第19話 幕間

「どうして、勧誘を断っているって分かったの?」

 去った皐を見送ってから零は喩に尋ねる。小声で皐には気付かれないように小さく口を動かして。

「だって皐は僕達にすぐに【幻覚】を教えてくれたでしょ。それって僕達が異能の力を持っていることを知っているってことじゃない?」

 異能の力を持つ人間が異能の力を持っていることを打ち明けるのは、大抵が異能の力を持っている人間にだけだ。それも、持っていると確信してから打ち明ける。だとするならばあっさりとバラした皐は、喩と零が異能の力を持っていることを知っていた。

「そうなるね。でも、それだけじゃ、一度断っているとは言い切れないじゃない」

「僕が異能の力について打ち明けたのは、この街では汀さんと零と圭だけ。汀さんは相手に許可を取らない限りは誰かに教えることはないし、零は皐と初対面。じゃあ、僕が異能の力を持っているってことを皐に教えたのは、圭ってことになるでしょ?」

「……ああ、そっか。圭は『組織』側の人間だもんね」

 『組織』に所属する人間には二つのタイプがあり、一つは喩や零などのほとんどの人間がカテゴライズされる、『組織』を仲介して助け合うだけの関係。もう一つは『組織』の運営を担う人間だ。後者にはそれなりの審査なり条件なりが必要で、喩が知っているのは南戸圭だけだ。

 圭は主にこの街周辺の、『組織』に所属する人間にとって必要な物資や人材を集めて等分配するという役目を担っており、物資の運搬や拾集などを『組織』に所属する人間に依頼していたりする。

 そして、『組織』側の人間である圭は、『組織』のスタンスに則って基本的に異能の力を持つ人間を積極的に『組織』へと勧誘する。

「まぁ、圭も安易に教えたりはしないから、多分交渉の時に説明したとか、かな。まぁ、そんな風に圭から勧誘されているはずだけど、まだ『組織』には入っていない。つまり」

「何らかの理由があって断っている、ってことか」

「そう。それに、圭のことだから、他の誰かを使って勧誘してると思うんだ。それでも断り続けているってことは、何かよっぽどな理由があるのかもね。だから、手こずりそうって言ってたの」

「……そっか。なるほど」

 はぁ、と零は溜息を吐く。具体的に言えば、吐き出したのは溜息だけではない。内心に溜まったちょっとした不安や懸念も、である。

 それら全ての原因は、喩だ。喩の、無自覚な知能についてだ。どうやら喩はとある一面においては非常に賢いらしいのだ。

 とある一面というのは、簡単に言えば物事を予測する力。知識量、記憶力、思考力が合わさり、幾つかのバラバラな情報に一つの筋道を作る力。

 あらゆる可能性の中で最も可能性のあるものを選び、それを事実だと仮定して物事を進めていく。つまり、自分が見つけ出した可能性を、変えられようのない事実だと思い込む。

 もとから喩がそういう考え方で生きていることを零は知っていたが、その仮定した事実が大抵の場合は正し過ぎる。何か大きな力や存在などに惑わされない限りは、大抵が正しい。

 最初、つまり喩と零が出会った頃はそんな傾向もあまり見えなかった。しかし、日を重ねる度に喩は自らの知能を徐々に徐々に見せるようになっていた。

 それまで零に振り回されっぱなしだった喩が、こまごまとした所で零を振り回すようになっていた。

 零と関わる中で喩の何かが変わったという訳ではなく、素の喩が現れてきたのだろう。これまで突然変わった状況に警戒や戸惑いを覚えていた喩が、それらの状況に適応してきたのだ。

 これまでの喩が普通ではなく、これからの喩が本来の喩なのだ。

「っていうか、僕だけに押し付けないで、零もやってよ。いや、零がやってよ。僕に頼るとか、そういうの止めてくれないかな」

 人に何かを頼るということは、相手に頼るだけの信頼を寄せているということだ。信頼も信用もしない喩は逆に信頼や信用されることも出来るだけ避けようとする。

 信頼や信用は、無条件に返さなければならないという、その空気そのものが喩には気持ち悪くて仕方がない。信頼や信用は確かに心強いが状況が一つ変われば簡単に崩れ去る、諸刃の剣のようなものだ。そんな危険なものを、喩は持ちたくないのだ。既に一度零を頼っている為、あまりその言葉には説得力はない訳だが。

「分かった、分かった。じゃあ、ここからは私が」

「うん、よろしく。じゃあ、零はどうする? 僕は紅茶でいいかなって思うけど」

「んー、まぁ、私もそれでいいよ」

 メニューを渡すも、どれも零の目を引くようなものはなかった。ならばと零は喩と同じものを選ぶ。どうやらお互い、プレーンなもの、シンプルなものが好き。逆に趣向を凝らしたものにはあまり惹かれないという根本的な嗜好が似ているのだ。

「ご注文、お決まりになりましたか? ご主人様にお嬢様」

 常に監視と注視をしているおかげか、皐が丁度よく現れる。威圧のようなものも感じるが、喩も零もあまり気にしていない。互いに嫌味と皮肉と脅迫を――主に喩が被害者だが――を繰り返しているが故の成長のようなものだった。

「うん、紅茶二つ」

「ケチくさいですね。もっと頼んでくださってもよろしいのですよ?」

「なんでそんなに毒舌なのかな。じゃあ、何か一つ、適当に甘いもの頂戴」

「ありがとうございます。それでは少し、お待ち下さい」

「あ、待って、皐」

「何でしょうか?」

 去ろうとする皐の手を取って、零が引き止める。

「どうして、『組織』に入りたくないの? その理由を聞かせて、それで私達が納得したら、すぐに帰るからさ」

「……オーナーに言って、少し時間を貰います。ですから、少し待っていてください」

 皐の言葉に喩と零は小さく頷く。すると皐は、あ、そうだ、と零に向けて微笑みと共に一言。

「それと、あまり不用意に触れないでください。風営法に引っかかるかもしれませんから」

「あ、それはごめん」

 ぱっと零が手を離すと皐はすぐにその場を離れた。くくっ、と漏れるような声が聞こえて零は喩の方を向く。

「風営法に引っ掛かった女子。……ふふっ、くくっ、痛ッ!?」

 口を抑えて笑いを堪えている喩の足を思い切り踏んでから、零は一言。堪えるものを笑いから悲鳴に変えて、喩は抗議するように零を見る。

「弌さんと笑さんに、これまでに送ろうとしたもの、全部送るわよ?」

「それだけは勘弁してください……」

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