第20話 交渉
しばらく待つと別の店員から紅茶が運ばれ、更に時間が経ってカップル用のパフェを皐が満面の笑みで持ってきた。
「確かに甘いものだし、一つだけどさ」
パフェは高さ二十センチ、コップの縁の直径は十センチ。二人でも多いのではないかと思うような、そんな量だった。明らかに嫌がらせである。
「嫌われてるなぁ、そんなに私達、皐が嫌がることをした覚えはないんだけどな」
席を移動し喩と零が横に、前に皐が座る形になる。
「二人で来ていることが、もう嫌がらせみたいなものです。仲の良いカップルっていうのは、私に両親を思い浮かべさせますから」
「両親から殺されそうになったとか?」
ぼそっと、喩が声を漏らす。つい思っていたことが出ただけの、何気ない言葉だった。
「いいえ、むしろその逆です。……異能の力を持った母と、そうではない父。二人共、私をとても大切にしてくれました」
「……僕と真逆だ。……じゃあ、その両親が殺されたとか?」
「ッ、いいえ、分かりません」
「分からないっていうのは、殺されたのか別の理由で死んだのか、なのか、それとも生きてるか死んでいるか分からない、なのか。どっちなのかな?」
責めるような、問い詰めるような口調。しかし、それは無自覚なものだった。単純に喩は皐の家庭環境に興味を持っていた。
「……後者です」
生きているはずだが、実際はどうか分からない。それが皐の本音だった。両親のとある言葉が嘘だったならば、もしかすれば死んでいるのかもしれない。しかし、その言葉が本当ならばまだ両親は生きている。
「喩、落ち着いて。今、ちょっと怖いよ」
「あ。……ごめんね、皐。そういうつもりじゃ、なかったんだ」
はっと喩は気付き、自身の行動に戸惑う。俯き、思考に耽る。
まるで自分にあったかもしれない可能性を求めるような、そんな尋ね方。両親が自らを大切にしており少なからず誰かから愛情を注がれていたという、そんな可能性を自分が求めていた。
そんなのはまるで――。
「喩、ストップ」
「……っ」
そんなのはまるで、自分が誰かを愛し、誰かを愛されることを望んでいるかのようではないか、と喩が考える前に零が止める。手に触れ、【精神感応】を使って喩の思考を止める。
「喩、ここからは私がするから」
「……うん」
思考停止したまま、呆然としながら、頷く。 零は喩に小さく微笑み、皐の方を向く。向き合い、対峙する。
「本題に入ろう、皐。どうして、『組織』に入らないの?」
「……私は、一人で生きていかないといけないんです。それが両親の言葉ですから」
両親の言葉。それは皐の両親が声に出したものではなく、手紙によるものだ。両親がありったけの皐への愛を込めたその手紙に書かれていた言葉が、皐に完全な自立を目指させる。
「……私の両親は、とても綺麗な人でした。娘の私が言うのも何ですが、それにうろ覚えですが、それでも私は、両親はとても透き通った人だったと言い切れます」
とても綺麗で、とても美しくて、とても透明だった。
「母が【未来予知】と【治癒】を持っていたおかげで、私はとても健康に過ごしました。異能の力の呪いが起こる未来を綺麗に回避して、私が怪我をすればすぐに治してくれました」
【未来予知】は未来に起こる可能性を視る力だ。幾つかの条件を指定し、それ以外のあらゆる条件を変更した場合の未来という結果を視ることができる。未来に起こり得る全ての可能性を視ることができる。ただし、それを処理できるかどうか当人の脳のスペックによる。皐の母親の場合は最も起こるであろう可能性と、その次に起こる可能性程度しか視ることはできなかった。勿論のこと、どうやって未来という結果を知ることができるのかは理屈で説明できない。
【治癒】は当人が認識している健康体の状態と実際の体の状態を同期させるという力だ。故に先天的に足がないだとか、既にその状態が普通である場合は治らないが、骨折や擦り傷に刺し傷、それに体の部位が引き千切れたとしても、それが当人の認識している健康体の状態でないならば、健康体の状態に戻すことが出来る。千切れた肉体は、再生した肉体と存在的には一緒であり、再生した肉体が正しい状態なのだから間違った状態の千切れた肉体は消える。
そして相変わらず、異能の力の性質を順守し何故そうなるのかという理屈は全く分からない。
「異能の力が、二つか。まぁ、珍しくもないか」
零は呟き、喩はそれを理解する為に理屈の筋道を立てていく。
異能の力は因子となって親から子へと受け継がれる。二人の親の内、一人が異能の力を持っていれば二分の一の確立で異能の力は発現する。そうでなくとも、その子つまり孫には最低でも四分の一の確立で遺伝する。
「母方の母と父方の父が、異能の力を持っていたそうです」
皐の母親の場合、祖母と祖父から因子を受け継ぎ、その二つがそれぞれ四分の一の確立で、つまり十六分の一の確立で発現したということになる。
「……母は【未来予知】で私と両親の運命を知っていました。私と両親が引き裂かれる、という運命を。だから、二人は私に一枚の手紙を残していました」
ある日、皐の両親は帰ってこなかった。しばらくは我慢していたが、やがて我慢できなくなり、暴れだし、そうして手紙を見つけた。
心を病みそうになった時、めげそうになった時、辛い時、悲しい時、寂しい時。あらゆる時に皐を励ました手紙。何度も何度も読み直し、暗唱できる程読み込んだ手紙。
皐の価値観の形成にすら大きな影響を与えた、両親からの愛の手紙。その手紙に込められた意思を尊重しそんな両親を尊敬している。
だから両親の言葉を裏切りたくない。そしてそれが、皐の『組織』に入らない理由だった。
「……じゃあ、尚更、皐は『組織』に入らないといけないんじゃないの?」
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