第26話 依頼

 喩が自分の部屋に戻ったのを確認してから、零は小さく息を吐き出す。

「…………」

 喩の頭痛を緊急処置によって治した後に起こる、トランス状態を理解していた零は多少の罪悪感を抱きながらも、喩を眠りにつかせた。

「――明日で全部整う」

 その言葉は喩に聞かれてしまってはまずいのだ。何せそれは、裏切りの言葉なのだから。

「私は、私の為に生きている。私の責任を取る為に。だから私は誰にも肩入れをしない。肩入れをしていない」

 呟く。

「誰かを裏切ることを、誰かが悲しむことを、私は何も思わない。私は、私の為だけに、責任を取る為だけに生きている」

 何回も執拗に繰り返す言葉は、何回も執拗に繰り返す思考は、その逆を意味している。そんな簡単なことを零は知っている。知っていても、それでも、零も繰り返してしまう。そう主張しなければ、自らの意思に反してしまいそうになるから。自らに負けてしまいそうになるから。


 翌日、八月五日。

 正午過ぎに圭に呼び出され喩、零、皐の三人は、皐と子供達を見た、そして喩が零に全力で二回引っ叩かれた公園に集まっていた。

「いやー、昨日で終わりって言ってたのに集まってもらって悪いな、喩に皐」

「……別に構わないですよ。私は結構無理を言っている自覚はあるので、しばらくはなるべく応えようと思っていますし」

「僕も同じ。どうせ暇だしね」

 自らの隣にいる零に一瞥して、喩は答える。早く次の対価の支払わせろという、地味な催促だった。零はそれを平然と無視し、笑みを絶やさずにいた。

「……?」

 零の笑みに喩は違和感を覚えた。何か、少しだけぎこちないように思えたのだ。

「そう言ってくれると、ありがたいよ。じゃあ、遠慮なく緊急の依頼を、お願いさせて貰おうか」

「待って、どうして零には何も言わないの?」

「毎回思うが本当に異様だよな、お前の観察力とか洞察力とか、そういうの。まぁ、その頭で第二高校に入ってる訳だし、流石というべきか」

「どういうことですか?」

「どういうこと?」

「だから、第二高校は何かしらの特技がねぇと、入れねぇだろ? 皐なら【幻覚】を利用した魅力とか、弌や笑なら情報収集力、情報拡散力とかだな。それが喩の場合は、限定的な頭の良さだったって話だ」

「……バラさないでよ。それ、自慢みたいになるから」

「うん、本当に自慢だね」

「自慢ですね」

 零と皐は呆れた表情を喩に向け、喩はほらと圭に視線を向ける。

 第二高校は成績をあまり重要視せず、個人が持つ個性を重要視している。その個性として喩は限定的な頭の良さ、つまりは記憶力、知識量、思考力、その三つを合わせた推理力を提示していた。

 その証明としては、よくある少し難解な引っ掛けクイズを全問正解するというものだった。

「クイズ、ですか。それってどんな感じのものだったんですか?」

「例えば、十階建てのマンションから、赤ちゃんが落下しました。しかし赤ちゃんは全くの無傷でした。さて、どうしてでしょう? とか、だね」

 皐の問いに、第一問として出された問題を喩は答える。似たような問題が百問あり、それを全問正解したのだった。

「ちなみに喩は即答だったな。零に皐、分かるか?」

「私は分かった」

「えっ、本当ですか? 私は分からないんですけど」

 ぶつぶつと、赤ちゃんが超人だった、高さが十センチもなかった、などなど理屈的に考えていく皐を見て、零と喩、それに圭はにやにやと笑っていた。

「な、なんですかっ! ええ、馬鹿ですよ、どうせ……」

 それに気付いて皐は不満気に声をあげ、そのまま皐は自虐気味に落ち込んでいく。答えが分かっているものについて分からないと悩む人間を見ると、どうにも教えてあげたいという欲求と教えては相手の為にならないという自制心との葛藤や、単なる優越感などでどうにも表情はにやけてしまうものだ。

「じゃあ、ヒントかな。赤ちゃんは、一体どこから落ちたの?」

「そりゃ、十階建てのマンションから……って、あ、そういうことですか。十階建てとはいえ、十階から落ちた訳じゃないということですか」

「そ、正解。それと似たようなものを百問解いたんだ。――で、話を逸らしてるつもりかもしれないけど、どうして零には何も言わないの?」

「チッ、バレたか」

「あ……、そういえば、話が逸れてましたね……」

「……私が情報提供をしたからよ。私が使う異能の力は、正直誰よりも性能がいいから」

 誤魔化すのを諦めて零は答える。喩は人を信じないと何回も執拗に繰り返し、公言しているだけあって、疑ったことは解決するまで一切話を逸らすことを許さない。

 十数日間一緒に過ごしてその性格を深く理解している零は、それ以上疑われない為にも白状したのだ。

「それは初耳だけど、そうなんだ。なら、最初から言ってくれたらいいのに」

「別にいいかなと思ってたの」

「あっそ。んー、まぁ、いいか。それで、緊急の依頼って?」

 圭や皐が疑問に思うくらいにあっさりと零への追及を喩は簡単に止めて、本題に入る。

「簡単に言えば、異能の力を持つ人間の救出だ。これは喩をメインにやって貰いたい」

「まぁ、そうだろうね。【転移】でさっさと助け出した方が早いだろうし」

「そしてその間、皐には喩に『そこにいても不思議ではない存在』という認識を与えて欲しいんだ。生き物にしろ物にしろ、相手に触れなきゃ【転移】で助け出すことは出来ない。その前に捕まってしまったら、話にならないからな」

「分かりました」

 やるからには効率よく合理的に、それが圭の考え方だった。

 皐の【幻覚】によって、そこにいても不思議ではない人間という認識を人々に与え、救出対称の元まで近付いたところで【転移】し、救出完了。無駄なく、スマートに物事を終わらせる。

「で、零はどうするの?」

「まぁ、圭と一緒に司令塔役かな。【探知】とかその他諸々の異能の力を使って、喩をサポートするよ。【遠話】もあるし」

「……分かった」

 【全能】の利便性はとどまるところを知らないなと思いつつ、喩は依頼を請け負った。

「とりあえず、そこの廃ビルに向かってくれ。それで大体分かるはずだぜ」

「りょーかい」

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