第25話 信頼か、評価か

「お帰り、喩」

「ただいま、零。そっちは終わったの?」

「うん、終わったよ。いやー、大変だったよ」

 あはは、と笑いながら、いつぞやの喩のようにテーブルの上に顎を乗せて、自らの疲弊具合を体現する。

「零は、何をしていたの?」

 椅子に座りながらそういえば零達が何をしていたのかを聞いていないことに気付き、尋ねる。

「ストーカーを捕まえたり、覗き魔を捕まえたり、あと銀行強盗をしようとした人間を捕まえたりした」

「……異能の力を悪用していた人を捕まえてたんだね」

「なんで今ので分かるのよ!?」

「だって、零って言い回しとかはともかく、嘘は吐かないじゃん。だから考えただけだよ。考えたら分かるじゃん、こんなこと」

「あんまり、考えたら分かるって言葉は使わない方がいいよ。考えられない人が図星を突かれて文句を言うから」

「それはまぁ、参考にさせてもらおうかな」

 軽口を叩き合って、各自で自らの疲れを癒やす。零はテレビを見たり、いつの間にか買っていた様々なゲームをしたりとゴロゴロと時間を潰すことでリラックスし、一方の喩は何も考えないことによってリラックスをする。

 各々のリラックスの間は不干渉。暗黙の了解のようなものができており、普段は多い会話がほとんどなくなる。お互いの独り言が被さるくらいである。

 しばらく経って夕飯を食べ、それでようやくリラックスタイムの終了である。つまりは会話、雑談の再開である。

「そういえば喩、ちょっとした話を聞く?」

「そう言われたら気になるかな」

「じゃあ教えてあげよう。弌と笑はまだ怪しい宗教を追ってる。っていうか、これまでのおふざけじゃなくて、本気になってる」

「また警察沙汰にならなければいいけど」

 冷淡に対応した喩に零は追及の目を向ける。心配ではないのかと喩を強く睨みつけ、コップをテーブルにガンッとぶつける。軽い不信感の表現だった。

「心配だけど、どうせ大丈夫だよ。あの二人はそんなヘマをしない」

 喩は観念してそう答える。

 弌と笑は簡単なミスをしない。特に取材においては何重にも注意をして、そうしてミスを無くす。ケアレスミスは、要するに注意しなかったが故のミスであり、だから注意をすればミスはしない。そういう理屈で弌と笑は取材において一切のミスをしない。それが喩の見解だった。

「それは単なる評価? それとも信頼?」

 喩の相手の特徴や性質を理解し評価しているからの見解なのか、それとも弌と笑なら大丈夫だろうという根拠なき信頼による見解なのか。

 人を信じないというスタンスを貫いているはずの喩に、そんな問いをぶつける。そんな嫌な問いを零はする。初めからそうだったが、特にこの頃、零は同じような嫌な問いを頻繁にするようになった。

「……評価、だよ」

 まるで喩にそう答えさせるように。喩に自ら確認させるかのように。

「そっか。……じゃあ、二人の取材が上手く行くように、私も願おうかな。二人の為であり、私の為に。私の目的の為に」

「零の目的、か。確か責任を取る、だっけ。言葉からして、昔に何かをしてしまったみたいな感じだけど」

「まぁね。とんでもない、どうしようもない、とてつもない、失敗を大昔にね。だから私はその責任を取らないといけない」

「そっか」

 それで喩は零への追及を止める。喩の願いを叶えることと零の目的に何の関連性も導き出せないことには、零の目的には一切触れない。触れたところで利益など喩には何もないのだから。

 相手と適切な距離を保つ為に相手の人間性を理解したとしても、相手の深い事情を知ることを喩は嫌がる。深く知ってしまえば、同情してしまうかもしれない。そうして、相手を信用してしまうかもしれない。

 しつこく、くどく、徹底的に喩は、相手を信頼してしまう事態を避けようとする。忌諱し、毛嫌いする。

 忌諱し、毛嫌いしているのに、それでも聞いてしまうのはただの好奇心だ。ついうっかり、喩の非理性的な部分が知ろうとしてしまう。

 そして、それをまた喩の非理性的な部分が危険信号として知らせる。頭痛として。

「……っ」

 遅れて頭痛がやってくる。

「大丈夫? 喩」

 そしてやってくるとほぼ同時に、零はその頭痛を緩和する。零と恋仲の関係になってから今に至るまで、頻繁に起こる頭痛は全て零が打ち消していた。

「……もう、寝た方がいいんじゃない? やっぱり、疲れてるんだと思うよ」

「そう、だね。……うん、そうするよ」

 それまで滅多に怒らなかった頭痛が零と出会ってから頻繁に起こるようになっていたこと、それを尽く緊急処置で打ち消していることについて、喩は零に問うことが出来なかった。

 緊急処置は零の心の一部を流し込み、頭痛が幻の痛みであるという認識をしやすくするというものだ。その時に流れ込む零の冷酷さを、喩は処理しきれない。

 零の化け物染みた冷淡さや冷酷さを処理しきれず、喩はある種のトランス状態に陥る。汀の催眠療法のような思い込みではなく、思考停止したが故の本物のトランス状態。

 処理出来ず、思考停止し、故に周囲の言葉を疑うことができなくなる。そんな状態に少しの間、陥ってしまう。

その間に、零の寝るべきではないかという提案に賛成し、喩は眠りについた。

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