第24話 幕間2

 八月二日から八月四日にかけて、喩と零はそれぞれ分かれて、『組織』からの依頼をこなしていった。

「……ふぅ、圭、これで終わり?」

 喩は【転移】を使って圭に現れ、そう尋ねる。

「ああ、これで終わりだ。三日間、『組織』の為にありがとう。報酬は弾んでおくよ」

 自らの担任教師であり、喩が住んでいる地域を含めた辺り一帯の異能の力を持つ人間と『組織』の仲介の役割を担う三十過ぎのおっさんは、持っているタブレット端末を一瞥してからそう答え、更にタブレットを何回かタップした後に、喩に見せる。

 喩がしていたのは『組織』に必要な物資の運搬である。【転移】を利用すれば、一度そこに向かえば、その後は数秒で運搬が可能となる。当然、そんな便利な運搬手段を使わない手はないという訳である。

 タブレットを見せたのは本来よりも一割増しの報酬金額の提示だった。納得が行かなければ一度だけ苦言を呈することができるという仕組みを『組織』が取っている為、『組織』側の人間ならば全員がする動作なのだが、どうにも圭がやると胡散臭い。

 圭には特筆する身体的特徴はないのだが、それすら逆に怪しさを醸し出している。あまりにも普通で、あまりにも平凡。しかし本人曰く、『組織』で結構な地位にいるらしく、そういう圭のちぐはぐなものを知れば、そして普通や平凡とはかけ離れた圭の内面を知れば、圭の発言全てを疑いたくなる。

「報酬割増とか、別にそういうのはいらないよ。僕の為だから、これは」

「情けは人のためならず、とは少し違うんだろうな。相変わらず難儀な性格だな、喩は」

「だから、単純に僕が人を信じていないだけだって」

「信じられない、だろ?」

「っ……、どういう意味?」

「気にするな。どちらにせよ、ギブアンドテイクだ。次の依頼の契約料とでも思って受け取ってくれ。どのみち、金は欲しいだろ?」

「……はぁ、分かった。だけど、その時にはもう異能の力がないかもだけどね」

 零とは違う類の圭の振り回し方に、喩は全く慣れない。

 零が右往左往に物理的に振り回すのだとすれば、圭は上下に精神的に振り回す。その上、零とは違って悪意や悪戯心を感じさせない。純粋ではあるが、純粋なだけではないのだ。

 零には裏表というものがハッキリと現れているが、圭は表の反対にも表がある上にどちらもどことなく黒ずんでいる。

 零の混沌としたものとは真逆の秩序だった信念のある性格。しかし、その信念がどうやら少し歪んたものであるらしいのだ。

「報酬といえば皐の件もそうだな。皐から連絡が来た時は正直、驚いた。まぁ、ちゃっかり、四人まとめて『組織』に入って、結構な額の金ぶん取って行きやがったけどな」

「……あー、それは、零がアドバイスというか、唆したらしいよ。どういう訳か、連絡先も交換してるし」

 皐が席に着いた時に、机の下でバーコードリーダーを用いて交換したらしい。どういう訳か零は、秘密裏に連絡先の交換を済ませたいらしい。そのおかげで喩は手っ取り早く皐に謝罪することもできた訳だが、何故零が毎回秘密裏に連絡先を交換するのかは謎である。

「桃洞零、か」

 苦々しく或いは苦しそうに、圭は呟く。

「零が、どうしたの? そういえば零は圭と会ったことのある風だったけど、いつ出会ったの?」

「終業式の朝だな。日課の【探知】をしていたら、零が引っ掛かった」

「【全能】か。確かに、あの能力は桁外れだよね」

 異能の力の名前は、初めて異能の力を使った瞬間に、知識として持つ人間に備わる。つまり誰かが決めるのではなく、予め決まっているものだ。その中で零は神の代名詞でもある全知全能の一部を冠している。

 その時点で十分な程に、その能力の異質さを証明している。

「……あれは桁外れなんかじゃねぇ」

「異能の力に差なんてない、ってこと?」

 異能の力に差はなく、だから争う必要もない。協力し合えばどんな異能の力を持っていようが、生きていける。それが圭の一貫した主義主張――だった。

「そうだ、と言いたいが、【全能】だけは違う。あれは桁外れじゃなく、そもそもの質が違うんだよ」

 それまで通していた主義主張を覆すくらいに、零の【全能】は違うものだった。

「……どういうこと?」

「【探知】で異能の力を見つける時は、異能の力の異質さを感じ取るだろ? 零の場合、その感じ取った質も量も普通の人間の数億倍だったんだよ。何て言うんだろうな、これまでに感じ取った異質さを全部まとめて感じ取ったみたいな、そんな感じがしたんだ」

 正直、全てを感じ取る前に中断してしまった。そうでなければ脳が処理し切れずに意識を失っていたかもしれない。

 そう本音を苦笑い気味に漏らして、圭は更に一つ。

「でも、零は敵じゃねぇ。それどころか多分、異能の力を持つ人間のことを、誰よりも想っている」

「……そう、だね」

 喩も圭と同じく、零について似たようなことを思っていた。必要以上に、異常に異能の力を持つ人間のことを気にかけている。零が現れてからというもの、喩の頭痛は零が全て打ち消している。そういう、異能の力から派生した些細なことですら零は手を差し伸べている。

「ああ、そうだ。一つだけ、情報提供でもしておいてやるよ。異能の力についての情報。俺の持つ情報を教えてやる」

「前は教えないって言ってたのに、どういう風の吹き回し?」

「気にするな。だけど、気にしておけ」

 どちらなのかと喩が問う前に圭が告げたのは、勿体振った割にはあまり役に立ちそうにない異能の力についての情報だった。

 異能の力は神の祟りの残滓である。故にその祟りを解けば残滓である異能の力も消え去る。

「お恵みだとは思ってなかったけど、祟りか。ご先祖様が罰当たりなことでもしたのかな」

 神と異能の力は密接な関わりがあることは零から聞いている。異能の力は異能の力を持たない人間には受け入れられないという呪いや、受け継がれるという他の情報からも、良いことではないのは分かっていた。しかし喩は、まさか神の祟りだとはそこまで大きなことだとは思っていなかった。

「過去は過去の人間しか知らない。まぁ、ともかく、零は人生初の彼女なんだろ? 適当に大切にしてやれよ」

「……はいはい」

 恋人関係が偽の関係であるということを無闇矢鱈に言わないというのは、一つ目の対価の一部でもある。

 恋人関係であると認識されるというのが一つ目の対価である以上、偽の恋人関係であるという認識が充満してしまうことは避けなければならない。認識がズレてしまえば一つ目の対価が無意味となってしまう。

「……そういえば、そろそろって言っていたな」

 ふと喩は思い出す。昨日か一昨日、お互いに疲れ果ててダラダラとご飯を食べながら、零が言っていた。そろそろ二つ目の対価を支払う時が来る、と。

「それじゃあ、本当にお疲れ。また今度」

 圭がひらひらと手を振るのを見ながら、喩は【転移】して家へと戻った。

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