第18話 宮良皐

 【探知】という力は中々にプライバシーやらポリシーやらを平気で踏みにじる節がある。個人というのは世界中どこを探しても一人しかいないのだから、個人を探し出すという行為はある程度の範囲が分かっていれば簡単に見つけ出すことが出来る。

 ストーキングにはもってこいの力だな、と喩は内心で思いつつ、どうやら皐がアルバイトをしているらしい店の行列に並ぶ。

「こんな街でもこういう店ってあるんだね。もっと大都市にしかないみたいなイメージを私は勝手に抱いていたけど」

 行列は長くも短くもない、しばらく待っていれば店の中に入ることができるだろうといった感じだった。

「結構あるみたいだね。全国に、って程でもないけど、ある程度大きい街だったら大体あるみたい」

「へぇ、詳しいね。自分で調べたの?」

「ノーコメント」

 冷やかしの零の目線から逃れるように喩は顔を背ける。それがもう、答えのようなものであることに喩は、背けた後に気付いた。

「でも好きそうだよね、男子は。よっぽど興味がないとかじゃない限り、言ったり、行ったりはともかく、多少なりとも惹かれるものはあるんじゃない?」

「男子なんて所詮、欲塗れだからね。そんな欲望に付き合ってくれるかもしれない、従順な女性なんて大好物。まぁ、それを公言するかどうかは人次第だけどさ」

 零の追及から逃れるのは無理だと諦め、あくまで一般論として、話に付き合う。

「そこに喩は含まれ?」

「ない、とも言い切れないかな。まぁ、だけど、ここは本物の主従関係じゃなくて、そういうロールプレイの空間だから、関係ないでしょ」

 そもそも店に行かなければ奉仕を受けられない時点で、立場は従者の方が上になっているし、と付け足して喩は笑う。

「さて、今の言葉で一体何人の心が抉られたのか」

 あはは、と零は苦笑いを漏らす。

 少し待つとすぐに喩と零の順番がやって来た。店の中に入ると、目の前に皐がおり、にこにことした笑みを携えていた。しかし、すぐに客が喩だと、つまりクラスメイトだと理解するとその笑みは悪意のある満面の笑みに変わり、凍てつくような声でハッキリと告げる。

「いらっしゃいませ、ご主人様にお嬢様。冥土はこちらでございます」

 親指を立て、首を切るような動作の後にサムズダウン。要するに、いいねの親指の向きを反対にしたもので、言葉と合わせて、死ねという意味を指していた。

「メイドさんが、そんな言葉を使っていいのかな?」

「【幻覚】で、誰も本当の言葉なんて聞いていませんから。……とりあえず、お席にご案内致しますね」

 にこっと、ただの笑みに戻ってテーブル席へ誘導される。向き合うような形で座り、皐の少々お待ち下さいという言葉と共に、喩と零はそれぞれ脱力する。

 皐がアルバイトをしている店、それがメイド喫茶だったことに、そして当然のようにメイド服を身に纏っている皐に、なんとも言えない感じに喩はなってしまっている。メイド喫茶の店員の中にクラスメイトがいるというのは中々複雑な感じである。

 一方で零は冷静に、皐の異能の力について考えていた。

「慣れてるね」

「……まぁ、冷やかしで来るクラスメイトがいたって不思議じゃないしね。それに皐は、何か噂しにくい雰囲気があって、噂にはならないし」

「そうじゃなくて、異能の力」

 ぐでっとテーブルに顎を乗せて自らのなんとも言えない感じを体現する喩に馬鹿を見るような目をプレゼントしてから続ける。

「今の罵倒、私達以外には【幻覚】で普通の接客をしているようにしていたんだと思うけど、同時に複数人にそれも、自分は別の行動をしながらするなんて、結構難しいことのはずなのに」

 【全能】により、当然【幻覚】も使える零は皐が使った、【幻覚】の複雑さに単純に驚いていた。

 感覚刺激を上書きするには、当然上書きする情報が必要になる。今回の場合で言えば、それは音である。音の情報を上書きしながら、同時に言葉を口にする。それは頭の中と実際で別のことを行うということであり、ほんの少しコツがいる。それを皐は平然とやっているのだ。

「でも、まぁ、三人について第六感を含めた全感覚を常に上書きしているっていう僕の推測が正しかったら、そのくらいは簡単だと思うけど」

「そうだけどさ」

 三人に対しての細工は常に発動している。つまり、三人に複雑な【幻覚】を用い続けている上で更にそんな複雑なことをしている。それだけで皐が異能の力を、【幻覚】を使い慣れていることが分かる。使わなければどうにもならない機会が腐るほどあったことが分かる。

「っていうか、今回の説得、結構手こずりそうだなぁ」

 はぁ、と溜息を吐いて、喩はテーブルに肘を乗せ、手を顎に当てて考え込む。

「どうしてそんなに弱気なの? 確かに、結構警戒されているみたいだけど」

「だって皐は多分、何回か『組織』からの勧誘を断っているみたいだから」

「やっぱり、『組織』の勧誘ですか、ご主人様にお嬢様。それなら、お断りさせて頂きます。あとこちら、メニューになります」

「順序が逆だと思うけど、ありがと。注文は後でもう一度呼ぶから、その時に来てくれると嬉しいかな」

 ぬっと現れた皐に、喩は苦笑いをしながらそう答える。暗にもう一度話を聞いて欲しい、もう一度チャンスが欲しいということを告げていた。

「かしこまりました」

 小さく一礼して皐は喩と零の前からいなくなる。少し離れた所で他のお客への接客をしているらしい。しかも、どうやらこちらをがっつり監視しながら。

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