第28話 最悪の結果
「――ッ」
頭痛。鈍痛。激痛。
視界が眩み、目の前に闇をもたらした。しかし、瞬間的に喩を正気に戻したのは一つの疑問だった。幻の頭痛を感じている場合ではないくらいの、異常事態とも言える違和感だった。
中は教室程の広さ程の空間だった。扉の反対側の壁に半円を描くように多くの人間が集まっている。恐らく、その半円の内側に救出対象が――零曰く、天命涙が――いるのだろう。
それは、大した違和感ではない。現人神として奉られた人間に群がる群衆。想像し得る簡単な光景だ。
喩の思考を破壊し尽くすような頭痛が収まってしまうくらいの違和感というのは、群がる人間の視線が全て、喩を訝しむように照射されていたことだ。
「……喩?」
「ッ、なんでここにいんだよ。ってか、どうやって」
そして、喩の真正面にいるのが、神戸弌と涼基笑だったということだ。
今現在、喩は皐の【幻覚】によって、周囲からはそこにいても不思議ではない存在という認識をされるようになっているはずだ。
だからそこにいる全員は喩を見たところで、訝しむような視線を喩に向けるはずがない。それだというのにその視線を向けられているという今の状態は、まるで【幻覚】が無効化されているかのよう。
そこまで考えて、一つの可能性に辿り着く。
頭痛が治まったのは喩が疑問を覚えたからだ。ならば一つの可能性に辿り着いた、つまりは一つの答えに辿り着いた喩に今、疑問はない。故に喩は頭痛に襲われてしまう。
頭を抑え、蹲る。それでも、喩は尋ねた。唯一、異能の力を無効化するという力すら持ち得る存在。
「零、何を、したのッ?」
叫ぶ。
『【無能】っていう力を使って、一時的に皐の異能の力を無力化したの』
【無能】。異能の力が現象を引き起こす理屈を非理屈的に破壊する異能の力。それを零は皐に対して使った。
だからその部屋にいた人々は喩をごく普通にそこにいてはおかしい存在と認識した。
「ッ、どう、して、そんな、こと」
頭痛が喩の体を蝕む。
『喩を追い込む為。今の喩は気絶すら許されない激痛の中にいる。私がそう追い込んだ』
その為にわざわざ、喩が頭痛を発生させる度に緊急処置を繰り返し、次にやってくる頭痛を悪化させた。更にその悪化させた頭痛を緊急処置し、更に悪化させる。そうして、気絶できない程の頭痛を、今日この時に発生させた。
「だか、らッ、どうしてっ!」
『今喩の目の前には喩が自分の【転移】を知られたくない二人、弌さんと笑さんがいる。そしてその奥には天命涙という救出対象。私は喩が涙を救出しない限り、皐への【無能】を解く気はない。今、気絶すれば喩は、これから数日は目覚めない。この意味が喩なら分かるよね』
数日皐の【幻覚】が無力化される。それはつまり、皐が保護している三人の子供達に掛かっている、三人の子供達を守る為の【幻覚】もまた同じ時間だけ無効化されているということだ。
そして、更に止めの一言。止めであり、追い打ちであり、裏切りだった。
『二つ目の対価。過去に打ち勝ち、神戸弌と涼基笑の目の前で自分を裏切った天命涙を救え』
これまで誰にも裏切られないようにと人を信じず信じられないようにしていたはずの喩に対しての、つまり裏切られる可能性をなくしていたはずの喩に対しての裏切りだった。
零の言葉通り、頭痛によって意識を失いかける喩を同じ頭痛が強制的に呼び戻す。意識を失うことはない。それでも頭痛は更に激しくなっていき、このままで気絶ではない意識の失い方をするかもしれない。
選択肢は二つ。このまま意識を失うか、それとも零が示した対価の通り、涙を救うか。
「――分かったよッ! やればいいんでしょ、やればッ!!」
痛みを誤魔化すように叫んで、【転移】する。涙に群がる人々の真上に【転移】し、涙がいる場所を確認し、更に【転移】。涙のもとへと到着する。
突然の瞬間移動に周囲の人々は戸惑う。戸惑う中、半数程が喩へ向ける視線が畏怖と尊敬に変わっていた。喩を畏怖と尊敬によって成り立つ存在に見立てようとしていた。つまり、神聖視していた。
その視線に、喩はどうしようもない嫌悪感を抱いた。
異能の力を持つ人間は、どうあってもまともには見てくれないのか、と。
同時に喩だけに声が聞こえた。周囲の様子を唯一認知出来る、零の声がハッキリと。
『これだからッ!!』
声が被り、ハモる。まるで感応するかのように、声を上げていた。
「これだから、人間なんて信頼したくなかったんだッ!!」
ヤケクソだった。吠えると同時に、喩は再び【転移】し、弌と笑の前へ現れる。
喩は叫んで手を伸ばす。混乱や【転移】という現象に戸惑う弌と笑の姿に、ズキンと鈍器で殴られたような痛みが喩の頭に起こるが、喩は歯を食い縛って必死に意識を保ち、無理矢理二人の体に触れて【転移】した。
触れようとした喩を、弌も笑も反射的に避けた。それが意味する事実――異能の力を知られ嫌悪されてしまったという事実――が、どうしようもなく喩の心を抉ってしまう。
信頼も信用もしたくなく、信頼も信用もされたくない。喩はそう何回も執拗に繰り返して言っていた。――何度も執拗に繰り返す言葉は、何度も繰り返す思考は、その逆を意味している。
信頼も信用もしたかった。信頼も信用もされたかった。そして、零を知らず知らずのうちに信頼していた。無条件の信頼と信用を零に寄せていたのだ。
【転移】し、涙、弌、笑を連れて圭と皐がいるはずの公園へと戻る瞬間前、叫声をあげる零の姿が喩の視界に映り、声が聞こえた。耳元で直接、怒りに震えた呟きを聞いた。
『人が人を信仰したら破滅することくらい、どんな人間でも分かるでしょう』
怒りであり、嘆きでもあった。
まるで学習しない者を諭すような、そんな言葉だった。
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