第23話 ビンタ

「……ねぇ、零」

「ん、何?」

 喩と零は人気の少なくなった公園、奇しくも皐を見かけた公園へ行き、喩が右、零が左でベンチに隣り合って座る。喩はのけぞるようにぐだっと脱力し、零はベンチに片足を立てその膝に顎を乗せながら、膝を抱える。

 学校から自らの家までの間にある商店街近くの公園。更にその奥の裏通りには廃ビルなどがあり、子供はあまり近づいてはいけないと言われている。

 そんな人気の少ない公園に子供達を連れて一緒に遊んでいたことを考えると、あs付きは本当に子供達のことを大切に思っていることが分かる。子供達に人の目を一切気にさせずに遊ばせてあげていたのだろう。その点だけを取り上げても、皐は本当に賞賛を浴びるべき存在で、そして、その逆に、そんな皐を徹底的に精神的に叩きのめした喩は硝酸でも浴びるべき存在なのだろう。

「……なんでもない」

 喩は分かりやすく落ち込み、凹んでいた。つい先程見た皐よりも、その凹み度合いは大きかった。溶けて消えてなくなりたい気分だった。

「ねぇ、喩。正直なこと言っていい?」

「ダメ。今言われたら本気で傷付く」

「前々から思ってたんだけど、私がやるって言ったのに自分の感情に任せてやるところとか、それ以前にも色々とあるけど本当に自分勝手だね、喩は。それにさっきのはやり過ぎだと思うよ。そりゃ人と関わったりするのが少ない喩はさ、コミュニケーション能力が低いのも仕方ないのかもしれないけど、だけど限度ってものがあるでしょ?」

「今、傷付くって言ったよね。しかも結構、心を抉る感じの発言だし」

 更にずりずりと喩は腰を前にずらして脱力する。現実逃避の為に、今の体勢が物凄く腰に負担を掛けるらしいという無意味な知識を脳内に浮かべていた。

「言わなきゃ分かんないでしょ、喩は」

「……ねぇ、零。とりあえず、僕を思いっ切り引っ叩いてくれない?」

「そんな、突然マゾ発言されても」

「いや、そうじゃなくて。正式に精神的じゃなくて物理的な罰を受けた方が、意識を切り替えられるから」

「そう。それじゃあ、顔出して」

 ん、と喩は答えて右頬を出して目を瞑る。数秒待つが衝撃は来ず、流石に違和感を覚えて目を開く。――と同時に衝撃が来た。

 公園にパシンッという破裂音が響き渡った。

「痛っ!?」

 叫び声を上げて顔を元の位置に戻し、想定以上に強いビンタに零を強く睨もうとすると逆の頬を同じ強さでビンタされた。

「なんで二回、叩いたの?」

 両頬を赤く染めながら、もはや睨む気力も失った喩は弱々しく尋ねる。

「右の頬を叩かれたなら左の頬を差し出しなさい、って言うじゃない?」

「僕はそこまで寛容でもなければ、愛情も持ってないし、忍耐強さもないんだけど」

「冗談はともかく。罰って、自分の想定以上の罰を受けないと罰にならないでしょ」

 だからと言って事実上の二倍の罰を受ける必要はないのではないか、というツッコミを喩はぐっと押し込んで、もう一度溜息を吐いてから立ち上がる。

「ありがと。これで切り替えられる。今度皐に会ったら、ちゃんと謝るよ。それでこの件は終わりにする。皐が許してくれたらの話だけどね」

「そう。それじゃあ、帰ろうか」

「りょーかい――あ、そうだ。ちなみに零は、どうするつもりだったの?」

 立ち上がって家の方向へと向かう零に、喩は気になっていたことを尋ねる。喩の方法をやり過ぎだと批評した零はどんな方法で説得しようとしていたのか、と。つまり、零なりの模範解答は何だったのか、と。

「ん? 【精神感応】で相手の事情を読み取って、脅迫しようかなと思ってた」

「僕よりビンタされるべきだったんじゃないかな!?」

 説得ですらない方法を実行しようとしていた零にビンタされたという事実に、喩は頭が痛くなる。トラウマ的な痛みではなく、どうしてこの人間に批判され罰を実行されなければならないのかという意味の、頭痛だった。

「まぁ確かに、ビンタでもして目を覚ましてあげてもよかったかもしれないね……」

「絶対分かってる時の言い方だよね、それ!」

「まぁ、全部冗談だけどね。だけど、色々と考えはあったよ」

「ああ、もう、本当に零を相手にすると疲れる……」

 零の自由過ぎる発言に、相も変わらず喩は振り回されてばかりだった。結局、本当にするつもりだった説得の方法を零は喩に明かさなかった。

 ――それ以前に零は、喩に自分についての、ほとんどの情報を何も明かしていない。

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