第21話 糾弾1
ぽつりと喩は呟いた。
「どういう、ことですか?」
「その前にもしかしたら間違えてるかもしれないから、一つだけ確認させて。皐は異能の力を持った子どもを【幻覚】によって守っているよね?」
「……はい、そうです」
驚きを表情に出しながら、皐は肯定する。【探知】すら妨害してしまう自らの対策があっさりと見抜かれていたことに、皐は普通に驚いていた。
「そっか。じゃあ、僕の推測に間違いはないと思う。――皐は『組織』に入らないといけない」
「だから、どうして」
「だって皐は、もうすぐ金銭的な理由で破滅する。そしてその破滅には子供達も含まれていて、共倒れをしてしまう。だから皐は『組織』に入って支援を受けないといけない。最低でも金銭の支援は絶対に必要だ」
「……何の証拠があって、そんなことを言うんですか」
皐は声が上擦っていた。図星だからだ。
「証拠はない。だけど根拠は幾つかあるよ」
人差し指をピンと立てる。
「まず一つ。皐の母親は【未来予知】を持っていた。そして、自分達と皐がバラバラになることを知っていた。なのに残したのは手紙だけだったの? それだけで皐が今まで、一人で生きてこれた訳がないよね?」
一人で生きていかなければならない、だから『組織』には入れないと言うからには、これまでも皐は誰の助けも求めずに一人で生きていたということになる。
「学費や生活費、その他諸々のお金は一体どこから出ていたの? 一人分の生活費を両親は予め用意してくれていたんじゃないの?」
「……ッ」
中指を立てる。ピースのサインの形になるが、しかし喩の口調や言葉は平和的なものではなかった。問い詰める口調。淡々と正しい推測を告げていくだけの、まるで皐を責め立てるような言葉。
ある種の怒りを持って、喩は自らの推理を述べていた。零に任せると言っていたというのに、それを自ら無視するくらいに、我を少しばかり忘れるくらいに。
「二つ目。皐が守っているっていう子供達だけど、どうして皐が守っているの? どうしてその子供達は皐以外に守ってくれる人がいないの? 異能の力を使い続けるっていうのは、結構しんどいことなのに、異能の力を使い続けている。自らの力が露見するかもしれないのに」
異能の力を使い続ければ精神的な負担により、異能の力が暴走する可能性もある。暴走すれば異能の力が露見し、嫌悪されてしまう。そんな可能性を孕んでいながら、皐が【幻覚】を使い続けるのは、子供達を庇護してくれるはずの人間がいないから。
ならば、皐以外に守ってくれるような人、つまりは皐にとっての皐の両親のような人間が子供達には何故いないのか。
「その子供達が親からも捨てられた子供達だから、じゃないの? そんな子供達を皐が守っているから、じゃないの?」
異能の力を持つが故に、親からすらも忌諱されて捨てられる。そうして結局死んだり、或いは一生、不遇な境遇の中で生き続けたりする。それは異能の力を持つ人間が辿る運命としては実に平凡な運命だ。『組織』はそういう人間をすぐに保護する為、最もマシな運命とも言える。
しかし、それでも漏れというものは存在する。孤児院の隅で膝を抱えて蹲り、救いを待ち望む異能の力を持つ子供も、幾らでもいる。そんな不遇であり不運な子供達を皐は守っている、保護している。
皐以外に守ってくれる人がいないのではなく、誰も守ってくれない子供達を皐が守ろうとしているのだ。
「皐しか守る人がいないんだ。だったら、その子達の生活の面倒も全部皐が見ているってことになる。当然、学校とかもそうだ。じゃあ、その学費はどこから出ているんだろう。一人がある程度生活していくだけのお金しかないのに、どこから三人分の学費なんて出ているんだろう?」
薬指を立てる。
「三つ目。ずっと気になっていたんだ。皐はどうして、ずっと学校で眠っているんだろう、ってね。でもこうして事情を知れば簡単だった。学校以外の時間はずっと起きてるから、だよね」
学校にいる間の八時間をずっと睡眠に費やす理由。それは、単純に学校にいる時間を眠る時間にしているから。要するに、それ以外の時間にすることがある。しなければならないことがある。
「そうだね、例えばアルバイト。今もしている、こんなアルバイトを学校にいない時間ずっとしている、とかね」
店に行ってするアルバイトもあれば、内職的なアルバイトもある。それらを学校にいない時間にずっとやっている。そして、それらの疲労を学校で睡眠に費やすことで回復させている。
小指を立てる。
「四つ目。じゃあ、どうしてアルバイトなんてしているんだろう? まぁ、簡単だよね、お金が必要だからだ」
両親が残してくれていたお金を三人の子供達が普通の生活をしていく為に使った。学費は勿論食べ盛りの幼い子供達が満足するだけの食費に、子供達の遊びや玩具などに使うお金。お金はどんどんと減っていく。
「メイド喫茶って結構時給がいいなんて噂を聞くけど、実際はどうなのかな。まぁ、ともかく、時給がいいって聞く職種を選んでいるくらいに切迫していることじゃないかな?」
親指を立てる。
「最後。皐は一度も、手紙の内容を言わなかった。それって、『組織』に入っても問題がないけど、『組織』に入るのが何となく、負けだと思っているからそういう理由を付けて断っているんでしょ?」
両親の思いや、両親との絆。そんなものを出されてしまえば大概の人間がそこで引き下がってしまう。しかし、喩はその大概の人間から外れていた。
手紙の内容を言わないということは、その手紙に一人で生きていけというような文言はないからだと喩は、平気で親子の絆を疑う。
「――以上が、僕が推理した根拠。何か、間違っている所があったかな?」
何か間違っているところはないかと、つまり大方の部分は正解していると確信している発言を、喩は堂々として、それで根拠の説明が終了した。
「……一つだけ、です。ここで働いている理由は圭から紹介してもらったから、です。時給がいいのは確かですが、それは後で知りました」
性格なのだろう。全く以て些細なことだがそれでも皐は一つの間違いを訂正する。そしてそれは、その一つの間違い以外は全てその通りだという証明でもあった。
喩の推測は喩の知識内にあることを総動員させて一つの答えを導き出すというものだ。故に答えに関わる重要な情報が足りなければ、その答えは間違ったものになってしまう。
今回で言えば、圭が異能の力を持つ人間にバイト先を紹介しているということを喩は知らなかった。だから、そこだけを間違えた。
「凄いですね、喩は。本当に【転移】だけなんですか? 零や、私の母みたいに、他にも異能の力を持っているんじゃないんですか?」
「まさか。僕は正真正銘、【転移】だけだよ。少なくとも、まだそれだけしか発現はしていないはずだよ」
上塗りをするように皐は、喩の推理が事実であることを告げる。あっさりと、それもヒントですらないようなヒントだけで事実を導き出した喩の推理力に、純粋に驚いたのだ。
「……確かに、正直苦しいです。今年、持つかどうかも分かりません。だけど、そうなったら私が高校を辞めるだけです。それで、とりあえず来年くらいは持ちますから」
それでも来年しか持たない。ならば次は犯罪にでも手を染めて金を稼ぐ。自らの肉体であろうと臓器であろうと子供達の為ならば平気で売ることができる。死ぬ気でやればどうとでもなる。皐が『組織』に入らないのは、もはやただの意地だった。
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