第13話 取材

「ん、じゃあ、ありきたりに、お互い相手のどこが好きか、とか聞いてみようかな。まずは、零さんから」

「そうだなぁ、色々あって思い付かないけど、やっぱり一番は性格かな。捻くれてるけど、そういうところも面白いし、ちょっと頑固なところとかも可愛いし」

「へぇ、私の知らない一面だなぁ」

「俺も知らねぇ」

 再度、弌と笑の視線が喩に突き刺さる。苦笑いしかレパートリーのない喩は、あははと言って笑うしかなかった。

「それじゃあ、次は喩」

「僕、か。うーん、何だろうな。ちょっと大人っぽいし、謎めいていて魅力的なところとか、あとは引っ張ってくれるところ? あ、あと……、いや、やっぱりいいや」

 言いかけて、止める。これはこれ以上考えない方がいい。それを考えてしまえば、また頭痛が襲ってくる。初恋の人に似ているから、なんてことは言わない方がいい。

「えー、そこまで言って言わないの?」

「これ以上はちょっと恥ずかしいかな」

「へぇ、喩はそんな風に思ってくれてたんだ。嬉しいなぁー」

 心底嬉しそうに、だからこそ喩にはそれが演技であり嫌味だと分かってしまう、そんな笑みで零は喩を見つめる。

「まぁ、いいか」

 ああ、と喩は理解する。嫌味のついでに零は追及を止めさせたのだと。器用だな、と、流石は【全能】だな、と喩はジト目で零を見つめ返す。

「次はどうやって出会ったか、だね。どっちが話す?」

「じゃあ、私が。私が恋人になってって言ったからね、私に話す義務があるかなっと」

 間違ってはいないけど、と思いつつ喩は小さく頷く。喩は嘘を吐くのが下手だと自覚している。それについさっき、その嘘の吐けなささを利用されそうになったのだ。警戒するに越したことはない。

「それじゃあ、どうぞ」

「あれは前世での約束」

「ストップ! 頼むから痛い設定を自信満々に、嬉しそうに話すの止めてくれないかな!」

 思わず突っ込んで喩は、はっとなる。すとん、と座り込んで喩は視線を下に移す。

「喩ってツッコミとかするんだね。いつも苦笑いか愛想笑いかだけだったのに」

「意外だな」

 純粋に驚いているらしい弌と笑を前に、気恥ずかしさとやってしまった感で思考が停止する。もう、何と言うか喩はどうでもよくなって来ていた。

「さて、じゃあ、そんな新しい喩の一面を見せたところで、真面目に話そうかな」

「今のわざとだったの!?」

「だって話すことなんて結構普通のことだから、最初にインパクトを与えようかなって思って」

「インパクトの与え方が絶妙にズレてるから……」

 喩は頭を抱えて、溜息を吐く。零の思惑が本当に分からない。つい先程、喩を守ったかと思えば弌と笑が持つ喩のイメージを軽く揺るがせるようなことをする。行動の方向性が無軌道過ぎている。

 その後、零が話したのはごく普通の内容だった。簡単にいえば、昔から色々と関わり合いを持っていて、そのまま流れで付き合ったというもの。

 その後、幾つかの質問をして取材は無事に終わった。

「あ、そうだ、ダメ元で一つ。この辺りで変な宗教な噂があるんだけど、何か知らない?」

「ダメ元でありがたいかな。ごめんね、知らない」

「そっかー。んー、今回は結構手こずりそうだな」

「だな、全然情報が集まらねぇ」

 はぁ、と嘆くように呟き、弌と笑は苦笑いをする。

「……そんなに、難しいの?」

 ふと疑問に思って喩は二人に尋ねる。過大評価しているのかもしれないし、そもそも怪しいと噂される宗教に関わろうとしていることをクラスメイトとして止めるべきなのだろうが、それ以上に二人ならばあっさりと情報を抜き出しているのだろうと喩は思っていた。

 故に難航しているらしい二人の話し方に、疑問を覚えたのだ。

「ん、ああ、何ていうか、変なんだよな。普通ならさ、怪しい噂が蔓延しているのなら、更に尾ひれ背びれが付いた噂ってのがあるだろ? 真実味はともかく、追記事項みたいな感じのものが。だけど、今回の噂にはそれがないんだ。怪しい宗教、なんてありふれた話なのに、神の奇跡とか、他宗教との抗争とか、宗教内での争いとか、信仰心の証明の為に何かをする、みたいな話があるはずなんだけどな」

 弌と笑の取材の方法は、周囲からくまなく情報を集め、情報の真偽を確かめ、事実だったことのみを抽出して、更に情報を集め、時系列順にその事実を並べて一定の流れのようなものを作り記事にするというものだ。

 だからこそ二人の記事には事実性が高く評価されやすいのだが、今回は最初の情報を集めることができていないという状態だった。

「初めてだよ、こんなこと。何か未知の力が影響してんのかなぁ。それとも本当に神様でも降臨した……?」

 愚痴を漏らすのはいつものことだ。どういう訳か、喩はよく弌と笑の愚痴聞きの相手になっている。二人曰く、喩は聞き上手らしい。

 未知の力や神の降臨などというキーワードに引っかからない訳でもないが、今は関係ないと喩は脳内で切り捨てていた。

「……今ってどんな情報が集まっているの?」

 その喩の問いはただの好奇心だった。ついさっき、同じ宗教の話から、本当に神がいて異能の力と密接に関わりがあるなどという事実を聞いたからなのだろう。少しだけ、神か何かを信じるという集団に、喩には理解しがたいそれを行う集団に、喩は興味を持ったのだ。

「今のところ分かっているのは一つ、信じる人間は救われるっていうのがその宗教のスタンスだっていうことだけ」

「へぇ、じゃあ、僕は救われないかな」

 喩にとっては何気ない呟きだった。しかし、同時にその呟きはついうっかり油断している証拠でもあった。何気ない呟きということは、言うまでもなく本心であるということだ。

 はっと気付いて、喩は露骨に慌てる。

「あ、僕、ゴミ捨ててくるね!」

 そう言って喩はトレイに自分と零が食べ終えた後のゴミを集めて、その場から逃げ出すようにゴミ捨て場兼トレイ置き場のところへ向かった。

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