があることも分かったが、しかし非理屈的な部分もある。意味不明で、全力で否定したい欲もある。反射的に咄嗟に、軽い拒絶を見せてしまう可能性もある。理解できないまま咄嗟に出された手から、思わず距離を取ってしまうくらいの、その程度の反応をしてしまうことはある。
「だったら、どうして」
「だから言っているじゃないですか。嫌悪、或いは恐怖するのは異能の力だって。人間性を度外視して、異能の力を嫌悪し恐怖する。――逆に言えば、異能の力がバレたとしてもその人の人間性に対しての嫌悪や恐怖は、ないんです」
「……どう、いうこと?」
「異能の力がバレるよりも前にその相手のことを理解していれば、……異能の力を持たない人間でも異能の力を持つ人間を受け入れることができるんです」
少しの間があったのは、異能の力を持たない人間の人間性に問題があればその理屈が成り立たないからだ。絶対ではないがそうである可能性の方が圧倒的に高い。そういう可能性が含まれていた。
親友であれ家族であれ、どこかしらに嫌なところはある。それでも親友や家族を受け入れることができるのは、それ以上に良い面を知っているからだ。短所を補えるだけの長所を知っているからだ。それが今回の場合は、短所が異能の力長所が喩の人間性だった。たったそれだけのことなのだ。
「……そんな」
そんな簡単なことでいいのか、と喩は思う。
「はは……、はははっ……」
笑ってしまう。体の力が更に抜ける。両手で顔を多い、次々と溢れ出し始めた涙を必死に誤魔化す。
異能の力を持つ人間が異能の力を持たない人間に受け入れられる方法。それをもっと単純に、簡潔に、簡単に言ってしまえば、相手と確実な信頼関係を気付いた後に異能の力を受け入れる。
たったそれだけでいいのだ。
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