第16話 誤報と勧誘


 八月一日。

「あははははっ! まさか、こうなるとは。何ていうか予想通りの期待の裏切り方だね……」

 そう言って笑い転げている零が見ているのは、喩のスマートフォン。

 弌と笑が喩と零の関係について記述している記事をアップロードした訳だが、箇所箇所に文句の付けにくい、しかし文句の付けようしかない改変がなされており、記事上での喩はどことなくハードボイルドな雰囲気が漂っていた。

「はぁ……、「いつの間にか付き合っていたんですよ、と零が笑いながら言うと、喩は何も言わずただただ静かに頷いた」って、確かに頷いたけどさ……」

 わざわざ頷いたことは書く必要はないというのに、あえてそれを書くことで喩に特定のイメージを与えようとしているのが見て取れる。しかし、その行動は一々、思い返してみれば確かにとっていた行動な為に、嘘だと糾弾し辛い。

 最後にはちゃっかりと、未だに諦めていないらしい怪しい宗教についての噂の情報を募る旨のお願いがあった。油断も隙もない。

「これ、わざと僕がダサくなるようにしているよね?」

「喩はダサくなってるけど、記事は傑作ね」

「誰がそんな言葉遊びを要求したかな!」

 はぁ、と溜息を吐きながら、しかしインターネット上に会員制とはいえアップロードしてしまったものだと諦める。二度と回収は不可能で、できるのは一部の良識ある人間に対しての訂正くらいだろうが、それも今回の場合は特に意味もない。何せ、全てが嘘なのだから。

「さて、とりあえず、これで一つ目の対価は無事完了ってことだよね?」

 何はともあれ、これにて一つ目の対価、つまり喩と零が恋人関係であることは多くの人間が認知することになった。一つ目の対価の支払いはこれにて完了という訳である。

「うん。だけど、一応、もう三日くらい待とうかな。気が向いてない人も見る期間として」

「あー、なるほど。じゃあ、あと三日は特にすることがない、と?」

「ううん。一つだけ、ついでっていうか、何ていうか。ボランティアみたいなものでもしておこうかなって思ってね」

「本当に正しく使われるかはともかくとして、どこかの団体にお金でも寄付するの?」

「なんでわざわざそういう言い方をするのかな。……って、そうじゃなくて、今回私達がするのは、単に異能の力を持つ人間を『組織』に勧誘するだけ。『組織』は異能の力を持つ人間を『組織』に勧誘するのを推奨しているでしょ。報告だけでもいいし、勧誘してもいいし、『組織』に入るように交渉してくれてもいい、みたいな感じで」

 『組織』とは異能の力を持つ人間だけが集まり、それぞれの異能の力を使って様々な工作をして異能の力を持つ人間同士で助け合う集団のことだ。特に名前はなく、基本的に多くの人は『組織』と呼んでいる。

 異能の力を持つ人間が多く集まればその分、多様な異能の力を多用することができる。つまり、様々な工作のレパートリーが増えていく。その為に『組織』は異能の力を持つ人間を『組織』に勧誘することを推奨している。名目上、助け合うという前提な為に、あくまでも推奨である。

「それって、この辺りに『組織』に入っていない、異能の力を持つ人間がいるっていうこと?」

「そういうこと。それも、四人」

「四人? そんなにいたんだ、この街に」

 異能の力を持つ人間は意外とありふれている。しかし、お互いに異能の力を持っていない人間に異能の力を知られてしまえば嫌悪されてしまうことを、経験として或いは知識として知っている為か、相手が異能の力を持っていると確信しない限り打ち明けようとはしない。

 『組織』からの依頼をする中で必然的に異能の力を持つ人間を知ることはあるが、『組織』が日常生活に影響を与えないように配慮し、知り合っていない限り周辺の街の異能の力を持つ人間同士を、同じ時同じ場所へ向かわせることはない。

 その為、他に四人異能の力を持っている人間がこの街にいたとしても、そこまで不思議ではないが、しかし、自分の知らない所で、もしかしたらすれ違っているかもしれない人達の中に異能の力を持っている人間がいたのだと思うと、やはりそれなりの驚きを喩は抱くのだ。

 しかも、どうやらその四人は『組織』に入っていないらしい。つまり、独力だけで生きている。異能の力がバレないように、自分の力だけでやり過ごしている。

「でね、ここからが問題。【探知】を使って、探したら四人いることは分かったんだ。一人は名前も異能の力の種類も分かってる。だけど、残りの三人が、いるということ以外何も分からないんだよね」

 【探知】は、南戸圭も持つ異能の力で、任意の範囲の人間や物の中から自らの望むものをだけを抽出して探し出すという力だ。生物や物体が持つ性質などを、第六感を含めた感覚器官全てを用いて感じ取るもので、異能の力の性質に従いどうやって距離の離れた物の性質を感じ取るのかは分からない。

 暇潰し感覚で零はふと、この街で異能の力を持っている人間を【探知】で探したらしい。異能の力という特殊な力は【探知】において実に探しやすいもので、故に簡単に見つかった。

 零自身を含めて合計八人。零、喩、圭、汀、そして残りの四人。一人は名前も異能の力も分かっている。しかし、残り三人がどうしても分からない。判別不能で認識不能だった。

「……とりあえず、分かっている方から誘ってみようよ。三日どころじゃなくなるかもしれないけど、『組織』の人数が増えることに越したことはないし。それで、分かっている一人っていうのは?」

「喩も知っていると思うよ。知っているだけかもだけど。名前は宮良皐で、【幻覚】を持っているの」

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