第15話 意外な特技
七月二十八日。喩は汀のもとへと訪れていた。目的はいつもの通りの催眠療法。
しっかりと一週間以上の期間を開けていた上に、強く過去を思い出すような状況がなかったおかげか軽い頭痛が起こるくらいで、いつもの通り順調に終わった。
「最近は調子が良さそうね。それはやっぱり、桃洞零さんのおかげなのかな?」
「かもしれない。過去のことを思い出す余裕を与えてくれないくらいに振り回されてるから」
喩はそう言って少し笑い、汀が冷蔵庫から取り出した清涼飲料水を飲む。沢山あるから、ついでに幾つか持って返って欲しいと汀から言われている。
「まぁ、経緯はどうあれ、新しい人と関わりを持つっていうのは凄くいいことだから、あんまり嫌がらずにね」
「嫌がっても嫌がらなくても、零は同じだから適当に付き合うようにしてるよ。無理に嫌がるのが一番疲れるから」
自分が嫌いな人間が自分のことを嫌ってくれるとは限らない。むしろその逆の方が多かったりもする。そういう相手をするのが一番疲れるというのは、人付き合いの極端に少ない喩ですら知っていることだった。そういう人間は、ハッキリと嫌いと言うか、それとも付き合う時には嫌いなことを忘れて付き合うかのどちらかに限るということも含めて、喩は知っていた。
「それじゃ、僕はここで。ジュース、ありがとうございます」
「ううん、それじゃあね」
手を振り合ってから、喩は【転移】で家へと戻る。
「あ、喩、お帰り」
「ただいま」
玄関で靴を脱いでリビングへ向かうと、零が椅子にだらしなく背中を預けて、ぼぅっとしていた。テーブルの上に足を乗せており、それを行く前に指摘すると、こうすると血行にいいらしいよ、と答えになっていない答えをした。
弌と笑からの取材を受けてから大体一週間。行ける所には大方行き、嫌という程、付き合っている雰囲気は醸し出し、見せびらかした。できることは大抵やった。後は人事尽くして天命を待つのみだ。
「……あー、暇だぁ。喩の家には二人用っていうかマルチプレイのゲームとか、オセロとかのボードゲームもないし。スマホのアプリも一人用ばっかりだし、二人用のゲームをダウンロードしてくれないしー」
椅子の前足に当たる部分を浮かして、後ろ足だけでバランスをとってゆりかごのようにぐらんぐらんと揺れながら、零はそんなことを言う。
何となく腹が立ったので喩は体育で卓球をしたときに偶然持って帰ってしまったピン球を手に取って零の頭上に【転移】させる。
「うわっ!?」
急に現れたピン球に驚いて零はそのままひっくり返ってしまう。
「あー、びっくりした。異能の力をそういう風に使うのはいけないと思うんですけどー」
「次はそこのテーブルのルービックキューブかな……」
「なんか最近、喩の性格の悪さに磨きが掛かってる気がする」
「ザラザラな何かがいるからじゃない。研磨ってやつ」
「何それ、私がガサツだとでも言いたい訳?」
「ガサツじゃなきゃ、雑かな」
「ふぅん、そんなこと言うんだ。じゃあ弌さんと笑さんに、喩の見ていたちょっとアレな、厭らしいサイトのURLを――」
「ごめんなさい、もう二度としません! 零は繊細でとても丁寧な人です!」
スライディング・【転移】・土下座。よく滑るフローリングなせいで、かなり勢い良く零のもとへと滑っていった。
「分かればよろしい」
はぁ、と溜息を吐いて、立ち上がったついでに零が一度バラバラに崩して、完成できずに諦めたルービックキューブを手に取る。
ルービックキューブを回しながら、喩は一体どうすれば零をぎゃふんと言わせることができるのだろうか、というか自分は零を心底驚かせることができるのだろうかと思考する。ほんの少し嫌味や皮肉を言うと絶対に隠しているはずの、知られたくない秘密を零は何故か知っていて、弌と笑に知らせようとするのだ。今回に至っては履歴も消しているはずだというのに。
特に何かの曲を意識した訳でもない鼻歌を奏でながら、リビングの角にある本棚へ向かい、六面を綺麗に揃えた状態で本棚の一番上にぽんっと置いて、適当に一冊を抜き取り、再びテーブルに戻る。
「零、どうしたの?」
座ったところで喩をまじまじと、まるで理解不能の地球外生命体でも見るような目で見つめる零に気付いた。喩としては地球外生命体のような人間は零なのだが、というのは心の内に秘めておく。
「失礼なことを考えているのはとりあえず見逃しておいてあげるわ」
秘めることはできなかったらしい。
「今、何したの?」
「え? 今って、本を取って座っただけだよ」
「いや、アレよ、アレ」
と零が指差すのは喩の後方。振り向いた先にあるのは本棚。一体零が何をいいたいのか理解できず、数秒考えてようやく理解する。
「ああ、ルービックキューブのこと?」
「そう。私が見た時は、バラバラだったはずだったんだけど、何をしたの? 【転移】?」
「いや、まさか。揃えただけだよ」
「揃えただけ? テーブルから、向こうまでの二十歩もいかないような時間で?」
「うん」
「いーや、信じられない。絶対に何かをしたんだ」
急に目の前から零の姿がなくなり、後ろから声が聞こえる。喩を見ておらず、どうやらルービックキューブの面の色をバラバラにするのに必死らしかった。
「いや、普通に揃えただけだって」
「だったら、もう一度再現してみなさいよ!」
「はいはい」
投げてきたルービックキューブを受け取って、カチャカチャとルービックキューブを回していく。数秒経って、こちらに歩いて戻ってきた零に、再び六面が綺麗に揃ったルービックキューブを投げ渡す。
歩きながら受け取って六面全てを確認したところで零は立ち止まり、ごとんとルービックキューブを落とす。
「今、初めて喩を凄いと思った……」
「初めてって酷すぎない?」
どうやら何気なくやったルービックキューブの高速完成は、零をぎゃふんと言わせることも、零を心底驚かせることも、同時にしてしまったらしかった。
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