第17話 推理

「皐、か。……へぇ、皐も異能の力を持っているんだ」

 ふと何か引っかかることがあるような気がして、喩は数秒考え、そして思い出す。

「ねぇ、零。【幻覚】ってさ、確か相手が受けた感覚刺激の情報を上書きするっていう力だよね」

「うん。五感が受け取る感覚を偽装するっていう――……あ、もしかして」

 何かに気付き、声を漏らして零も思考する。

 かつて喩が『組織』から頼まれた物資の運搬の際に、【幻覚】を持つ人間と協力したことがあるのだ。皐ではなかったが、その時に喩は相手から【幻覚】について教えてもらい、【転移】について教えた。

 【幻覚】は感覚刺激を上書きするという力だ。人間が受ける感覚刺激をなくしたり、与えたり、或いは別のものに上書きする。相変わらず、その理屈は不明である。

例えば、目がとある物を捉え、色や大きさ、形などの情報を得たとしても【幻覚】を用いて何もないという情報に上書きしてしまえば、脳は何もないと認識する。その逆もまた然りで、何もないという本来の情報に、色や大きさ、形などの情報を上書きしてしまえば脳はそこに何かがあると認識する。また、見ている物の情報を別の物の情報に上書きしてしまえば、その別の物を認識する。

 そして【幻覚】は、視覚だけではなく第六感を含めた全ての感覚を上書きすることができる。

「つまり皐が、残りの三人を認識した全ての相手に対して常に、第六感を含めた全部の感覚を【幻覚】で別の情報に上書きしている、ってこと?」

 【探知】は第六感を含めた全ての感覚を使って任意のものを探す力であり、異能の力を探すことは簡単に出来る。異能の力が持つ特殊な性質は隠しようのない異質さがあり、それを感じ取るだけだ。そこには異能の力を持つ人間個人は関係なく、故に皐の【幻覚】も効果を発揮していない。

 しかし、異能の力ではなく異能の力を持つ人間個人を【探知】しようとすると、皐の【幻覚】が効果を発揮し、【探知】の力で得た感覚的な情報を全て上書きしてしまう。故に、人数が分かるがそれ以上が分からない。残り三人が判別することができない。認識することができない。

「でも、どうして?」

 零が問う。そんなことをする意味と、そうすることで皐に一体どんな利益があるのか。むしろ、異能の力を使うという心理的な、精神的な不利益の方が大きいはずだというのに。

「多分、三人を守っているんだと思う。異能の力のことがバレても、三人のことを正しく認識できないなら、その三人が何かされることはないから」

 異能の力を持っている人間がいる。しかし、例えば、異能の力を持っているはずの人間を異能の力を持っていない人間だと認識していれば、異能の力を持っていないのだから何もされることはない。異能の力を持っていることがバレても、その人間は異能の力を持っていない人間として認識されるだから、異能の力を持っていることを理由に何かをされることはない。

「考えれば矛盾が発生するでしょ? 異能の力を持っている人間は異能の力を持っていないっていう。そしてそれを深く考えても答えは出てこない。A=B、B=Aを繰り返す無限ループ。答えが出ない答えを探す必要はない。だから、みんなそのことを考えないようになる。異能の力についてのことを。そうなれば、例え異能の力がバレていても、異能の力を持つ人間は理不尽な目には遭わない。……凄いな、そんな方法があるなんて、思わなかった」

「……今喩はそれを、数少ない情報だけで見抜いたっていうことを分かってる?」

「あー、違うんだ。実は、ちょっとヒントみたいなものを前に知っていただけなんだ」

 そうであるならば、七月二十日、夏休み前日のあの日、零に追いかけられた時に見た光景にも辻褄が合う。皐と三人の子供達が公園にいたというあの光景が。

 皐が異能の力を持つのならば本能に忠実な方である子供達三人が懐く訳もない。例外があるとするならば子供達三人が異能の力を持っているという可能性だけ。零と子供達三人。合わせて四人。つまり、零が探し当てた、『組織』に入っていない異能の力を持つ人間の数と一致する。

 ヒントの説明を喩からされた零は、喩の無自覚さに驚きと呆れを覚える。どうしようもなく勿体なく、そして零にとってとてつもなく危険な、推理の才能。

 真実かどうかはともかく、名探偵ばりの推理力ではある。異能の力などではなく、ただの人間としてのありふれた一つの才能だった。

 小さく溜息を吐いて零は思う。次の対価を確実に支払わせるには、そして自らの目的を気付かせないまま喩に達成させる為には、どうやらかなり慎重にことを進めなければいけないらしい、と。

「ともかく、じゃあ、皐を説得できたら、それで残りの三人も簡単ってことか」

「多分ね。僕の予想が間違ってなければ、だけど」

「善は急げって言うし、早速行こうか」

「一体誰が言ったんだろうね、そんな面倒臭いこと」

「喩は、一々そういうことを挟まないと死ぬの?」

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