第22話 糾弾2
哀れみや虚しさを感じさせる皐の意地には、身の破滅の運命しかなかった。そしてそれを皐は理解している。自らのその発言がどれくらいに悲しいものなのか、重々承知している。それでも、皐は『組織』には入りたくなかった。
「――ねぇ、皐。手紙の内容を、全部言って。さっき、皐は言っていたよね、手紙の内容は暗唱できる、って」
しかし、喩はその皐の意地が気に食わない。とてつもなく、どうしようもなく、気に食わない。だから喩は皐を責め立てる。
「『突然いなくなってしまって、ごめんなさい。これから長い間、私達は皐には会えません。何の便りも出せませんが、でも安心してください。何の便りもないということは、私達が生きているということです。私達は必ず出会えます。ですからそれまで生きていてください。私達に何かがあった時の為にお金を置いておきます。遠慮せず、このお金を使ってください。全部使い切っても構いませんが、それでも少しは考えてくださいね。貴方は泣き虫で、思い込みの激しい部分があります。よく考えてください。これは私達からのお願いです。決して堕落しないでください。どんな貴方でも私達の最愛の娘ですが、それでも堕落した姿なんて見たくありません。ですから、強く生きてください。私達がいなくても、一人でも、貴方は生きていけることを私達は知っています。ですから、頑張って生きてください。頑張って失敗しても構いませんから、頑張ることを止めないでください。貴方は私達の最愛で最高の娘です。ですから、自分の正しいと思ったことを、自分が信じる人間が正しいと思ったことを、疑わずに突き進んでください』……以上が、手紙の全文です」
「今のどこに、一人で生きていかなければならない、なんて文章があったの?」
喩の追及は静かで冷たい。怒りが垣間見え、皐の言葉を詰まらせる。
しかし、それでも尚皐は答える。意地を張り続ける。
「ですが、私は頑張らないといけないんです。頑張ることを止めてはいけないんです。失敗してもいいから、それでも頑張らないといけないんです。手紙にもそう書いてありましたよね」
「違う。皐の両親は、そんなことを言っていない。その前に書いてあったでしょ。思い込みの激しい部分がある、って。まぁ、そんなのは誰でもそうだけど、皐は間違ってる」
「一体どこが間違っているって言うんですか!」
思わず皐は声を荒げてしまう。しかし、周囲に変化はない。怒りと同時に零が、【幻覚】を用いて音をなかったことにしたのだ。その怒りを聞いたのは喩と零だけ。それでも、喩も零も冷静に皐を見ていた。怒りに震える人間を、怒りを露わにする人間を喩も零も、それどころか異能の力を持つ人間は見慣れている。その程度で、さしたる動揺は誘えない。
「皐は自分の信じる正しいことしか突き進んでいない。皐が守ろうとしている子供達のことを何一つ考えていない」
「そんな訳ないじゃないですか! 私はあの子達の為に、今もこうして頑張っているんです!」
「それはそうだろうね。全部、子供達の為だ。だけど、僕が言っているのは子供達の気持ちの方だ」
「……子供達の、気持ち?」
はっ、と皐はなる。考えていなかった盲点を突かれたような、そんな感情を覚え、ヒートアップしていた感情が落ち着いていく。
「誰からも救われずにいた三人は皐が現れたことで救われただろうね。だけど、中身を見てみれば皐は学校から帰ってきてもアルバイトなり何なりで遊べる時間はほとんどない。子供っていうのは想像以上に賢いから、本音も口にしないだろうね。皐の今の生活が自分達の為だってことも多分、分かっている。だから、必死に本音を抑え込んでいるんだろうね、寂しいっていう本音を」
「……ッ」
子供達が寂しがっているということを、皐は薄々気付いていた。それでも一人で何とかする為にはそれを見て見ぬ振りをしなければなかった。仕方がないと、逃げていた。
「三人でずっといたとしても、親代わりの人間がいないというのは子供達にとって、特に多感な子にとってはどうしようもなく、孤独で孤立なんだよ。そこに人数なんて関係ない。大切な人がそこにいてくれないっていうだけで、どうしようもなく寂しいんだよ」
だから小学校高学年という、本来親に反抗し始める年齢になっても三人は皐にべったりと甘えている。反抗期は受け取れる愛情の許容量を超えてしまったからこそ起こるものであり、愛情が満足に注がれていない人間に反抗期は起こらない。そのまま心が成長し、愛情の知らない大人が生まれてしまうことになる。
「……正直、僕の怒りは自分勝手なものだ。子供達に勝手に同情して怒っているんだからね。だけど、子供達の為なんていう言い訳をしてしまうくらいの半端な気持ちで助けたんなら、本当に子供達を幸せにしてあげられないなのら、安易な救いしか与えられないなら、それは子供達にとって、とてつもなく迷惑だ。迷惑で、ありがた迷惑だ」
喩の両親は喩の為だと言って出られなくした。出ようとすれば、というよりか何か反論をしようとすればすぐに喩に暴力を振るった。全て、喩の為という都合のいい言い訳だった。
それを理解した喩は誰かの為にという言葉を憎むようになった。だから、喩は皐に怒りを見せている。自分勝手に、八つ当たりをしているのだ。
「――それに皐は、まだ人を信じられるんだ。だったら人を信じた方がいいに決まってる。だから、皐は『組織』に入るべきだ。入って、救われるべきだ。それこそ皐の為じゃなく、子供達の為に」
「それでもッ!」
「自分のせいで皐が学校に行けなくなった、なんて子供達に思わせるの? 自分のせいで、なんていう自己否定は心を捻じ曲げるよ。人間なんて自己肯定感を欲する馬鹿な生き物なんだから」
誰かから愛情を注がれず、自己肯定感も得られない、心の捻じ曲がった人間。そんな人間を皐は育てるのか、と。それが子供達の為なのか、と喩は問い詰める。
「皐がやろうとしているのを僕は、自己満足って言うんだと思うよ。そう言われたくないんなら、子供達を本気で思っているんなら、プライドや意地なんて捨て去ってでも、何の不自由もなく暮らさせるべきなんだと思うよ」
それで終わりだった。
「……分かりました」
喩がしたことは、皐の全否定だ。緩くなだらかに説得するのではなく、皐のそれは間違っていると、間違っていることと理由を細かに告げていった。
皐の意地や高ぶった感情に対して喩は正論と冷静さで対処した。事実だけを淡々と無感情に告げて、皐の意思をへし折ったのだ。
「……すみません。後で、圭に連絡します。ですから、今日は帰ってください」
意気消沈。明らかに皐は落ち込み、凹み、傷付いていた。何せ、自らが意地となって貫こうとしたことを喩にへし折られ、言い負かされ、打ち負かされたのだから。
「喩、行こう」
「うん。……ごめんね、皐」
言い過ぎた。それを喩は十分に理解している。少し気まずい空気に、申し訳なさを背負いながらレジへと向かった。何故か完食されていたカップル用のカフェについて、おそらくは犯人であろう零に何かを問う気すら起こらなかった。
「お会計、三千八百五十円になります」
「高っ!?」
思わず、喩も零も驚きの声を漏らしてしまう。
「……女子を傷付けた罰です」
むすっとした表情のまま、いーっと舌を出しながら、皐は【幻覚】を用いてそんなことを告げる。勿論、こうなることを予測していた訳ではない。もともとから仕掛けていた理由のない悪戯に、思い付きの理由を付けただけの、せめてもの仕返しだった。
多少の責任を感じていた喩は小さく溜息を吐いてと自腹を切る。本来はいつもの通り、自分の分を自分でというスタンスだったが、今回は喩が全部を払った。
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