第14話 それは私の役目じゃない。
「……ねぇ、零さん、一つ聞いていいかな」
「何?」
「喩って何か大きな隠しごとをしていない? ……上手く言えないんだけど、喩は何かを抱えている気がするの。それも、多分すごく大きなことを」
それは弌と笑がずっと思っていることだった。喩には直接聞けないが、零からなまだ聞きやすかった。それに、どちらにせよ喩が抱えるものの大きさというものを計ることができる。
もし零がこのまま答えてくれたならばそれで万々歳。そうではなく零が答えないにしても、もし恋人であるはずの零が知っているのならばある程度、親密になれば話してくれる可能性がある。零ですら知らないのならば、喩の抱えているそれはそれ程までに大きなものであるということだ。どのみち、弌がそれを問うというのは合理的な最適解だった。
零はしばらく考えて、告げる。
「――うん。抱えていることはあるよ。だけど、多分、喩は自分からは話してくれないと思うよ。私は、私の事情があってそれを知っているだけで、喩から話してくれた訳じゃないから」
「そっか。……じゃあ、一つだけお願いしてもいいかな?」
「内容によるかな」
「……その、私が言うのもなんだけど、喩のことお願いね」
「俺からも頼みます。多分、喩を変えられるのは零さんだけだと思うから」
その一言に零は数秒固まり、俯く。更に数秒考えて、零は安心したような表情を見せ、笑って一言。
「ごめんなさい。それは、私の役目じゃない。その役目は――」
「お待たせ」
零が何かを言いかけたところで喩が戻って来た。すると零は言い切るのを止めて、いつもの落ち着いた表情に戻る。
「お待たされ。それじゃあ、弌さんに笑さん、さようなら。私達はちょっと用事があるから」
「……え、あ、うん。分かった」
「……ああ、分かった」
「……?」
弌と笑の珍しく動揺したような表情や口調にほんの少しの疑問を持ちながらも、喩はその場から離れた。自分について、あまりにも重要なことが話されていたというのに、そんなことに一切気付くことなく、喩はその場を後にした。
「さっき、何か、弌と笑と話してた?」
エレベーターで一階まで下りた辺りで、喩は零に尋ねる。疑問を口に出さなければ気が済まないのだ。
「ただの世間話。心配しなくても、異能の力のことなんて話してないよ」
「そっか。ならよかった」
「弌さんに笑さん、いい人達だね。それに凄く面白い人達だ」
「……うん。あの二人は凄い、いい人だよ。【転移】が消えたら、一番に友達になりたい人かな」
「今は友達じゃないの?」
意地悪な問いというよりは単に嫌な質問。しかし、喩もどうやらそういう質問には耐性が付いて来たらしく、スルーすることができるようになっていた。
「ただのクラスメイトだよ。今はまだ。僕が普通になったら、それで初めて友達になれる」
「向こうはそう思ってないみたいだけどね」
「弌と笑の思いは関係ないよ。これは僕の問題だから」
二人が喩との関係をどう思っていようが、【転移】が消えない限り、喩は自分のことを普通だとは思えない。だから喩は二人のことを友達と呼ぶことができない。二人の意思は関係なく、全てにおいて喩の意思に関係する。
「私達の問題、だけどね」
「……そうだね」
「あ、いつ頃、記事をアップするのか聞き忘れてた」
「僕が聞いてこようか?」
話を変えるように零はしまったという表情をする。初めて見る表情だな、と喩は何となく思いつつ、ならばと提案する。
「さっきラインで友達登録したから、大丈夫」
「……いつの間に?」
喩が席を立ったのはつい先程の、ゴミを捨ててトレイを直しに言った時だけだ。それに喩は、それ意外の間、基本的に零と弌の質問を聞いていたし、見ていたはずである。友達登録をする時間なんてなかったはず。しかし、喩の疑問はあっさりと解決する。
「ほら、喩に手刀を落としたでしょ。あの時にもう片方の手でふるふるで交換したの」
「そんな人の死角を突くみたいなことしなくてよくない!?」
「まぁ、いいじゃん。っと、八月一日か。ってことは一週間と少しか。それじゃあ、その間も一応、適当にそういう行動でもしよっか。ついでに色んな所に行こうよ」
「ああ……、お金が減っていく……」
出掛けるということは、お金を使うということだ。基本的に喩は休みの日は何もせずにいたいタイプの人間であり、お金には多少の余裕があるが、それでも喩は温存しておきたい。
「なくなったらその時よ。『組織』に申請したら、貰えるんでしょ、お金も何もかも」
「そうだけどさ、あんまり頼りたくないかな。【転移】がなくなったら僕は『組織』の一員じゃなくなるし訳だし」
「その辺は何とかなるでしょ。むしろ協力させられるかもしれないよ。異能の力を持つ人間と異能の力を持たない人間の橋渡し的なポジションで」
「それは微妙な感じかな」
喩は既に【転移】がなくなることを前提に話を進めている。しっかりと将来のことを考えていた。普通の人間としての将来を考えていた。
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